第7話 新しい借主
なぜか俺はおばあさんへの強制性交と暴行の疑いで捕まってしまった。俺は取り調べを受けたが、事実を話しただけだった。
翌日、駐在さんが檻の中にいる俺の側に来て言った。
「あちらは示談でもいいと言っている。払ったらどうだ?」
「いくらですか?」
「百万円だそうだ」
「え、そんなお金ありませんよ!」
俺はなけなしの百万を示談金なんかに払いたくなかった。
「もし断ると、拘置所に送られるぞ」
「でも・・・。本当に無罪なんです。おばあさんは痴呆症なんですってば!」
「示談にすれば不起訴になって前科にもならないぞ」
「え、本当ですか?」
俺はそれで済むならと思ったし、弁護士にも同じことを勧められて示談にしてもらうことにした。その時は、銀行預金で百万持っていたが、それを全部吐き出すことになった。その他は外貨投資信託や株、FX、金などで運用していたから、すぐに現金化するのが難しかった。投資信託は値下がりしていて売ると損が出てしまうし、株も同様。つまり俺は貴重な現金をほぼすべて失ってしまったのだ。
これからは、株も投資信託も値段を調べて、元本割れしないくらいに価格が戻ったら売ろうと考えていたが、さすがに現金ゼロは不安だった。
しかし、おばあさんへの暴行事件の疑いを掛けられてからは、村人の俺を見る目が変わってしまった。俺はすっかり八十代の女性を暴行した強姦魔だという扱いになった。おばあさんは普段はまったくボケているように見えなかったからだ。あの時、おばあさんのもてなしを有難く受けるべきだったと後悔した。そしたら、こんな風にはなっていなかっただろう。だが、もう、村の行事やお祭りにも呼ばれないだろうと思った。隣の人には無視されてしまい、野菜も持って来てもらえなくなった。
水道、電気、ガスは通っているけど、それもいつまで続くかはわからない。ゴミの集積所にゴミを出しに行ったら、家の前まで戻されていた。取り敢えず、生ごみは土に埋めて、紙のゴミは気付かれないように庭で細々と燃やすことにした。
俺は心が折れそうになった。陰キャで人付き合いが苦手だけど、実は一人は苦手だった。俺は無人島なんかでは暮らせない。この頃は、ネットで知り合った人たちと交流して何とか心の平静を保っていた。
そのうち、近所で火事があった。風が強い日だったから、ほぼ全焼だったようだ。いい気味だと思っていると、警察が俺に事情を聴きたいと言い始めた。どうやら放火だったらしい。その人たちは放火されるくらい恨まれているんだろうけど、俺から見ても、何となく感じの悪い夫婦だった。
「お隣の方とは全然付き合いがありません」
俺はそう伝えた。警察によると、夫婦は焼け出されて今は空き家の一つで暮らしているらしい。
「村の人の話だと、火事になった時間にお前があの辺を歩いていたっていう目撃情報があるんだよ」
「まさか。僕は家で寝てました」
「証拠は?」
「ありませんよ」
そしてまた、現場にいなかったという証拠もないのだ。俺は放火の疑いで逮捕されてしまった。人が住んでいる建物への放火は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処せられるそうだ。俺は気が狂いそうになっていた。事情聴取のお巡りも村の出身だった。
「僕は無関係ですよ。だって、隣の人のことは何も知らないんですから」
「嫁さんが若いから目をつけてたんじゃないか?」
「若いって、もう六十歳くらいでしょう?」
「まだ五十だ。本当に失礼なやつだ」
なぜだろうか。なぜ、こんなによそ者が痛めつけられなくてはいけないのか。こうして俺は起訴されてしまった。でも、状況証拠しかないから、無罪になるに決まっているのだ。田舎の駐在が暇過ぎるから、仕事をしているふりをしたいんだろうか。
俺は結局、長期間拘留された挙句、地裁で無罪になって家に戻ることになった。
もう、△谷村とは縁を切りたいのだが、俺が戻るところはあの家しかないのだ。実家はないし姉弟とは縁を切っていた。
数か月ぶりに家に行ってみると、何と、もう別の人が住んでいるではないか。外には黄色い軽自動車が置いてあった。古びた感じで所々擦った傷があった。
「すいません。ここは僕が借りていたんですが」俺は遠慮がちに言った。俺だってそこを無料で借りていただけで、所有している訳ではなかったからだ。
「僕たちも村からここを借りてまして・・・」
その男性は俺よりも年上のような気がした。三十代後半くらいだろうか。いきなり尋ねたくせに失礼だが、お金がないのか貧乏臭い身なりをしていた。履き古したジーンズに色褪せた赤と白の縞のポロシャツだった。眼鏡をかけていて、日焼けして皺が深く、さらに老いを感じさせた。家の周りにパンジーや百日草などの園芸植物が植えられていて、それが家人のセンスのなさをうかがわせた。
俺の荷物は物置に預かっていると言われた。
「すいません。取っておいていただいて。とっくにないかと思っていました」
そう言えば、そこは俺の持ち家ではない。この人には何も関係ないのに、捨てずにいてくれたのはありがたかった。
「いえ。こちらこそ、すいませんでした。役所の方からここ以外は紹介できないと言われて。まだ、荷物もあるのにどうかなと思ったんですが、空き家にしてると家が傷むと言われて。大変失礼ですが放火で捕まったと聞いたんですが」
その人は俺が犯人だと思っているらしかった。じゃあ、目の前の俺は逃亡でもして来たというんだろうか。
「誤認逮捕ですよ・・・この村には放火するような人間がいるってことです。こっちは拘置所に入れられて地獄でしたよ。何の関係のないのに。よそ者は真っ先に疑われますからね。でも、自分が悪かったのかもしれませんね。こんなところに来たせいですから。前の住人も一年で逃げたって聞きましたから、やめるべきでした。おたくも東京の方ですか?気を付けてくださいね。そのうち何かの犯人にされますよ」
気が付けば俺は一人で喋っていた。
「はあ」
「車、持ってるんですよね」
「はい。車がないと生活できなくて」
「車持ってると足にされませんか?」
「ええ。近所の人から乗せてくださいって言われるんです。お気の毒なので乗せてあげるんですけどね」
「気を付けた方がいいですよ」
俺は隣のばあさんとの間で起きたことを伝えた。
「あ、そのおばあさんですが」
「どうしたんですか?」
「あっちこっちで裸になるんで、困ってたんです。車の中や病院で脱いだり」
「やっぱり痴呆症だったんだ。僕なんか百万取られましたからね」
この人たちは被害に遭わないんだろうか。是非、そうなってほしい。俺ばかりが損するのは許せない。
「あ、それから、ちょっと気になることがあるんですが、居間に入らせていただけませんか?」
「どうぞ、どうぞ。お茶でも召し上がって行ってください」
その人は嫌がらずに招いてくれた。田舎暮らしで時間が有り余っているんだろう。
「ここには何人で暮らしてるんですか?」
「妻と二人暮らしです」
こんなしみったれた男でも奥さんがいるのか。俺は悔しくなった。美人の奥さんだったら誘ってみようか。こんな退屈な田舎で、冴えない旦那と二人でいたら欲求不満にもなるだろう。俺もチャンスがあるんじゃないかと思った。
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