第4話「始まり」(あさひside)

 ふんふん。


 イヤホンから聞こえる音楽を口ずさみながら、道を歩く。


 何気ないこの住宅街の風景。


 きっと、愛花が見たら内心喜びそう。


 まあ、私もなんだけどね。


 他人に笑みを悟られないよう、私は道を住宅街の道を歩き、大学に辿り着く。そのままこれから受ける授業の教室に入り、とある親友の隣に座る。


 「わっ!」


 「わぁっ‼」


 私はその友人を驚かすと、彼女は椅子から転げ落ちた。


 「痛てて・・・・・・。もう、やめてよ~」


 愛花のその反応を見て、私は笑う。


 愛花が椅子に座るのを見て、私は話し出す。


 「何読んでるの?」


 「これ? 『聖女の救済』って言う本」


 「何それ? 愛花に勧められた本と同じ作者なの?」


 「そうよ。この人の本、面白いから読んでみて~」


 「いつか読んでみる~」


 「それ、読まないやつでしょ」


 私たちは笑いながら、講義が始まるまでその一時を過ごした。


 

 チャイムが鳴ると講堂が同時に終わり、私たちは講堂を出てその足で大学を出た。


 その時だった。


 「なにあれ」


 愛花の視線と共に向いた先にあったのは、人が何やら集まってざわついている光景だった。私たちは野次馬たちをかき分け、規制線前までやってくると、そこにはよく刑事ドラマで見る光景が広がっていた。


 どういうことだろう。


 そんなことを思っていると、現場に見覚えのある姿がいた。


 いや、正確には警察関係者とは思えない服装をした人が、そこにはいた。


 「あ、ワトソン」


 そう言ったのは、愛花だった。


 「ワトソン?」


 「うん。見たことなかった?」


 「ううん。初めて見る。――ああいう人なんだね」


 「そうそう。なんだか、子どもっぽい感じの男性」

 

 一度だけ、愛花の高校時代について聞いたことがある。

 

 なんだか、高校時代に大変な出来事を経験したとか。


 「ふーん。愛花の好みの男性みたいだね」


 そう私が言うと、愛花が「なっ」と頬を赤らめる。


 「あ、やっぱり。好みの男性だと思っているんだ」


 「ち、違うってば!」


 私が愛花をいじっていると、先程の男性がこちらに近づいてくる。


 「あ、愛花。こんなところで何をしているんだ?」


 「あ、あ、そ、その」


 「人が沢山集まっているから、何だろうな~って、思ってて」


 恥ずかしがって言えない愛花の代わりに、私が答える。


 「なるほどね」


 「ワトソンさんはここで何を?」


 私が言うと、ワトソンは後ろの光景に目をやった。


 「見ての通り、捜査協力をしているのさ。何やら、これらの事件、訳がありそうなんだ」


 「訳?」


 落ち着きを取り戻した愛花が言う。まだ少し、頬が赤らんでいた。


 「そう。まあ、後に話してやるから、とりあえず待っててな」


 そう言うと、ワトソンは私たちの場所から離れていった。


 

 一時間か二時間した後、現場での仕事を一通り終えたワトソンと共に、駅前のカフェへと入る。


 「そう言えば、君と会うのは初めてだね」


 ワトソンにそう言われた私は、「南あさひです」と名乗る。


 「あさひさんか。僕はワトソン渡辺。まあ、長いからワトソンでも呼んでくれ」


 「はい、ワトソンさん」


 「で、あの場で起こっていた事件って何ですか?」


 一通りの自己紹介が終えたところで、愛花が本題を切り出す。


 ワトソンが空咳をして、口を開く。


 「あの場所で起こった事件とは、殺人事件だ。今日の午後二時過ぎ、通信指令室に人が血を流して倒れているとの通報があって、その場に駆けつけた警察官によって場所が確保されたとのこと。被害者はこの辺の地域に住む女子高生で、学生証から名田珠紀、高校二年生だと分かったらしい」


 「なるほど。でも、ワトソンって確か学校に雇われた探偵だよね? 何でその事件に関わっているの?」


 「ああ、その被害者が、雇い主の学校の生徒さんだからだよ」


 「確か、最初の頃は私の彼氏が起こした事件で知り合ったんだっけ。その後、薬物の事件だったり、肝試しに起きた事件だったり・・・・・・」


 「へえ~。色んな事件を解決しているんだ」


 私は納得しているように言う。

 

 「と言っても、全部巻き込ま“された”だけなんだけどね」

 

