02 サメのあと(1)
「──いやあ、うちのかみさんがさあ、最近、ネトフリのB級ホラーにハマっててね…ああ、ご苦労さん、ビフ! お婆ちゃんの調子はどうだい?」
地元市警のマーティー・マクフロリィー警部は、同僚達と世間話をしながら規制線の黄色いテープを潜り、煌々と照明機で照らし出された夜のビーチへと足を踏み入れる。
彼がこの現場へ呼び出されたのは、警察署近くにある馴染みの日本食レストランで、カリフォルニアロール・ライスバーガーとたくわんサラダのジャンキーな夕食をとっていた時のことだった。
「ここ、プライベートビーチだって? 薄給の警官じゃ宝くじでも当てない限り夢のまた夢だね……」
鑑識班が忙しなく方々で仕事をする中、心地よい海風を頬に受け、柔らかい砂地を踏みしめながら遺体のある場所へとマーティー警部は向かう。
フォーマルよりもラフなファッションを好む彼は、ライフジャケットにも見える赤いダウンベストを常日頃着用しているため、なんだか刑事というよりは夜釣りに来た釣り人のようにも見えなくはない。
「で、何があったって? 殺人なの?」
「はい、マーティーさん。遺体の身元はクリリーン・ブルーマーという地元の女子大生です。ボーイフレンドのオリックス・ギンナーンと遊びに来ていて被害に遭ったらしく。オリックス自身が付近の分署へ飛び込んで来て発覚しました……あ、けっこうエグいですよ?」
歩きながら尋ねるマーティー警部に、部下のビフ刑事は大柄な身体を無理に丸め、ヘコヘコ機嫌を窺う態度でそう説明をする。
「うわっ…下半身ないじゃん。どうしたらこんなことになるの?」
「それが、オリックスの話じゃ空からサメが降って来て食べられたんだとか。言い訳にしても嘘下手すぎですね。まあ、あっちに大破した車があったんでなんらかの事故でしょう」
遺体の間際まで寄ると、その凄惨な姿に顔をしかめるマーティー警部に対し、ビフはちょっと小馬鹿にしたような口調でそう続ける。
「ああ、来るとき停まってたランクルね……二人とも薬中か。ラリったまま派手に事故って身体が裂けたってとこだな……でも、下半身の方はどこいった?」
「何かを引きずった跡が砂浜に残ってたんで、たぶん海へ投げ込んだんでしょう。なんでそんなことしたかはわかりませんが、ジャンキーなんて合理性のかけらもありませんからね。通報時の妄言といい、もう薬で間違いないですね」
無惨な遺体を嫌そうに覗き込みながら、次なる疑問を口にするマーティー警部に対して、ビフは波打ち際の方を指差すと、なぜか得意げに誰でもわかるような推理を披露してみせる。
「これか……女性を引きずったにしてはちょっとデカすぎる気もするが……一応、鑑識は丁寧にやっとけよ? そのオリックスだかバッファローズだかいうやつの薬物検査はやったのか?」
その言葉に立ち上がったマーティー警部は、照明機により陰影のくっきりしたその痕跡を自身の眼でも確かめながら、またもやビフに質問をぶつける。
「ええ、もちろんですよ。鑑識は念のため、今、二度目をやるところです。薬物検査の方はオリックスも怪我してて病院に運ばれたんで、治療がすみ次第になるかと」
「ま、薬物中毒による事故で間違いないだろう……俺は署に戻って報告書の準備をしとく。後片付けは任せたぞ、ビフ」
とりあえず見るべきものは見たので、マーティー警部もそんな判断を下すと、後は部下達に任せて署に向かうこととする。
だが、車を停めた道沿いまで、再び砂浜を歩いて帰ってきた時のことだった。
「警部、ちょっと見てください。こんなものが……」
鑑識官の一人が、マーティー警部を呼び止めてビニールの小袋に入ったものを差し出す。
「あん? なんだこれ……」
明かりにかざしてみると、それは三角形をした3インチ(約7.5㎝)ほどの魚の骨みたいな素材の代物だった。
「おそらくはホオジロザメの歯かと。なぜか事故車の中にいっぱい落ちてるんです」
マーティー警部が怪訝な顔でそれを眺めていると、鑑識官がそう自身の見解を伝える。
「サメの歯? なんだってそんなものが事故車の中に」
「さあ? それに見てください。このシートにも刺さってるんです。車にサメが突っ込んだんですかねえ? ほら、よくあるじゃないですか。野生の鹿とかカンガルーとかが飛び込んで来る事故が」
小首を傾げるマーティー警部を、鑑識官はそう言って近くにある半壊したランクルへと導き、運転席のシート裏に突き刺さっているサメの歯も見せようとする。
「それじゃ、サメが突っ込んで事故を起こしたっていうのか? それにしても海から離れすぎてるだろう? ここじゃ空からサメが落ちてでも来ない限り……」
シート裏のサメの歯を眺めながら、鑑識官の推理を否定しようとしたマーティー警部であるが、言葉の途中でふと、容疑者の話した妄言が彼の脳裏を過ぎる。
「いや、まさかな……とりあえずこの歯も残らず集めて回しておいてくれ」
だが、そのあり得ない可能性を頭を振って一蹴すると、そう言い残して自身の車へと向かった──。
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