第31話 未来へ

「ただいま戻りました、母上」

「お疲れ様、エディ」

 狐耳と尻尾を持つ美女がエドワードを出迎えているが、ここは閉店したばかりの黒鹿亭だ。

 うなぎが捕れたのでモニクがグレースを呼びに行き、エドワードの店には言伝をしていたので直ぐにこちらへ来てくれた。

「モニク、蜂蜜飴は?」

「数人へ渡して、レポート待ちですよ」

「ありがとうございます」

 グレースはニコニコと二人を見ているが、他の面々は歯がゆい感じである。

(くうう、エディ!会いたかったって言え!!手ぐらい握ろ!!)

 ジゼルは厨房から料理の乗った皿をハリソンと一緒に持ってきていたのだが、そんな場面に遭遇してしまいつい心の中で叫んでいた。

「業務連絡もいいけど、たまには二人で話しなさいね?」

「?…はい、母上」

 グレースのヒントにエドワードは首を傾げつつ頷いた。グレースは困ったように微笑み「育て方間違えたかしら…」とポツリと呟いていた。

 その様子に繋げたテーブルの上に皿を置いていたジゼルとハリソンは顔を見合わせて苦笑する。

(エドワードさん…そういう事は苦手というか、思いつかないのか…)

 頭は切れるし行動力も抜群の彼だが、モニクを恋人というより秘書として接している。

 だが店を無償で造って提供して護衛も置いているところに、他を寄せ付けないという深い愛を感じた。

 ジゼルは「妹の婿になる男は投げ飛ばす」と豪語していたが、進展のないその様子に、逆にやきもきしてしまっている。

(投げ飛ばされるよりは、いいのかもしれない。自然な感じだ)

 彼等の間に流れる空気は、熟年夫婦のそれだ。

 もしかしたらモニクは姉の性格を知っているからこそ、穏やかにお付き合いをしているのかも知れない。

「ハーブティーの売れ行きも好調ですよ」

「モニクの配合したものですから、当然です」

 まるで我が事のように、むふん、とエドワードは胸をそらした。

「ふふ。ありがとうございます」

 その様子に堪えきれなくなりそうなジゼルを厨房に引っ張っていくハリソン。

 彼女が叫ぶより前に、ぎゅうっと抱き締めた。

「…人の恋路は、邪魔したら駄目だよ?ジゼル」

「うう、分かった。我慢する。うごぉぉぉ…なんなんあれ?なんでぎゅーとかちゅーしないわけ!?」

 ゴリゴリと頭をハリソンの胸に押し付けて怒気を逃しているようだ。

「はいはい。そういうのの度合いは、人の性格に依るからね」

 食堂の鍋やフライパンを振っていて、そして冒険者として活動を始めたジゼルの力は強い。もう少し自分も鍛えねばと思ったハリソンだった。

「…おや、邪魔だったな」

 ハリーが厨房に顔を出しかけ、背後のロイドとともに引っ込もうとした所を引き止める。

「父さん!…えっと、うなぎが蒸しあがるから、焼きを一緒に頼むよ」

「…それは?」

「もう少ししたら収まるから」

「収まる??」

「うぐぅぅぅ、私のモニクぅぅぅ…!」

「なんだ、そっちか…」

「そうなんだ」

 エドワードが返ってくると必ず数回はこの状態になる。

 今までモニクを一番大切にしているたのはジゼルなのだから仕方がないのだが。

「そろそろ慣れねぇか」

「うーん、彼等が結婚しても続きそうだよ」

「妹離れができねぇなぁ」

 モニクがエドワードの妻となる場合ここから出ていくのだが、更に一波乱ありそうだ。

「しょうがないよ。僕も、父さんが大事だから」

「…まぁ犬獣人だから、そうなるか」

 犬獣人は群れを大事にする狼の血を引くため、家族をとても大事にする。

 その血は外見に現れていないものの、しっかりとハリソンに受け継がれているようだ。

「じゃ、鍋から出して焼くか。ジゼル!タレは?」

 その言葉を聞いてジゼルがハリソンから顔を上げた。

「追加で作って壺に足してある!」

 料理となると頭の中が直ぐに切り替わる彼女は、ハリーに向けて親指を突き出した。

(良かった、回復した)

