第36話 生き延びるために【メリッサ視点】

「はあ……はあ……はあ……!」


 研究所を飛び出して半日、私は街道から離れた森の中にうずくまっていた。

 普段研究所でデスクワークをしていたせいで少し歩いただけで足が止まってしまう。

 私がマッドから逃げ出すなんてありえないことだった。


 なぜ私はあいつを愛していたの?

 自分以外の人間をヒトとして見ていないクズだったのに。

 こんなことになるんだったら他の研究所に雇われていた方がよかったわ。


 本当は彼にささげた時間と純潔を返してほしいけれど、マッドの人生でチャラにしてあげる。

 計画表とレポートがなければナノマシンの実験は振出しに戻るのも同然。

 今捕まってるだろうし、新しく始めるにはもう遅い。

 なにがなんでも私は生き延びる。

 手段は選ばないわ。土下座だろうか色仕掛けだろうがもう抵抗はない。

 ただ、捕まらずに生き延びたいのよ。


「もうちょっとでロレーニアよ……頑張んなさいよ私……!」


 アイクなら……! マッドの理不尽に耐えていた彼なら私の気持ちはわかってくれる!

 ほとぼりが収まるまで彼の女としてかくまってもらおう。

 実験体が側にいるみたいだけど、大丈夫でしょう。女が増えて喜ばない男なんていないはずだから。


 息を整えると『外部運動機構』を起動させる。

 あと数時間森の中を突き抜ければロレーニアの外壁が見えてくるはず。


 マッドも私を捕まえようと躍起になる王国軍もまさかもう一度戻ってくるとは思わないはずよ。

 どうせもう捜索し終わっているだろうし、現場に戻ってくるなんてありきたりすぎて2度も操作しようとは思わないはず。


 でも問題は肝心のアイクがいる場所を知らないということ。

 ギルドにもう一度訪ねてみようかな。あの冷たい受付嬢には顔がバレてるけど、その子さえ気を付ければギルドは情報収集にはうってつけの場所なのよね。


 でもアイクのことを知っていそうなのはその冷たい子なのよね……。

 知っているくせにマッドがアイクの敵だと勘づいて何も言わなかった雰囲気は感じた。

 心に決めた人って言うのもどうせアイクなんでしょうね。


 マッドから離れたら幸せになる法則でもあるのかしらね。

 これからその法則を私が証明するわ。


 アイクを見つけるまでの計画、会ってからの策略を巡らせているとあっという間にロレーニアに到着した。


 乱れる息を整え、妖艶な笑みを造る。

 見た目の印象が大事とも聞く。

 研究員には意味のない知識だったけど役に立ってよかったわ。


 私はロレーニアに到着したその足でギルドへと向かった。


「相変わらずむさくるしい……」


 開けた扉からあふれ出した活気に、まぶしいわけでもないのに目を細めた。

 受付にも、奥の部屋にも、併設されたバーにも自信と野心でふくれかえった筋肉をまとった男しかいない。


 正直、長い時間とどまりたくない。吐き気がする……。

 やっぱギルドなんて私みたいな理知的な研究者がいる場所じゃないわ。野蛮すぎるもの

 はやいところアイクの所在だけ聞いて離れましょう。


「そこのあなた。ちょっといいかしら?」

「はい? ご依頼ですか? ご依頼でしたら──」

「違うの。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 なぜかカウンターの前をうろついていた受付嬢はぽかんとした顔で振り向いた。

 この子なら、あのフレンとは違って無警戒に全部聞き出せそうね。


「このギルドにアイク・レヴィナスって人いないかしら? 彼に呼ばれてきたのだけどどこにいるかわからなくて……」


 眉を下げ、視線を落とし、精一杯困っている人を演じる。

 私、マッドに関係を迫られるくらい顔も身体も整っているから少し下手な芝居でも信じてくれるんじゃないかしら?


 受付嬢はほんの少しの間、私を見つめると、


「アイクさんなら今、シルヴィアさんと依頼をこなしに行っててここにはいないですよ! もしよかったら宿屋教えましょうか?」

「ぜひお願い!」

「いや~アイクさんも隅に置けない人ですね~。フレンさん大変そ~」


 この子に警戒感とかないのかしら?

 田舎の子ってみんなこうなの? 脳みそが働いてないの?


「助かったわ。ありがとう」

「お役に立てたなら幸いです~」


 まあ、彼女のおかげで情報は手に入ったし、良しとしましょう。


 むさくるしい空気から逃げ帰るようにギルドを飛び出し、宿屋へと向かった。


 宿屋の主人に聞いたところ、アイクはもうすぐ帰ってくるらしい。

 少し誘惑しただけでアイクの部屋まで教えてくれたわ。


 もちろん彼はいないけれど部屋に入ってみようかな。

 もし重要な情報でもおいてあれば拒絶されたときの脅しに使えるかもしれないし。


『外部運動機構』で窓枠に上り、『開錠』の魔道機械で部屋に足を踏み入れる。


 ここまで魔道機械の研究者で良かったって思ったことはないわ。


「使えないわね……何も置いてってないじゃない」


 まったくセキュリティ意識が高すぎる。

 私みたいな助けを求めに来た女がやってきたらどうするつもりなのよ。

 まあ、ここはおとなしく帰りましょう。


 私が尋ねた証拠として髪の毛を何本かベッドにおいて、窓枠から飛び出した。

 アイクが帰ってきたら宿屋の主人に教えてもらいましょう。

 主人はもう私の言いなりになっているから簡単よ。


 待っていなさいアイク。生き残るためにあなたを利用させてもらうわよ。

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