第三幕 再会と、友と

 防衛都市に宿泊しゅくはくして数日。

 帝都に向かうのであれば徒歩だと二泊をようし野宿が必須ひっすと成る。ハモンだけなら商人に押し付けた寝袋を買い直して直ぐに帝都に向かうのだが、イチヨも同行しているので無理はできない。


 門番もんばんに聞けば複数の商人が荷鳥にどりホァンを数羽もちいる荷鳥車にどりぐるまが予定されているという。

 護衛ごえい募集ぼしゅうしていると言うのでハモンも護衛として同行を約束した。

 イチヨの同行も報酬から天引てんびきという条件で許可を貰い、あとは二日後の出立しゅったつを待つだけだ。


「お~い、そこの白革羽織のあんちゃん!」


 今日も都市周辺の巡回じゅんかいに協力し給金きゅうきんを貰って宿に向かう。

 その途中、大通りで大きな声が響いた。周囲を見れば白革羽織は自分だけだ。

 声の方を見てみればハモンに向け手を振る銭模様ぜにもようの革羽織をまと長身痩躯ちょうしんそうくの男が居た。


 何処どこかで見た様な気もするがハモンの記憶は朧気おぼろげだ。

 確かな事は言えないので首をひねってしまったが男はハモンの様子を気にせず手招てまねきしている。

 寄ってみれば旅の商人らしく荷車の横の台に商品を並べて販売所を開いていた。


りぃな、急に呼び止めちまって。あんちゃん、山賊が居るって言ったのに北の村に走ってった剣士様だろ」

「……ぉ」

「忘れとったんかい!」


 流石に気が動転どうてんしている時に擦れ違ったに近い人物を覚えろと言われても困る。商人の様な客商売ならば顔を覚えるのは必須なのだろうが旅の剣士に必須かと問われると賛否は分かれるだろう。

 思い出せるのは寝袋を押し付けた際に悪辣あくらつな男ではないと感想を抱いた事だけだ。


「あの村、大丈夫だったか?」

「いや」

「そうか。まあ、仕方ないか。うん、よくある話だな」


 そんな風に言いながら商人の声は明らかに沈んでいた。

 悪辣な男でないと思ったのは間違いではなかったらしい。


「俺は旅商人のギンジってんだ。いずれは帝都一の大商人に成る男、覚えといて損はさせないぜっ」

「……そうか」


 ハモンは商人とのえにしを必要と思った事は無い。何処どこへ行こうとも雑貨屋ざっかや八百屋やおやが有れば充分と考えてしまう。

 商人が果たす役割を理解していないのでお近付きに成る利点りてんも分からない。


「そうだそうだ、ちょいと聞きづらいんだが、その、村人は、全員駄目だったのか?」

「十人程が生き残った。村は放棄ほうきしてそれぞれが移住か遠縁とおえんを頼るかするそうだ」

「そうかそうかっ。村が亡くなるのは残念だが、生き残りが居るのは良かったじゃねえか!」


 そう言って何度もハモンの肩を叩きギンジは喜んでいる。

 商人はつねに客を呼び込んでいる印象が有るが、商売よりも生き残りが居るのが嬉しくて商売の事を忘れているようだ。


「あの村は良い村だ。村長さんは朝一あさいちから巨虫きょちゅうガムリの牙を売ってくれたし、定食屋夫婦は気前良く握り飯に沢庵たくあんを付けると約束してくれた。そうだっ、生き残りは、村長や定食屋夫婦や娘っ子は?」

「生き残ったのは娘だけだ」

「……嘘だろ? なあ、嘘だって言ってくれよ! とおに満たない娘が今は親無しだってのか!? 子でも孫でもねえ娘っ子が村をくしたむらみの大人に引き取られてまともなあつかいされる訳ねえだろ!」


 生き残りが居ると聞いて自身と接点の有る相手だけが脳裏のうりに浮かんだのだろうギンジの期待は裏切られた。ハモンが村に到着した時点で手遅れだった様だがギンジにそれが分かるはずも無い。

 肩を掴まれて前後に揺らされ、驚いた周囲の視線が集まった。

 このまま騒げば喧嘩と間違われおかきを呼ばれてしまう。


「イチヨは自分がこの都市の宿にめている。定住ていじゅうする地が見つかるまで付き合うつもりだ」

「……は?」

「だから、イチヨは自分の旅に同行させている」

「え、あれ、あんちゃん、定食屋一家の遠縁とおえんだったりするのかい?」

「違うが村では世話に成った。礼は返す」


 ハモンも同情からくる自己満足という自覚は有るがイチヨにはその同情すら向けられていなかった。あのまま苛立いらだった大人たちの間を手洗回たらいまわしにされる前に自分が引き取ると決めたのだ。