 愛花が苦笑いをする。


 「で、話を戻すと、この事件は単独の殺人事件ではない。――連続の殺人事件だ」

 ワトソンが声のトーンを低くして言ったので、少し背がピンとなった。


 「連続?」


 私が首を傾げると、ワトソンが「ああ」と言う。


 「最初に起きた事件は、ここから離れて海辺で発見された事件。男性が遺体で見つかり、その場に落ちていた学生証により高校一年生の涌田実だと判明。その被害者の通う学校がたまたま僕の雇い主である学校だったもんで、警察の代わりに僕が色々調べてきた。そうしたら、その被害者には、元交際相手だった門田里桜がいることが分かったんだ。そのことを警察に報告したら、『男女のもつれ』という理由で、逮捕状を請求できるぐらいまで証拠を集めたが、今度は門田里桜が遺体として、公園で発見された。遺体の特徴として、涌田実の特徴と同じく、刃物で心臓を一刺しにされ、現場には遺留品が沢山落ちていたこと。指紋はどこにも検出されなかったが、涌田実と門田里桜は同じ高校だったもので、その学校について警察が徹底的に調べてくれた。だけど」


 「だけど?」


 愛花が言う。


 「未だ犯人は捕まることができていない」


 「なるほど。指紋を残さないのは厄介ですね」


 私はカフェで頼んでお茶を飲む。


 「なるほどね・・・・・・。私たちができることって?」


 愛花がそう言うと、私も、うんうん、と頷く。


 「実を言うと、この事件、奇妙なんだ」

 

 「奇妙?」

 

 私は首を傾げる。

 

 「ああ。涌田実と門田里桜、生きているんだ」

 

 「え?」

 

 私と愛花が一緒になって言う。

 

 「それって、どういう・・・・・・」

 

 「そのまんまのことだ」

 

 「そうだけど、じゃあ、現場のあの遺体って」

 

 「多分、身元が分からない人を殺したんじゃないか? そのような人達を警察が今、見つけている」

 

 「じゃあ、その手伝いってことですか」

 

 愛花が言うと、「いや、君たちには別のことを」とワトソンさんが言い、テーブルに資料を置く。

 

 「この事件の概要を読んで、考えてくれ」


 ワトソンはその後会計表を持って、カフェから立ち去った。

 

 「・・・・・・雑」

 

 彼の背中を見た愛花は、そう呟いた。


 

 私は愛花と別れ、そのまま自宅へ戻った。


 私は“あの事件”以来、一人でアパートに住んでいる。


 ずっと実家暮らしということもあって、寂しい部分もあるが、自分を成長するのなら必要なことなのかな。


 部屋の明かりをつけ、ベッドに荷物を置く。


 鞄からさっき貰ってきた資料を小さなテーブルに置き、資料に目を通す。


 なるほど、そういう事件なのね。


 私は資料から目を離し、天井に目を向けて頭の中で整理する。


 ワトソンさんの言うとおり、一つ目の事件は高校一年の涌田実が被害者。彼は海辺で見つかり、持ち物の学生証から身分が判明された。その後の警察、じゃなくワトソンさんの調べで、涌田実には元交際相手である、門田里桜が浮上。恐らく恋愛上の縺れで犯行に及んだ、と警察は見て捜査、逮捕状を請求できるほどにまで証拠を揃え集めたけど、そこで二つ目の事件が発生。被害者は門田里桜で、二人に共通していることとして、刃物で心臓を一刺しされていることと、現場には遺留品が沢山残されているにも関わらず、犯人に繋がる指紋が一切残されていない、ということ。その後も、ある一定の期間で事件が続き、同様に心臓を一刺しにされ、遺留品を大量に残し指紋を残さない、という警察の捜査が迷走になる事件。


 「・・・・・・犯人は何がしたいんだろう」


 思わず独り言を呟く。


 本当にそうだった。


 犯人は一体、何がしたいのか。

 

 一件目、二件目、三件目、四件目、と計十件の事件を起こし、全て被害者は元交際相手という面々ばかりだった。

 

 そして、事件と事件の間に一定の期間。

 

 ーーシリアルキラー?

 

 ふと脳裏にその言葉を思い浮かべていると、携帯が鳴る。


 愛花からだった。


 着信ボタンに触れ、耳に携帯を当てる。


 「もしもし」


 『もしもし? あさひ?』


 「どうしたの?」


 『ワトソンから貰った、あの資料を読んで何か考えたことがないかな、って』


 「うーん。今のところは犯人がシリアルキラーかなって思ったぐらい」


 『なるほどね』


 「そういう愛花は?」


 『私も資料を一通り読んだ程度じゃ、あまり考えが浮かばないかな。もう少し、情報が欲しい感じ。私も、あさひと同じように、シリアルキラーによる犯行かなって』


 「だよね。・・・・・・あ、そうだ」


 私はついさっき、ふと思ったことを口にした。


 『・・・・・・確かに、言われてみれば、何で犯人は元交際相手ばかりを狙っているんだろう』


 「きっとまだ、共通点があるはずだよ」


 「そっか・・・・・・。じゃあ、また明日」


 『うん。また明日』


 携帯をテーブルに置き、ふと天井を見上げる。


 「犯人は、どういう目的で犯行に及んでいるんだろう・・・・・・」


 そうふと呟いた瞬間、冷たい風が頬を擦った覚えが微かにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る