第2話

 なんとか今は彼女が居ないので、こうして記録をのこせている。監禁初日は、寝返りさえ警戒されていて、文字通り、四六時中、櫻木さんは付きっきりの状態だった。看病だったとしても入院患者ならば、面会可能時間というものがある。僕の人生はこの部屋で終わるのではと幾夜も思った。

 

 何も危険を冒してまで、心情を書き残しておく必要性はないかもしれないけれど、定期的な日記の記述は法的証拠にもなると聞いたことがある。

 年頃の、別に暴力的な問題を抱えていない男女であれば、故意であったと思われ、万が一には、彼女側の弁護士の腕前によって、僕の方が罪に問われる可能性さえある。

 

 なお、こうして物を書けているということは、必然的に拘束が外されているということ。しかし、両手両足の拘束が外れているというのは些細な違いであって、部屋の鍵を外側からかけられているのだから、仕方がない。ペットの諸君も、外にはリードなり何なりが付けられるだろうが、柵や檻の中では存外、自由だろう。無論、何をもって自由というかは法廷で争う予定だが。

 倫理学はまたあとにして、状況を簡単にまとめておく。

 彼女は、僕に反抗意識がみられないのを、少しずつ認め、今こうして拘束を外し、独り部屋に取り残されている。彼女はというと、現在、外出中。

 僕は『飼われる側』なので、彼女の詳しい行先は不明だが、『楽しみに待っててね』と言っていたので、おそらく何らかの贈り物があるのではないか。

 退屈なほどにこの辺りはしんと静まり返っている。いわゆる住宅街なので、バスか電車か、あるいは徒歩かは知らないけれども、それなりに欲しいモノには総じて距離が発生する地理関係にある。

 なので、しばらくの間は、紙を失敬して書いている。告白しておくと、入浴中、彼女はずっと扉の向こうに居続けているので、当然ながら肌身離さず、という訳にも行かない。その間に洗濯もしてくれているのだから、服に忍ばせておくのも不可能だろう。

 さすれば、この部屋の中で留めておくしかないのである。『木を隠すには』理論で、僕は彼女の本棚に隠した。僕が読書好きなのを知っているので、退屈しのぎに本を読むことを許してくれたのが、そもそも手錠が外れたきっかけ。

 いささか自身に不利な証言だが、彼女は一点を除いて、どこまでもであった。

 恐怖を覚えたことも直接的には無いし、先述のように実際的な献身もある。カフカではないが、もしかすると、自分は動物になったのではないかと疑うほどに、ペットだと仮定すれば何不自由ない。


 だが、彼女の自傷行為を、それも精神的な病みと、肉体的なものとを目の当たりにしたのは、拘束以上に辛かった。一枚を裏まで使い切ったので、いずれまた続きを。


 櫻木霧江は何かを隠している。

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