第四十三話 愛と自由と思い出と
ーーーー雪嶺視点ーーーー
「とりあえず少し様子を見ましょう」
「ありがとうすみか。助かったわ」
私たちはまだ意識を失っている牛峯さんを無事にすみかの家まで運び込む事が出来て、今は布団で寝た牛峯さんの様子を見ている。
「ここはすみかの部屋なの?」
「はい。普段私はここで生活しています」
物が多い割には整頓されていて綺麗な部屋だけど、私は何か違和感を感じた。
ここではダラダラしたり寝るための空間なのだろうけど、何故か食料や水が3日分は生活出来そうな量で置いてある。
そして部屋の入り口の扉には外側からのみかけられる如何にも頑丈そうな錠前がついていて、まるで軟禁部屋のような印象を持った。
「あれ、そういえばここ、窓無くない?」
私は一番の違和感の正体に気付いた。時刻はもう夕暮れだと言うのに、壁から夕陽がさしてこないどころか、光すらも入ってきていないのだ。
「窓はあったんですが、危ないからってお姉ちゃんがそう言って塞いじゃって、今は無いんです」
「危ないって何が?」
「誰かに襲われたらどうするの?って」
「いくらなんでも過保護過ぎない...?」
外部からの危険性を危惧する気持ちは分かるけど、窓も塞ぐとかちょっと度が過ぎている気が...。
「私はお姉ちゃんの許可無しでは外出出来ないんです。今回みたいにこっそり出ちゃう事もありますが。お姉ちゃんが身体の弱い私を気遣って色々心配かけてしまっている手前、反発する事は出来ないですが。だけど嫌いな訳じゃないんです。お姉ちゃんに感謝しているのも事実ですし、お姉ちゃんの事は大好きです。だけど、時には自由も欲しいなって思っちゃいます」
私は言葉が見つからなかった。これって普通に軟禁じゃ...?
行き過ぎた愛の恐ろしさ...受け入れる側もいつか呪縛のようになってきっと苦しめられる。
これで私とすみかが戻る前にきよかさんが戻っていたらと思うと軽くゾッとした。私まで何を言われるか......。
「うぅっ......」
すると私の真下から突然声が聞こえた。
「光さん!!」
声の正体は光さんだった。すみかが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うぅぅ...私は...?」
「火事に遭って動けなくなっていた所を雪嶺さん達が助けてくれたんですよ!」
「そう...あの時......」
光さんは少し思い出したようだった。
「私の家は...?」
「それが......」
私は事の顛末を全て話した。光さんは全てを聞き終えると天井を見上げ、スゥーっと一筋の涙を流した。
「そっか...無くなっちゃったのね、全部...........チハル......」
チハル...?私は誰のことか分からず、すみかに視線を送った。
「光さんのお友達だった方で、二人で一緒にいる所はよく見てました。獣人の襲撃事件で、残念ながらお亡くなりになってしまったんです...。でもそれからなんですよね、光さんの家がゴミ屋敷みたいになっていったのは。捨てても良いんじゃないかと言っても、『これはチハルが好きだった食べ物だから』とか、『これはチハルのものだから』って言って、
「そっか...ただゴミ屋敷の住人って訳じゃなかったのね...えっ、じゃあもしかして火事から逃げ遅れた理由って...!」
「チハルのもの、守りたかった。どれも大切なもの。色々運ぼうとしたら、棚が倒れてきたの」
そういうことかーー。この人はただ無愛想な人だと思っていたけど、たった一人の大事な人との思い出をずっとあの家にしまっていたんだ。
すると突如、私の元に澁鬼からの
「えっ......!!!」
驚く内容に私は言葉が出なかった。
「どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっと緊急事態で戻らないといけなくなったから!!」
私は急いで駆けようとするが、すみかは止めた。
「簡単で良いです!何があったんですか!?」
すみかの迫力に押され、私は内容を完結に説明した。
「私の仲間から今連絡があって、キエさんの家で楠河さんが殺されていたらしいの...。でも犯人が分かったから、決着をつけるために戻ってきてほしいって」
「そう...なんですね」
「大丈夫。きっとこれでようやく獣人からは解放されるはずだから。すみか、あなたは絶対自由になれる。終わったら一緒に外でも行きましょう」
「...ありがとうございます、雪嶺さん」
すみかは儚げに笑った。私はすみかに別れを告げ、今度こそ出発しようとした、が......
「待って」
私は牛峯さんに腕を掴まれた。いつの間にか牛峯さんは起き上がっていた。
「私も連れて行って。あなた達の所に」
「えっ!?でも獣人との戦闘になるかもしれないし、危ないから止めた方が...」
「私はチハルとの思い出を消された。もう私には何も無くなった。殺されたも同じ。何されても痛くない、怖くない。この目で見たい。私を殺した人を」
初めて会った時とは違う暗いながらも鋭く突き刺すような声、そしてその目には、淀んだ瞳ではあるが、奥底にナイフのような鋭い光がさしているような気がした。
「...分かりました。でも、命の保証は出来ませんからね?」
「構わない。私の命はもう、あの炎に焼かれてしまったから」
私は察した。 牛峯さんは回復が明らかに十分じゃないのに行こうとしている。この人はもう自分の事なんてどうでもいいと思っているんだ。心に残る憎悪とも呼ぶべき感情が、この人を動かしているのだろう。
「お二人ともお気を付けて。私も行きたいところですが、お姉ちゃんがもしその間に帰ってきてしまったら無許可外出がバレてしまうので、お姉ちゃんと合流出来たら私も追いつきます」
「分かった。でも絶対無理はしないでね?」
「もちろんです。今回長い間外に出ましたがバレなかったですし、帰ってきたらお姉ちゃんに確認したいこともあるので」
すみかは優しい笑顔で答えた。この子にはいつか本当の自由を手に入れられる時が来て欲しいと私は改めて強く思った。
「じゃあ、行ってくるね」
私はすみかから返事は求めず、牛峯さんと一緒に貴船たちの元へと走り出した。
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