第5話 家突
それからは、俺がおばあさんを病院に連れて行ってやったお礼のつもりか、息子が野菜を沢山くれるようになった。それに、時々は、プルーンやプラム、ブドウなどの果物もおすそ分けしてくれた。そういうのを店で買うとしたら、送迎にかかる金よりも高いくらいだった。とは言え、店で売っているようなクオリティではないのだが。庭になっているような手を掛けてない果物は、見た目もいまいちだし、そんなに甘くはない。しかし、単調な食生活のアクセントにはなっていた。
最初の頃の俺の生活は順調だった。ライフラインの水道、電気、プロパンガスもちゃんとあって、田舎なのに快適だった。不便さは何もない。俺は山で見つけた山菜や野草などの天然のモノを勝手に取って来てネットで売り、枯れ木で彫り物やアクセサリーを作った。アクセサリーはオークションでそこそこの値段で落札された。
さらに、猟銃も持っていて、イノシシを二頭撃った。イノシシは害獣だから、仕留めると感謝される。それで、干し肉を作って売るんだ。最初の月で、すでに三、四万円の収入があった。出だしは好調だった。移住前に聞かされていたような、村人が意地悪で、よそ者が村八分にされた話はすっかり忘れていた。
俺は翌月もあのお婆さんを病院に連れて行くことになった。俺みたいに生きている価値もない人間が誰かの役に立てるのは嬉しかった。
おばあさんは車に乗る時も、「忙しいのにありがとう」と言ってくれるし、「山道なのに、俺の運転がうまい」と褒めてくれた。俺はますますお婆さんのことが好きになっていた。
予定通り診察を終えて、おばあさんを乗せて家に帰ろうとしていた。
「前田さんの家ってどの辺?」と、お婆さんが聞いて来た。
「うちは、前に平高さんという方が住んでいた家だそうです」
「あぁ、懐かしい!あそこに住んでるの?行ってみたい」
「じゃあ、今度、息子さんと一緒に遊びに来てください」
「いやぁ・・・息子は忙しいからね。今日行きたい。私なんて次はないかもしれないからね」
「でも・・・散らかってますし」
「いいの。いいの。気にしないで」
おばあさんが強引だから、俺は引き受けてしまった。
おばあさんを車に乗せて、家の目の前まで止めた。俺は車から降りてドアを開けてやる。
「どうぞ。ここは築四十年だそうですから、ずいぶん長くここにあるみたいですね」
「そうそう。ここの奥さんと友達でね。毎週お茶のみに来てたんだよ」
「そうでしたか。その奥さんは今はどうされてるんですか?」
「亡くなった。とっくに。早死にで六十代で死んじゃって。悲しかったなぁ・・・」
長生きするということは、たくさんの別れを経験しなくてはいけないのだ。友達も親族にも先を越されて残される悲しみはいかばかりだろう。俺はしんみりした気持ちになった。
「お線香あげさせて」
「いえ。仏壇はありませんよ」
「あったよ。居間のところに」
「いえ。ないですって」
俺はちょっと怖くなった。元あったはずの仏壇はどうなったんだろうか。仏壇じまいして撤去したんだろうか。今、うちには仏壇らしきものはないし、そんな物を置くような場所なんかないのに。おかしいな・・・。
おばあさんは勝手に車を降りて、俺の家に入って行こうとした。鍵をかけていたから、俺は後から降りておばあさんに声をかけた。
「仏壇はもうないですよ。本当に」
「いやぁ・・・あるって。最近まであったもん」
「そうなんですか?」
「うん。跡取りがいなくて仏壇もそのままだったんだよ。位牌もそこにあったよ。わたし、空き家にお線香あげに来てたんだから」
役所は、前の住人の仏壇があるような家をどうして人にタダでくれてやるんだろうか。跡取りがいなくても、誰かしら親戚がいるのではないか。本当に村の物になったんだろうか。俺は気になったから、おばあさんを部屋の中に入れた。
おばあさんはすぐに居間に飛んで行った。そして、壁を指さすと、驚いたように声を上げた。
「あれぇ!ここにあったのに。壁が平らになってる。ここがちょっと引っ込んでて仏壇だったんだよ」
俺はその壁を叩いてみた。なるほど奥が空洞になっているようだった。隣の壁とは音が違う・・・。首筋に冷たい物が走った。
「どうやって亡くなったんですか。奥さん」
「奥さんは息子に殺されたんだよ」
「え?」
「息子が生まれつき頭がおかしくて、仕事もしないでぶらぶらしてたんだけど、ある日喧嘩になって奥さんを殴り殺してしまったんだって」
「旦那さんは?」
「旦那は息子が捕まった後、ここに一人で住んでいたけど、心臓発作でなくなったっけなぁ・・・」
「他に兄弟はいなかったんですか」
「うん。いたけど、みんな早死にしてしまって、成人したのはその子だけだったんだって」
「何人兄弟ですか?」
「四人くらいいたかなぁ・・・」
そんなことってあるだろうか?そんな風に子ども三人が亡くなるなんて、学会で話題になるくらいの珍事じゃないだろうか。
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