「それだけ? 数日世話に成ったから、娘を引き取ったって?」

「そうだ」

「っ、あんちゃん!」


 力一杯ちからいっぱい両肩を叩かれた。

 先程からギンジの感情の上下に付いていけないハモンはとうとう半目はんめに成った。


「そろそろ離せ。あまりイチヨを独りにしたくない」

「お、そうだな! そうだあんちゃん、何か欲しいもんはねえか? あんたの心意気こころいき、気に入った。何か用立ようだてさせてくれ」

「……思い付かん」

「そりゃえぜ。そうだっ、ガムリはあんちゃんが狩ったんだろ? アレの牙で脛当すねあて小手こてを作るってのはどうだい?」

「それは有難ありがたいが、二日後の荷鳥車にどりぐるまで帝都に向かう。それまでに間に合わないなら不要だ」

「おうおう、任せときな。あれだけ状態の良い牙は中々手に入らねえ。買い取ってった職人も状態が良いから直ぐに商品にするって息巻いきまいてたからよ」


 騒がしいギンジが明日あすも同じ頃に同じ場で会おうと一方的に約束する。


 みょうに疲労したハモンはやっと解放されたと宿に急いだ。

 宿の前では赤茶ショートジャケットのイチヨがハモンを待っていたが、今日は同じ年頃の青ジャケットの娘と横に並んでいた。

 同じ宿にまり同じ様に親が不在ふざいなのかもしれない。どちらも表情は明るくないがたがいを尊重そんちょうする程度の関係はきずけているようだ。


「ハモン兄様!」


 会話の途切れた拍子ひょうしに宿へ通じる道に視線を向けたイチヨが目敏めざとくハモンを見つけた。防衛都市に着いてからイチヨはハモンを『剣士様』ではなく『兄様』と呼ぶ事にしたらしい。周囲に関係を説明するに面倒が無いのでハモンも受け入れた。


 笑顔でハモンに駆け寄ったイチヨに抱き着かれる。受け入れる様に背に手を回し、気になって青ジャケットの娘を見た。


 自分と同じ様にさびしい思いをしていると思っていた相手のもとへ先に父兄ふけいが帰って来る。

 その現実に一際ひときわ寂しさを覚えたのか目をせてしまっている。


「お帰りなさいっ」

「ああ。ともが出来たのか?」

「えっと、うん」

「紹介してくれるか?」

「うんっ」


 娘の劣等感れっとうかん刺激しげきするのは本意ではない。

 腰に抱き着くイチヨの背中を軽く押しつつ娘の前に歩み寄りひざって視線を合わせた。


「自分はハモンだ。イチヨの友に成ってくれて感謝する」

「う、ううん。アタシも、イッちゃんと友達、嬉しいから」

「そうか」

「あ、アタシ、ハナ、です」

い名だ」


 このままハナを残すのもしのびない。

 ハモンは二つ買っていた饅頭まんじゅうをイチヨとハナに渡し自分もハナの保護者を待つ事にした。


「え、良い、の?」

「構わん」

「えへへ。食べよ、ハナちゃん」


 ハナは初対面の男にいきなり渡された饅頭まんじゅうを食べない程度に世間せけんを知る娘らしい。

 ただイチヨが美味うまそうに頬張ほおばったのを見て我慢がまんできずに口を付けた。


 宿の玄関げんかん微笑ほほえんでいる白髪の目立つ女店主の視線が背中に刺さりむずかゆい。首だけで振り返れば片手で口元くちもとを隠し出来の良い子供を見る様な顔をしている。


 ただ何かを思い付いたようで小走りで宿の奥に去って行く。

 二人が饅頭を食べ切る頃、ぼん急須きゅうす湯飲ゆのみを乗せて戻って来た。


「さぁさ、おそとに居て体が冷えたでしょう。お茶を飲みましょう」

「……かたじけない。二人とも、頂こう」

「ありがとぉございますっ」

「ありがと、ございますっ」


 娘二人にも礼をうながしたが饅頭まんじゅう口内こうないかわいたらしく少しだけ言いづらそうだ。

 そんな娘たちを見て優しく微笑む女店主に感謝しつつハモンも茶を頂く事にした。

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