 いつもの元気なジゼルになり、ハリソンはホッとして彼女を解放する。

「少し焼いて、壺のタレに漬けてからまた焼くよ」

 ランから聞いた内容を話すとハリーが首を傾げる。いつものことだ。

「変な焼き方だなぁ。タレが汚れねぇか?」

「でも、美味しくなるのは確かです」

 ロイドはヨダレを拭きつつ言う。焼き物を浸すと油が落ちて膜を張ってタレが痛むのも防いでくれる。

 その油は表面のものは酸化するから次に使う時に取り除くが、旨味は残るのだ。

「焼き鳥の売上が徐々に伸びているんですよ、師匠。持ち帰りも多いです」

 そのまま酒の肴にしてもサンドイッチの具にしても美味しい。

 鳥マヨチキンは老若男女問わず大好評だ。

「確かに…んじゃまぁ、焼くか」

 大鍋を開けると、湯気が立ち上り優しい香りがふわりと立ち上った。

「泥沼魚が…ずいぶんきれいな身だね」

 ハリソンもロイドも感心して見ている。これに金物の串を刺してコンロの上で炙り焼きをするのだ。

「教えてくれたラン様々だよ!さぁ、今日のメインディッシュ、焼いちゃおう!」

「おー!」

「…ああ」

 ハリーとロイドも袖を捲し上げてジゼルのお手本の通りに作業を始める。

 ハリソンはそれを温かい目で見守るのだった。

(母さん、黒鹿亭はもう大丈夫だよ…)



 巨大なうなぎの身はたくさんありすぎるので、一部は保冷庫へ回され1割に満たない量がまかない夕食に提供された。

 その日の黒鹿亭の厨房の裏は非常によい香りが立ち上り、近所の人が新しいメニューか!?と噂をしたほどだ。

 後日、限定メニューとして提供されるのだが、あまりの人気ぶりに泥沼魚も養殖の対象となる。

「間に合ったー?」

 焼き上がったうなぎがテーブルの上に並べられている所に帰ってきたのは、ランとアレックスだ。

 アメジストの晶洞の話をギルドへ報告して黒鹿亭に戻ってきた所、とんでもなく良い香りが広場まで漏れていたのだ。焦って走ってきてしまった。

「うなぎは逃げないよ!おかえり、ラン」

「ただいまー!」

 ゆっくりとドアのへりをまたいだアレックスはシャールの視線に気がつく。

(何もしてなかったら許しませんよ)

 厳しい目線に苦笑しつつ頷くと、彼はホッとしたように笑って酒の入ったグラスを上げた。

 そのグラスにグラスを横から合わせたのはシャンメリーだ。

「あ!?飲みましたね?あれほど飲むなと言ったのに!!」

「これほんとーにおいしーですねぇ!」

 酒に弱いくせに一気飲みしてしまったのか、シャンメリーが既に出来上がってしまっていた。

 同じ魔法使い、それに長寿命もあってか、二人はよく会話をしていて魔道具も幾つか発明していたりする。

 今は同僚のような感じに見えるが、そのうちどうかなるのだろうか?とアレックスは考えていた。

「さぁ、食べよう!うなぎ祭りだよー!」

 テーブルの上にはうなぎはもちろん、他の魔物肉を焼いたものや、野菜炒め、サラダにフルーツなど盛り沢山だ。

 これがまかないだというのだから、ロイドは「毎日が天国です」と言っていた。

「うなぎ美味しい!!」

「これがあの泥沼魚ですか…信じられない…」

「下ごしらえの前が肝心とはなぁ」

「あれも下ごしらえの一部ですよー」

 そんな会話が飛び交うのも料理人ならではだ。なお、肝吸いなども作ってみたかったが断念した。

 内蔵は一部毒があるので焼却処分にしてもらっている。

「うーん、たしかに天国かも…」

 忙しくない日は自分も参加するが、大抵ハリー&ロイド、ジゼルが作っている。

 アレックスと結婚するとこの食卓に参加できなくなるのか、とつい寂しくなってしまった。

 その様子にすぐ気が付いたのはモニクだ。

「どうしました?」

「ん?…えっと、ここのご飯、ずっと食べていたいなぁって思って」

 詳細は恥ずかしくてオブラートに包んだが、モニクは分かったようだ。

「ギルドで忙しいのだし、結婚してからも毎日来ればいいじゃないですか」

「んぐっ」

 ハッキリと言われてしまい、むせる。その背中をアレックスが苦笑しつつ撫でた。

 確かに毎日ギルドマスターに食事を作ってもらうのも気が引けるが、使用人などは二人きりの家に入れたくなかった。

「え!なに!!やっと結婚すんの!?」

「ジゼル、落ち着いて」

 ジョッキを持って立ち上がりかけたジゼルをハリソンが座らせる。

 料理がまだたくさん残っているから酒を振りかけられたらたまらない。

「…そう、考えてる。家を探すのが先だな」

 ランがむせているのでアレックスが言った。希望を並べていると、ハリーが言う。

「それなら建てればどうだ?」

「なるほど、それもありか」

 探そうと思っていたが、今この町は移住者が多く良い物件はあまり残っていない。

「そう言えば町長が壁を広げようかとも言ってましたね」

 移住希望者は平民だけではなく、なぜか貴族も多い。小さくてもいいから別邸を建てたいと言うのだ。

 今は町が狭いので断っているが、貴族が来たら税収が多くなる。できれば移住者を増やしたいと考えているという。

「壁?作っちゃいまひょーか!?」

 シャンメリーが自分に出来そうなことを聞きつけて参加してくる。

 傍らのシャールは顎に手を添えた。

「なるほど…それならすぐ出来るし、なおかつ、ギルドの収入になりますね」

 壁の拡張は年単位でかかる。外側に壁を新しく立てるために整地からやらねばならないからだ。

 それに新しく壁を作ったあとに、古い壁を壊す必要も出てくる。もしくは使えるレンガは新しい壁に使いまわしたりもする。

 大工事に必要な人数は多いが、その人足たちを泊めておける場所も今の町にはない。

「よし、明日になったら町長に交渉してきましょう。シャンメリー、一緒に行きますよ」

「了解ひました!!シャール!」

 嬉しそうに叫んだあと、シャンメリーは電池が切れたように眠る。

 酒を飲むといつもこうなので、シャールが仕方なさそうに彼女を抱き上げて部屋に置いて戻ってきた。

「騎士団にいる時より、生き生きしている気がする」

 アレックスがそう言うと、シャールはニヤリと笑った。

「ええもう、楽しいですよ!自分で色々できますからね…ランとペガサスがいるせいか、精霊も非常に活発で協力的なんですよ」

 たまにはトラブルもあるが、胃の痛くなるような貴族相手とは違い、話せば分かるし分かってくれないような相手なら魔法でぶっ飛ばせる。

 家から出てきて本当に良かったと思えた。

「やはり僕はエルフの血が濃いですね。縛られるのは好きじゃないです」

 知的でクールな騎士団時代だったが、今のほうが素のようだ。

(これで、いいのか…?)

 随分と我慢させてしまっていたが、楽しいのならいいのだろうか。

「言っときますが、好きでやってますからね?」

「!……ああ。お前は?」

 良い相手はいるのか、と聞いたつもりだったが。

「どうでしょうねぇ。超がつくほど人見知りで奥手のようですが、第一関門は突破しましたし、寂しがり屋なのでそこへつけ込みます」

 そんな相手はシャンメリーしかいない。そしてまだ彼は騎士のようだ。相手を攻略対象として捉えている。

「……頑張れよ」

「ええ!」

 この澄ました男が自分のように誰かにメロメロになるんだろうか、と、恋とは恐ろしいな、とアレックスは思った。

「何の話?」

 ようやく立ち直ったランが聞いてくる。

 こっそりと、シャールとシャンメリーの話だ、と言うと素晴らしく良い笑顔になった。

(やっぱり自分より、他人の幸せなのか)

「お前なぁ…」

 ニコニコしている頬に思わずキスをしたくなったが、我慢する。

「なに?」

「いや、なんでも無い。町の壁が拡張されたら、家を建てるか?」

「うん。どうせなら、部屋割りとか自分で考えたい」

「わかった。頼む」

「任せて!」

 その後、この世界にはないエアコン、冷蔵庫、自動ドア、呼び鈴、スイッチ付き照明などなど…異界の装備を整えまくった家が完成することを、アレックスはまだ知らない。


◆◆◆


 翌年の初夏の頃、王都では聖女”たち”の結婚式が行われた。

「うぐぐ…大げさにするつもりはなかったのに…」

「それは私の台詞です。ランさん…」

 二人の花嫁は真っ白な衣装に身を包み、少々白い顔で群衆を見下ろしていた。

 宰相であるガーディからランとアレックスの結婚を聞いた王女ソフィアがとても張り切ってしまい、「それなら聖女二人で結婚式を大聖堂であげればいい!!」と言い今この状態となっている。

 国へ様々な仕組みと施設を作り街道を広げた聖女二人は、国民から絶大なる支持を得ていたため、二人きりで式を挙げたかったガーディも国のためになるならと渋々承諾した。

 ランは彼に謝罪したが、彼は「どうせ私の目にはセイしか写りません」と言われて謝らなきゃ良かったと思ったが、花嫁衣装に身を包んだセイは非常に美しい。確かに目移りは全くしなさそうだ。

 美しい二人の晴れ姿の背後で、近衛より上質な儀礼服に身をまとった男が呻いている。

「俺はなぜここにいるんだ…」

 気の毒なのはアレックスだ。

 地方の男爵家三男でもう家からは出た身、元騎士団員で護られる側に立ったことがない。

 元同僚からは「すごい出世だな!」とか「さすが王族を護った男」などと言われたが、当時はこんな事になるとは全く思っていなかった。

「爵位を受け取らないと後悔すると言いましたよ、私は」

 隣りにいるガーディがしれっと言う。

「だからって、王族になるとは思わないだろうが…!」

 爵位を断った際「ならばランと同じでいいな」とソフィアに有無を言わせず王族に名を連ねさせられてしまった。

 ランを王族から平民へ移籍させる気がさらさらない時期女王は、アレックスを王族へ婿養子にしたのだ。

 シャールには「ちょっと考えれば分かりますよねぇ」と言われてしまった。

 なお、セイはガーディが当主である公爵家へとお嫁に出された形だ。公爵家は王族のスペアでもあるので、地位はあまり変わらない。

(くそう…。まさか婿養子とは…)

 王族と言っても末席なので義務も責任もなく「お前たちは既にそれらをこなして余りある」とも言われた。

 確かにレーベの町の警察隊は試験期間を終えて今は正式な組織となり、全国へ広まっている。

 その総責任者はソフィア王女だが、たまにレーベの町へ来てアレックスとランに意見を求めている事もあり、彼は裏の責任者とも呼ばれていた。

「諦めなさい。聖女を手に入れるのならば、些細なことです」

 ガーディの言葉にアレックスは恨めしい目を引っ込めて、目の前にいるランを見る。

 今日は聖女としてのお勤めのせいか、ランも髪と目が黒い。

 色は替わっても、やはり”妖精姫”と呼ばれているように、非常に愛らしい。

「…それもそうだな」

「そうです。セイは誰にも渡しません」

 口は笑みの形だが、目は一切笑っていない。

(恐ろしい執着心だな)

 一度攫われた経緯があるので無理もない。ランが攫われたら…と考えたが、アイツは自分でなんとかしそうだと笑ってしまった。

 そこへ国民への挨拶が終わった王と王女、それに聖女たちが戻ってきた。

「お、余裕だね?」

 ランに声を掛けられてアレックスは口をへの字口に曲げる。

「どこが」

「笑ってたじゃん今」

 ピンキーリングを取り出してモスグリーンの髪と濃い桜色の瞳に戻った妖精姫が、肘で腹を小突いてくる。

 やはり彼女はどんな美しい衣装を身に纏っても、色を変えても”ラン”なのだ。

 そんないつもどおりの仕草に、美しいマーメイドラインという最新のドレスに身を包んだソフィア王女も苦笑していた。

「そなたは変わらんな」

「…自分を自分以外に変えようがないですけど?」

 首を傾げていると、王女は更に笑っていた。

「その言葉、過去のシュウに言ってやりたかったな」

 シュウとはチャービル改めチャーシュウの愛称である。

 彼は己を変えるのではなく、己の飾りを変える事に終始没頭していた。

「いえ、その結果が聖女召喚です。あの方がまともでは今の結果は存在しておりません」

 ソフィアはガーディの言葉に納得する。

「なるほど。…アレでも役には立ったか」

 どうしようもない男だったが、ガーディの生涯の伴侶となる聖女を偶然に召喚した。だから死刑となる予定のチャービルへ、セイの特別な”浄化”魔法を使わないかと彼は提案したのかと今更ながらに納得する。

「おっかない話してるから、あっち行こう。疲れた」

「そうだな」

 ランは、ガーディの腕へ寄り添っているセイに向かって小さく手を振ると、バルコニーのある部屋から出て隣室の二人専用の部屋へと下がる。

 メイドがお茶と菓子を用意し、疲れた様子のランを見て気を利かせて下がってくれた。

 扉が閉まるとランは盛大にため息をつく。

「ふぇぇぇ…疲れるねぇ。夜に晩餐やって終わり?」

「ああ。あとでシャールと合流する」

「護衛役だもんねぇ、申し訳ない」

「王宮は慣れてるから気にするな」

 対面へ座っていたランが横に来ると、靴を脱いでソファに飛び乗った。

「おいおい」

「いいじゃん。誰か来る時はメイドさんが教えてくれるよ」

「まぁそうだが」

「アレックスも上着脱ぐといいよ。紅茶飲みづらくない?」

「…ああ」

 聖女自らがダラッとして、なおかつ襟を緩める事を許可してくれるのだから助かる。

(安心するというのかな。これが聖女効果…いや、ランの俺限定の効果だな)

 やはり彼女は王宮よりも、地方の…森に囲まれたレーベの町が似合う。

「終わったら何をする?買い物か?」

「ううん、それはいい。もう、レーベで手に入らないものなんてないしね」

 エドワードが頑張ってくれたお陰もあるが、町を拡張したらば住民とともに商店が増えたのだ。

 ランとエドワードの趣旨で、流行りのものではなく個性のある店を誘致するように町長に伝えているので、専門店が多い。

 王都にも勝るとも劣らない品揃えで、かつ魔物素材を扱ったものが多い。

 近郊の町や村からも買い物や観光客が増えたし、その近郊の町や村も住民が増えて栄えていた。

「…面白いよな。俺が来た頃は、寂れ始めた町だったのに」

「そう?素朴で良い町だったと思うけど…。人が良いから、今のようになったんだよ」

 レーベの町は元々の下地が良いのだ。

 他が真似をしようともあそこまで上手くはいかないだろう。

「皆、バラバラだったが…うまく纏まったもんだ」

「ねー!」

 笑顔でサブレを頬張っているランを見る。

(それを、自分の力だとは思わないんだな…)

 ランの素質を、彼女のスキルである”縁”が更に強力にしているのだろう。

 しかしランはそれを鼻にもかけないし、気づいてもいなさそうだ。

 神の人選はさすがだなと王女も話していたが、本当にそのとおりだと思う。

 そんな王と王女からはもう一つ話を…願いを受けている。

「…子供は何人ほしい?」

「むごッ!?」

 吹き出しそうになったものを慌てて手で抑えているランに笑う。

「いや、自分たちが生きている間に、絶対に子供を見せてくれと王と王女に言われていてな」

 寿命が長いのでそのうちと言ったら「それでは困る!!」と泣きつかれてしまった。

「政略ではなく、単純に見たいんだと」

「…ゴホッ…そ、そうですか…」

 ランはその手の話になると、途端に敬語になる。

 既に二人で暮らし始めているというのに、まだ慣れないようだ。

 それがおかしく、また愛おしい。

 ゆっくりと顔を近づけて、赤く熟れていく頬を見つつ目を覗き込む。

「キスしていいか?」

「そ、そういうのは、雰囲気でするもんじゃないんですか…」

 伏し目がちに言われてクスリと笑いつつ、顎に手を添えて口づけを落とす。

 真っ赤になった妖精姫を抱き締めながら将来の家族計画をするとは、なんと楽しいのだろうとアレックスは思った。

「そろそろギルドも落ち着いてきたし、帰ったら…いいか?」

 同じ家で暮らし始めて1週間ほどだが、結婚式までは駄目です!と言われてまだ二人で一緒に寝ていない。

「は、はい…頑張ります」

 更にランは真っ赤になった。

「お前の色は出るだろうか?」

「…何人か居れば、出ると思う」

 遺伝とはそういうものだ。セイが気にするくらい残酷に出る場合もある。もうそれも心配ないが。

「黒もいいが、今の色も捨てがたい」

「こっちは…指輪がないと」

 モスグリーンの髪に桜色の目はシャンメリーの指輪効果で自分限定だ。

「いや、いいか。唯一、お前だからいいのかもしれない」

 子供に同じ色が出たら、羨ましくて嫉妬しそうだとも言う。

「……」

(あかん。もうダメだ。許容量オーバーだ)

 煙の出そうな頭で考える。

 自分をうっとりと見ながらまだ何かを言いそうな、その口を見て。

(そうだ、塞げばいい)

「!?」

 目を見開いて驚いたアレックスの首筋と耳が赤くなる。

 彼の唇を塞いだ自分の唇を離しながら言った。

「これで、おあいこね」

「!」

 にへっと笑った、自分に飛びついてきたランをぎゅうっとする。

「まいった」

「おあいこって言ったじゃん!」

 上目遣いで見てくるランに、アレックスは苦笑する。

(これで家に帰るまで我慢だとか、騎士団の訓練よりもきつい)

「あの、アレックス」

「なんだ?」

「えーっと…頑張って、幸せにするからね」

「うん!?」

「いや、神殿の誓いって長すぎてよくわからないから…」

 なにか言われたら全部”誓います”と言えばいいと言われてそうしていたから、緊張もあって実際の所は何を誓ったのかよく分かっていなかった。

 そう説明すると、彼も笑う。

「俺もあまり聞いていなかった」

 愛することには変わりないから、それでいいと思ったのだ。

「お前と、子供と、幸せにする」

 自分の腰の上でキョトンとしたランは、でへっと笑った。

「…よろしくお願いします」

 ぺこりと小さく頭が下げられ、モスグリーンの髪がふわりとカーテンのように下りる。

 アレックスは桜色の瞳に魅せられたまま小さな肩を引き寄せて、口づけをした。

「こちらこそ」

「…ふふっ」

 祝福のように舞う小さな精霊たちの中で、微笑み見つめ合うランとアレックスなのだった。

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ギルドがない!? 竹冬 ハジメ @reefsurk

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