彼氏以下友達以下

 まだ肌寒いこの季節、輝と森高町子が帰る頃には教室に西陽が差し込んでいた。その教室から出ると、森高は、輝を、自分のおじやおばがいる病院に連れて行くという。

 病院と聞いて、輝は、森高のおじやおばはどちらも病気で入院しているものだと思った。だから、学校の帰り道にある大きな病院を想像したが、森高はまるで違う方向に輝を案内した。この町の中で、彼女のおじとおばは小さなクリニックを開いているのだという。

 輝は、それを聞いて少しほっとした。病人から何か聞かされるとしたら、それは重苦しい話になると思ったからだ。

 森高のおじとおばはどちらも外国人だという。それに加えて医者だと言うのだから、なんだか面倒臭そうで、輝は少し身構えた。

 今日は、森高の用事のために、部活をキャンセルし、アルバイトも休む羽目になった。幸い平日なのでそんなに店は忙しくない。しかし、それでもシフトから輝一人抜けることに店長はいい返事をしなかった。こういうことはなるべくしないでくれ、そう言われてしまった。

 母には携帯へメールを送っておいた。どうしても外せない用事があるから今日は部活もバイトも休むと。理由はまだよくわかっていなかったので、送信しなかった。

 森高は、輝が用事をすべて済ませると、自分のおじやおばがいる病院へ急いだ。なぜ急ぐのかは輝には分からなかったが、最近の周囲の変わりようと何か関係があるのだろう。そう思って黙ってついて行った。

 森高の行く道は、輝の家とはまるで逆の方向だった。彼女は徒歩と電車で通学していたが、病院へ行く道は電車が必要なかった。そこは森高の家からも離れた場所にあり、どちらかと言うと学校に近い位置にあったからだ。

 輝や森高の居住地も、そしてこの高校も、新潟県にある糸魚川という地方都市の内陸にあった。周りは田んぼや畑に囲まれているため、少し遠い山の向こうに陽が沈むと、すぐに暗くなってしまう。森高は女子だ。輝がいるとはいえ、暗くなるのは心細く、また、怖くもあったのだろう。

 陽が沈んですぐ、二人は、病院に着いた。中に入ると、数人の患者がまだ待っていて、受付の窓口には何人かの看護師や事務職員がいた。そんなに大きな病院ではないが、個人経営では大きい方だろう。診療科は三つ、精神科と外科、内科だった。

 医師は二人。名前までは書いていなかったが、森高の母方の兄弟姉妹だという。と言うことは、おじかおば、どちらかがハーフということになる。

 森高は、病院に着くとまっすぐ受付に行った。すると、そこにいた事務員が彼女を確認して、奥にいた看護師に手を振った。

「町ちゃん」

 看護師は、笑ってそう言うと、森高の方に歩いてきた。

「ごめんね、今日はお昼から、先生、海外に出張しちゃって。ロンドンの病院からいきなりヘルプコールが来ちゃって。なんだか最近急に忙しくなっちゃってなかなか会えなくてね。予約した患者さんも困っているのよ」

 それを聞くと、森高は待合室にいる患者を見渡した。五、六人はいるだろう。この時間にしては大した数だ。

「でも、どちらかはいるみたい。おじさん? おばさん?」

 すると、看護師は森高に耳打ちした。

「そっちの子は誰? 町ちゃん、ついに彼氏作ったんだ。だったら、今日はやめておいた方がいいわよ。その子、誘惑されちゃうかも」

「はぁ? 何それ?」

 森高は、あからさまに嫌な顔をした。恥ずかしがってもいなければ焦っている様子もない。輝にとってそれは少し寂しいものだった。少しは照れてくれてもいいのに。そう思いながら、森高の行動を見つめていた。

 看護師は、そんな森高に呆れ顔をした。彼女もまた、彼氏を作ってこない森高に対して寂しい思いをしていた。この年頃の女の子ならば、好きな男の子の一人もいて欲しいものだと思ってもいた。その看護師の意図を汲んだのか、森高はため息をついて、少し寂しそうに笑った。

「ごめんね、相沢さん。私、まだ彼氏とか作る気になれなくて。でもそのうちできると思うから。それで、今日いるのはおばさんの方なんだね」

 相沢、と呼ばれた看護師は、笑顔で頷いた。

「先生の診察が終わったら、すぐに会えると思うわよ。それまでここで待っていてね」

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