第4章 函館から所沢へ
見知らぬ土地
碧波と白翔は函館には帰らずにそのまま家に住むことにした。
必要なものはまた新たに買って元々あったものは函館に帰った時に仕事とは別にやるためにそのままにしておこうと決めた。
慣れない土地での生活が始まった。まずスーパーや飲食店がどこにあるのか、所沢駅は私鉄の乗り換えの駅でもあって朝夕に電車に乗ろうとするとラッシュに巻き込まれる。
北海道に住んでいた時にも通勤、帰宅ラッシュはあったものの比べ物にならない。
何より改札を抜けると端数が出ることに驚き。それだけ首都圏の電車は路線を張り巡らされていて競合しているのだなと感じる。
西武鉄道池袋駅の時刻表を見ると夜遅くまで電車が走っている。そうなるともう少し長く滞在しよう。
朝も午前5時になる前から走っているならカラオケやネットカフェで仮眠してから帰ろうとすることも出来る。自ら望んだ環境だが改めて誘惑に負けないようにと心がけた。
同じ時間、同じ電車に乗るならば仕方なく乗るのではなくて目的を持たないと。
始発や終電から見える車窓やその時間帯に乗車する人はどのような人なのかと調査を兼ねた方が今描いている作品でなくても参考になるのではないか。
4月から編集社で働くことが内定している白翔はそれまでの期間は碧波の手伝いをしている。
傍らで見ていてスゴいなと感じるのは仕事は仕事、どこかに遊びに行くことはあまりせず家のこともしっかりやって常に何かを呟いてる。仕事を終えても何かネタがないかと考えていた。
日にちを回ろうかという時、碧波はちょっと散歩しようと白翔を誘う。女の子だけで夜道を歩くのは危ないと一緒に散歩に行くことにする。
同じ道を歩いているのに陽が上っている時とはまた別の光景が見られる。近くを歩いていると居酒屋や繁華街らしき場所を見つつこういう所もあるんだなと感じつつ家に戻ってきて碧波は眠りにつく。
よく考えたら碧波と2人で生活。同じ屋根の下で住むの始めてではないか?別れるとは言われてないものの最近は恋人らしきこともしていなければお互いに好きとすら言っていない。
あくまでもマンガ家赤松碧波とその手伝いをする黒木白翔の関係だと思っている。急にドキドキしてきた。
結局その日は朝まで寝ることが出来ず碧波のすやすやと寝ている顔が愛おしい。同棲しよう、結婚しよう。
まだ高校を卒業したばかりの白翔には今すぐにでもという気持ちとしっかり働いて大黒柱となれるまではという狭間にいた。
太陽を浴びて腕を伸ばして起きる碧波。ほっぺた赤くして相変わらず白翔はかわいいねと頭を撫でた。好きだよと微笑む。
このかわいいって、この好きって言うのは従姉妹としてなのか。
それとも恋人としてそう言ってくれているのか。函館の家にいる時からずっといるはずなのにのんなに心臓がバクバクしたのは久しぶりの感じだ。
願いは叶う
北海道から出てきて1週間、碧波のスマホが忙しなくなり続ける。時刻は午前2時、ネットではある事が話題沸騰でニュースに取り上げられていた。朝起きてテレビを付けると映画化決定と大賑わい。
誰がどの作品が映画化するのかとテレビを見つめている。
「マンガ家赤松碧波さんの石岡杏子と子グマのリナちゃん物語」
赤松碧波の石岡杏子と子グマリナちゃん物語ね……。ってウソ!?寝起きだから夢を見ているのか。
しばらくすると白翔が起きた。誰からか分からないけれど夜にスマホがひっきりなしに鳴ってたよ。急ぎなら早めに返しておいた方がいいよ。洗面所に行き顔を洗いに行く。
沢山の人から映画化おめでとうと祝福のラインが届いていて公開日に観に行くよ。有難いし沢山の人が期待をしてくれている事に素直に嬉しい。
とは言ったものの河島から実際に話が来たわけでもなければ誰が監督を務めるのか知らされていない。連絡が来るまではフェイクニュースだと思っていた。
午前9時、河島さんから電話がかかってきて正式に映画化の話を聞いて事実だと受け止めた。
監督はアニメ映画の巨匠でもある
晴香ちゃん、映画出演おめでとう。スクリーンでどのような感じになっているのか楽しみにしているよとラインを送る。するとスグに既読が付いて舞台挨拶に来て欲しいと返信が届く。
貴重な現場だから行かせてもらうねと送ってネームを描き始めた。
舞台挨拶の日時確認しながらスケジュールを組む。映画館に行くのも初めての上、それが自分の描いた作品の試写会ってどういう気持ちで観ることになるのかとドキドキしていた。
先行抽選の結果が分かる日、碧波と白翔それぞれ応募をしたが当選することは出来ず申し訳ない気持ちで晴香ちゃんにラインを送る。しばらくして出演者枠で1枚確保しておきますと届いた。
碧波はどこに行くにも白翔と一緒だった。その話をすると気にしないで行ってきな。また別の日一緒に映画を観ようねと優しく送りだしてくれた。
試写会当日、お客さんと一緒に映画を観ているとあれって赤松碧波じゃないっていう声が聞こえた。そうですと答える訳にもいかずそのままにしていた。
映画では主人公石岡杏子と子グマのリナちゃんがとてもかわいがっていてみんなから愛されるキャラクターだなと自分で描いて感動をしている。終演後、舞台挨拶に移る。
監督の立花心春監督を始め、出演者が登壇をして撮影でのエピソードや作品に対する熱い思いについて語っていてそれを聞いていた碧波は今いる方々を選出してよかったと感じていた。
舞台挨拶が終了する間際になった。石岡杏子役の川越晴香がマイクを取って客席に特別ゲストがいます、この作品の原作者でもある赤松碧波さんですと紹介されて登壇するように促される。
突然浴びることになったスポットライト。登壇するからには何か言わなきゃいけない。だが何も知らされておらず何も考えていなかったため、簡単に挨拶をする。
「皆さん始めまして、石岡杏子と子グマのリナちゃん物語の原作者でもある赤松碧波です。今日は多くの方々に足をお運びいただき嬉しいのひと言で感謝しかないですね。いきなり登壇するように言われて何も考えてないですがこれからもマンガ家赤松碧波、そしてこの作品を好きになってよかったと思っていただけるように頑張っていく所存です」
監督、こんな感じで宜しいですかと目を合わせる。
急遽ゲリラ握手会が行われて出演者に混じって参加をする。泣いているファンもいてその姿を見て碧波も泣きそうになっていた。最後は出演者とともに写真撮影をして解散となった。
帰りに晴香ちゃんと帰っていてどういう経緯で登壇させたのかなど根掘り葉掘り聞くと最初から仕組んでいてサプライズゲストとして登壇させる魂胆だった。それを聞いて心の準備をするために先に言ってよと都心の真ん中で叫んでいた。
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