episode 009
クズ野郎が2頭のドーベルマンを従えて、ゆったりしたカーブを曲がって視界から消えた直後、犬の激しい鳴き声と猫の叫び声が聞こえた。
私は素早く車から出て、足音を響かせないように腰をかがめ樹木に隠れながら近づいた。
すると、今回襲われそうになった猫はなんとか逃げおおせたようで、2頭のドーベルマンが口から下とよだれを垂らしながら、低く唸り声を上げていた。
クズ野郎はドーベルマンの首あたりを撫で、よしよし、次はきっちり狩らしてやるからな、といった風情でにやけた面をしている。
その場で殺しても良かったのだが、確実に惨たらしく殺したかったので、その日はぐっとこらえ観察するにとどめた。
感情にまかせて殺人を犯すなど、プロの仕事ではない。
きっと、また同じコースをたどるだろうから、次の機会を待てば良いだけの話だ。
クズ野郎が立ち去ったあと、その場に留まりどうしたら惨たらしく殺せるかを考えた。
鼓太郎となんども散歩に来ているので、まわりに防犯カメラがないのはわかっている。
となると直接手を下してやってもいいのだが、2頭のドーベルマンには手を出したくはないので、セキュリティーを突破する必要はないし、CIA特製の武器を使って離れたことろから始末することにした。
離れたところから始末するには便利な道具スリングショットを使う。
スリングショットというのは、高性能パチンコのことだ。
Y字型の器具の頭にゴムバンドが取り付けてあり、それに小石やパチンコ玉などを挟んで引っ張って弾く、あれのことだ。
子供の遊び道具程度のものから、欧米では鴨などの狩猟に用いられる立派な武器として、競技会も行われている。
日本でも通販サイトで、殺傷能力のあるスリングショットが”護身用”と称して普通に売られている。
通販で買える程度のものでも近距離であったり、打つ玉を工夫すれば十分人を殺せるのだが、私が使用するのはCIA特製の”プロ仕様”のものだ。
仕事には多くの場合、武器になるようなものは持ち歩かないが、ターゲットと距離を保ちたい時に何回か使ったことがある。
拳銃やナイフのように”武器”として認識されることは少なく、どちらかというと”遊び道具”というポジションだし、処分も楽だ。
しかしその性能は、発砲時に爆発音の出ないハンドガンと考えてよい。
そのうえ、なにも拳銃のように放つのは銃弾である必要はない、小石で十分。
気絶させる程度でよければ、消しゴムでも大丈夫だ。
Y字形状の本体はアルミの削り出し。軽い上に衝撃にも強く、持ち運びにも便利だ。
グリップ部分には、人間工学に基づく(らしい)手にしっかりと馴染むラバー製のグリップが装着されており、Yの頭には小さな円形の照準気もついていて、的を正確に捉えられるようになっている。
最大の特徴は、通常手に入るスリングショットのバンドはゴムでできているのだが、このバンドがCIAとNASAが共同開発した特殊繊維であることだ。
伸縮性に優れ、反発力はゴムの3.35倍、刃物でも切断できず、耐久性にも優れている。
もともとは防弾防刃用の全身スーツ(ウエットスーツのような形状)素材として開発されたものだが、通気性にやや問題があり、本来の目的に使用される前に拘束バンドやスリングショットのバンドなどに転用されている代物だ。
左手の中指薬指小指の3本の指でスリングショットのグリップを握り、Y字のV字部分に人差し指と親指を添えて安定させる。Y字が右に倒れた形で構え、右手でゴムバンドに小石を挟んで耳元まで引っ張り照準器で狙いを定めて打つ!
クズ野郎を観察してからさらに三日後、クズ野郎にしては規則正しくまた時間どおりにやってきた。
クズでも犬の散歩は、決まった時間に行動するらしい。
さすがに狩りをするところを人に見られたくはないのか、人気のない早朝にやってくるので、こちらとしてはありがたい限りだ。
メタセコイヤ広場の北側路上で、歩道を歩いてくるクズ野郎ご一行様をサイドミラーで視認したとき、ドーベルマンが唸り声を上げたと同時に猫の威嚇する声が聞こえた。
クズ野郎は、どうやらニヤニヤいやらしい笑いを受けべて、これから2頭のドーベルマンに狩りを楽しませてやろうといった表情を浮かべているようだ。
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