episode 019

そして実行に移すために私がまず取りかかったのは、鼓太郎とのお別れだ。

同じマンションに住むリュウくんママを訪ねの病状が悪化してきたので緩和ケア病棟のある医療施設に入ると告げ、鼓太郎の今後をお願いし、トイレ、ご飯、お気に入りのボールと共に預けた。

動物的な感というやつか、鼓太郎は随分と預けられるのを嫌がって必死で抱っこをねだってきたが、リュウくんが近寄ってきてくれたので諦めて玄関を出てゆく私を静かに見守ってくれた。

後ろ髪を引かれる思いとは、こういうことなのだろう。

何度かペットホテルに預けて一人旅をしたことはあったが、鼓太郎も高齢になり、ホテルに預けるのも可愛そうなのでここ数年はずっと一緒だった。

これが最後かと思うと、涙を堪えることができなかった。

本当に大切なたった一人の家族だった。

感謝の気持でいっぱいだ。

胸が張り裂けそうだが、振り返るわけにはいかない。

どのみち私の寿命は長くはない。

まだ意識があるうちにしっかりこの先のことを託すことができて、鼓太郎にとっても私にとっても良いことだったと思う。


部屋に戻り、必要な荷物をまとめTHE NORTH FACEのバックパック、ワンダレイクパック20に詰め込み部屋を出た。


その後、覚王山駅から市営地下鉄東山線に乗って、伏見にあるヒルトン名古屋の予約したプレミアムエグゼクティブルームにチェックインし、最後の夜をのんびりと過ごすことにした。

ホテルのWebサイトによると”高層階に位置し、名古屋市街の夜景が眼下に広がる。インテリアは城郭や侍といった、古(いにしえ)の名古屋の歴史からインスピレーションを得た落ち着いた色彩で、客室のデザインは、わび・さび(侘・寂)の要素を意識した心地よい空間です。”とのこと。


まずはバスタブにお湯をたっぷりと張って、ゆっくりと入浴し、ルームサービスでガーデンサラダ、北海道しほろ牛サーロインステーキ 赤ワインバター添え マッシュポテトと温野菜と、赤ワインヴィラ・アンティノリをオーダーした。

食事が届くのを待つ間に弁護士に連絡を入れ、取り決めどおりに財産の処分を始めてくれるように依頼した。

これでリュウくんママには1,000万が届けられるので、鼓太郎のことを最後までしっかり面倒見てくれることだろう。


明日の天候は曇から晴れ予報で最高気温は23度、湿度は高くないので快適に過ごせそうだ。

まあ、今の私にはあまり関係のないことだが。


ワインの酔が心地よく体を包み込む。

思えば単身海を渡り、University時代にリクルートされて人殺しの道に踏み込んでしまったが、今となっては良かったのかもしれない。

おかげで自分がこいつは世のためにならないと思う相手を始末することができる。

あのまま何事もなく卒業しても特にやりたいことが見つからず、日本企業のアメリカ駐在員とか、日本で外資系企業に就職して語学力を活かし一般的サラリーマンよりも多少多い年収を得る程度だったのではないか。

結婚して家庭を持ち、子供が生まれ、成長を楽しみに生きている矢先に40代半ばでがんにより絶命。

そうなれば、残された家族にとっては辛い思い出が残されるだけだ。

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