水槽のキリーフィシュ
凪司工房
1
スプレー缶が破裂した後みたいな濃淡の雲が空に
今はそれがグリーンのライトを灯しているから安全なはずだ。それでも私の前を歩く誰一人として白銀色の防護スーツを脱いだりはしない。頭部はバイクに乗る時のヘルメットみたいにフルフェイスで誰がどんな髪の色でどういう髪型をしていてリボンやゴムは付けているのかとか、全然分からない。体の方も雨合羽みたいに銀色が
でも誰もそんなことを気にしない。駅に向かって歩いている。
そう。これが私たちが生まれてから目の前に存在している日常だからだ。
「午後からは濃霧注意報が出ていますので可能な限り外出は控え、屋内から出ないようにして下さい。繰り返します、本日午後から――」
別のスカイフィッシュが注意喚起のアナウンスを行っている。前を歩いていた同じ高校の生徒が二人肩を寄せ合い「それじゃ今日も学校午前だけ?」「ラッキーだね。帰りどこ寄る?」などと楽しげな声を
教室は既に半分程度の席が埋まっていた。
私は「おはよう」と声に出すこともなくそのまま無言で入ると、視線を一番前の席でじっと自分の端末に見入っている生徒に投げやる。入学して以来、一度としてその素顔を見たことのない委員長のサエキヨウコは私の存在に気づくことなく後ろの席から掛けられた声に反応して振り返り、「ここ分からないんだけど」という
零した小さな溜息が一瞬防護ヘルメットのアイラインを曇らせたが、それはすぐに消え、私は一番窓際の前の席へと歩いていって腰を下ろした。机の上に置いた鞄から教科書を取り出して引き出しに仕舞おうとしたところで電子音の短いメロディが響き、始業を伝えた。
担任のキタガワが入ってきてさっさと教壇に立つ。教師といっても外見は私たちと何も変わらない。白銀色の防護スーツとフルフェイスのその人物は三十名が席に座ったのを確認すると自分の端末を手に、出欠データと照合を取る。学生だけでなく校内の全ての人間や設備の管理は学内サーバで一括して行われていた。
「本日の連絡事項は各自掲示板を確認しておくように。先生からは特にありません。ああ、そうそう。イチミヤさんは後で職員室に来るように」
またか、という空気が私だけでなく教室全体に広がる。
ぼんやりと視線を先生の頭上に向けると、空気が安全であることを示す小さなライトがグリーンの光をそっと灯していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます