第25話 恋人たち

 その後、2人の聖女のことはゼナン王から正式に国内外へ発表された。

 平和な世の中に現れた彼女たちは、ただ居る事で平和を存続させるという、認識新たな聖女となる。

 戦争の只中にある国からは「貸し出せ」という催促があったが、ゼナン王は尽く拒否した。

 そもそも戦争を起こしているのは当人たちの問題であり、聖女は全く関係ない。

 それに、聖女を攫った神聖王国の神官どもが辿った末路も大々的に発表されたので、以降は神を恐れて聖女を借りたいという馬鹿者は現れなかった。

「はぇ〜…あっという間だった?」

「俺は長いと思った」

「僕はどちらでもないね」

 3人はランの部屋で王宮滞在の最後の日の朝食を頂いていた。

「今日は?」

「予定はないよ。お昼はセイと、夕飯は王族と宰相とセイと…2人も含めた人数でご飯食べるって」

「俺はいいのに…」

 騎士だったから王宮内での所作は心得ているが、王族との食事なぞしたことがない。

「まぁまぁ、最後だし。騎士じゃないから気が楽でしょう」

 騎士だったならば、粗相をしたら家に報告されただろう。

「いいのか悪いのか…」

 しかしそれさえ終われば、また日常に戻れる。

 いつの間にか自分の中の日常が、レーベの町に置き換わっていたことに気がついてアレックスは苦笑した。

 食後の紅茶を頂きながら、ランは聞く。

「あーそうだ、ねぇ、2人はなにか願い事ある?」

「唐突だね」

「いやだって、だいぶ巻き込んで襲撃者対応までしてもらったし」

「自分でついてくると言ったんだから、構うな」

「そうは言ってもねぇ…」

 ランは困った顔をする。2人にお礼がしたいが欲しい物が思いつかないので聞いたが不発に終わった。

 しかしシャールは気を利かせてお願いをする。

「…そうだな、今日は城下町に行っていいかな?」

「買い物?」

「ああ。シャンメリーに甘いものを買ってきて欲しいと言われてたのを思い出したよ」

「そうだった!お土産すっかり忘れてたね。ちょっと待って…あ、それ貸してくれる?」

「?…どうぞ」

 シャールは近衛の服の上に付けている、革ベルトとポーチを渡す。

 これにはポーションなどが差し込まれていて、位置や大きさに慣れているため身につけていた。

「んーと、中身失礼」

 ポーションが革ベルトに刺さっている部分はそのままに、ポーチ部分から中身を出して指を当てて魔力を練り始めた。

「…?」

 シャールはその魔力の動きから、付与魔法だと察した。

(シャンメリーが得意な魔法だけど…?)

 彼女が付与するのは武器防具や、己や魔物の身体であることが多い。

 考えている内に魔法付与は終わったらしい。はい!とランがポーチを手渡してきた。

「これ、入れてみて」

 テーブルに置かれたポーチの中身を指さしながら、いたずらっぽく笑う。

 シャールが恐る恐るポーチの中に1つ入れると。

「!!」

「ど、どうした?」

 ギョッとした顔になった彼をアレックスが心配する。

「そんな怖い魔法じゃないよ」

「そ、そうですね…」

 呆然としつつシャールは全ての物を中へ入れて、一度蓋をしたあと、また確認するように手をポーチに入れる。

「これはまさか…」

「マジックバッグ。あ、内緒で使ってね」

「なんというものを…」

 シャールは思わず額に手をあてた。

「なんだそれは?」

 質問してくるアレックスに半笑いで言う。

「…物が沢山入るバッグだよ。魔導王国時代には子供でも持っていたと言われているが…」

 言うより見たほうが早いとシャールは貸与されていた近衛の剣をポーチの中に入れた。

「!?」

 アレックスがギョッとしている。当然だろう、こんな物は遺跡の中から発掘されても王族しか所持していないし、もちろん秘匿されている。

 剣をもう一度取り出してシャールは腰につけた。

「ありがとう、こんな大変なものを…」

 これ1つで小さな屋敷が使用人つきで生涯困らない金が入る。

 お礼は言えたが目はさまよっていた。

「ちゃんと習ったから大丈夫だよぉ。シャールにしか使えないようにしたから」

 あと生きてるものは入れられないと言う。そうでなくては困る。

「私のと同じで時間も止まってるらしいから、食べ物買うといいよー」

「!…なるほど、異界人の”収納”スキルですか」

「うんそう。それがあるから、付与できるんだって」

 アレックスにも「いる?」と聞くと、必要になったらお願いする、という回答だった。

 シャールの青い顔を見て恐ろしくなったらしい。

「じゃあ出かけてきます。ランの護衛をお願いします」

「ああ。大丈夫だと思うが、気をつけろよ」

 2人に見送られてシャールは出ていく。もちろん服装は王宮に来た時の服へ着替えている。

「…昼までは暇だな?」

「そうなんだけど、私も城下町に行きたい」

 以前購入した物はほとんど使い切ってしまった。今のうちに補充しておきたいし、宿の女の子に無事であることを伝えたい。

「わかった。じゃあ着替えるか」

「うん!」

 2人はシャールと同じようにそれぞれの部屋で行きに着ていた服を纏うと、メイドに言付けて町へ繰り出していった。

「久々だな…」

「昔はよく遊びに行ってた?」

「…飲み屋には行ってた」

 そもそも騎士の鍛錬にはほぼ休みがない。夜、夜勤がない時に飲み屋や娼館に行くくらいだ。

 もう5年も前のことだし、街ですれ違う者にその女性がいないことを祈るばかりだ。

「あ、あそこの宿だ。ちょっと待ってて」

 宿屋”銀の兎亭”の前に居るのは見覚えのある少女。掃除をしながら通りをキョロキョロしているのは、もしかして…と思いつつ灰色の髪に灰色の目に変化させて近寄ると。

「!…お姉さん!!!」

 やはりランを探し続けていてくれたらしい。

 ほうきを放り出して涙目で走り寄り、手を両手で握りしめた。

「よかった…帰ってこなかったから、よくないことに巻き込まれたと思って…」

 その通りだが、言い辛い。

 こんなに痩せて大丈夫ですか、と聞いてくる。

 ランは他の人から少し見えにくくなる結界を展開した。

「ごめんねぇ。…あのね、私ね、異世界から来たの」

「え?」

 そうして髪色を元に戻す。もちろん黒髪黒目の方だ。

 少女は目をこれ以上ないくらいに開いた。

 ランはすぐにモスグリーンの髪と濃い桜色の目に戻すと結界を解いた。

「今はこっちの色なんでヨロシク!…えーっと、つまり、聖女とかいうやつなんだよ。当時の王子に追い出されて、ちょっと遠くにいたの」

 捨てられたとは言わずに誤魔化した。

「そうだったんですね…あの、その印って」

 ランの頬にあるギルドマークを指差す。

「うん。冒険者ギルドに所属しているよ。だからもう大丈夫」

「すごい…お客さんにもいるんです。傭兵がいなくなって女性も歩きやすくなったし…もしや、聖女様のお陰ですか!?」

 自分を見るキラキラな笑顔が眩しい。

「いや、聖女は後付けだから…もし、ギルドの人で迷惑をかけるようなヤツがいたら、ここに連絡ちょうだいね」

 冒険者ギルドの元締めの王様に言うより、自分の方が言いやすいだろうとレーベの町の連絡先を伝えた。

「分かりました!町の婦人会にも連絡しておきますね!」

 こちらにもそういう団体はいるらしい。

 ランはよろしくね、と伝えるとアレックスの元へ戻る。

 少女はこちらを見て手を振っていた。それに手を振り返すと、街の雑踏の中へと入っていく。

「…さっきのは、どういうやつだ?」

「認識阻害がかかった結界。結界だけだと透明で丸見えだから、ちょっと見えにくくするんだって」

 周辺の景色と溶け込むようにして、中に居る対象が視覚的にも感覚的にも見え難くなる。

 シャンメリーの開発した結界なので、今の所使えるのはレーベの町の冒険者ギルドに所属する、一部の魔法使いだけだ。

「面白いな。護る対象がいる際に使えそうだ」

 先日の襲撃ではランが部屋の中にいなかったから良かったが、もしいた場合は隠さないといけない。

 結界でなおかつ中身が見えにくいというのは有用に思われた。

「覚えれば?やればできるよ」

 魔力は鍛えれば伸びるし、結界魔法は無属性なのでコツはいるが誰でも習得可能だ。

「…やってみるか」

「うん。帰り道暇だろうから、シャールに魔力を伸ばす方法を教えてもらえばいいよ」

 ランはモニクに瞑想を教えてもらったが、方法は色々とある。

 シャールのほうが詳しそうだ。

「わかった。聞いてみる。…次は?」

「砂糖とか、いろいろ買い物!」

 エドワードという御用聞きがいるのだが、さすがに私的には使いづらい。

 だからジゼルとモニクに色々と頼まれていたのだ。

 アレックスは長くなりそうだな、と思いつつランにつきあい一時的な荷物持ちに徹した。

 お昼は、セイと待ち合わせしていたカフェで落ち合う。

 ランがオープンテラスのテーブルにいると、セイがだいぶ市井に近づけた、腰の所をベルトで絞っているワンピースを身に纏ってやって来た。が、元々が美人なために豪商のお嬢さんといった風だ。

 もちろん、周囲のテーブルはそれとわからないように護衛で固められているのだが。

(ガーディもいるな…)

 なにせランの正面に居るセイの背後のテーブルだ。アレックスが座っていたのだが、相席を求めたらしい。これは笑いを堪えるのが大変だと思いつつ、そちらを見ないようにして話し出した。

「ドレスよりそういう方が似合うよ」

「そうですか?…やっぱりこちらのほうが動きやすいですね。おねだりしてみようかな」

「うん、すぐ買ってくれるよ」

(きっともう、脳内で発注しているよ)

「上と下別々の服、作ったら?…というか、作ってるか」

「はい!ソフィア様が気に入って着てくれましたよ」

「ガー…。あの人の三つ揃えも?」

「そうです」

 えへへ、と照れ笑いしながらセイはスーツとか制服が好きで…と言っている。

「スーツとメガネ好きな人、多いよね」

 同僚の1人がそうだった。スーツ廃止の会社が多い中、大きくて古い会社にいたのでまだスーツが勤務服で…その友人は毎日嬉しそうに眺めていた。

「ランさんは?アレックスさんとシャールさんの近衛服、似合ってましたよね?」

「うん。格好いいって褒めたよ」

「…そうじゃなくて…キュンとするとか…」

「あぁ!そっちか」

 今気がついたように頭をかいているので、そういうのはなかったらしい。

 セイは残念そうに言う。

「ランさんは可愛い女の子なんですからね!私が生きている間に、絶対に子供を見たいです!」

「おおう、ハードル高い…」

 そのあとは、ランは追い出された後の事を、セイは王宮での生活とガーディの馴れ初めを聞いたりして、あっという間に時間が過ぎていった。

 今日の予定は3時間だ。護衛を総動員している事もあり、延長は認められない。女子会の3時間というのはあっという間だなぁと思う2人だ。

 最後に頼んだパフェを食べ終え、ランは聞いた。

「セイは、幸せ?」

「?…はい、そうですね」

「向こうにいた時よりも?」

 日本は何もかも恵まれている。…恵まれている者の中に入りさえすれば。

 セイは意図が分からずに首を傾げた。

「そうですね…あちらでは面白そうな仕事は出来ませんでしたし、もぎ取るような力もありませんでした。それに喪女で」

「あ、いや、そこはいいよ」

 ランは慌てて遮った。後ろにいる奴は分からないだろうが、後で聞かれても困る。

「今が楽しいならいいよ」

「はい、楽しいです!」

 セイは気負いなくまっさらな笑顔を見せてくれた。ランは微笑む。

(釘も刺したし、もう大丈夫だろうけど)

「…もし、また、セイが悩むことがあるなら…型に嵌められようとするならさ」

「はい?」

 ランはニッコリと笑って言ってやった。

「私がセイを攫いに行くからね!」

「えっ!」

「ゴフッ!!」

 セイの驚きと、ガーディのむせた音が重なる。

「え、ガーディ!?」

 背後を振り返ったセイは、驚きの声をあげる。アレックスがあーあ、という顔をしていた。

「…え、どうしてここに?」

「護衛目的と…その人、私に嫉妬してるからねぇ」

「え!?」

 セイがハンカチで口元を抑えるガーディとランを見る。

「仲いいからね。女同士だし、その気もないし、ただ妹みたいなだけなのにねぇ」

 ランは苦笑しながら、それでもガーディをちょっと冷ややかな目で見る。

 そんなに執心しているなら、さっさと態度に表してセイを大事にすればいいものを、と思っていた。

「失礼しました。セイ様、そろそろお戻りの時間です」

「は、はい」

 立ち上がったガーディの元へセイは歩み寄る。

「まったく、堅苦しいなぁ。一緒に帰れば。歩いて」

「そうもいきま」

「じゃあね!さっきの言葉は、本気だからね」

 セイに笑って手を振り、背後にいるアレックスに目を向けると、ともに通りへ歩き出す。

「…あまりいじめるなよ」

「そんなにいじめてない。大事にする方法がおかしいんだ、あの人」

「貴族だから、仕方ないと思うが…」

「それがね、駄目なの。私たちは異界人。聖女。そんなもの、通用しない」

 前を見て歩くランの顔はいたって真面目だ。価値観が違うから、これ以上言っても無駄だろう。

「…遠回りして帰るか?」

「うん」

 苛ついている状態で晩餐に出すのは少し怖い。

 アレックスは頭をポンと撫でると、背後を確認して彼等がこちらを見ているのを確認すると片手を上げた。


◇◇◇


「怒らせたか…」

「え?」

「いえ。貴女は静かですが、彼女は静かそうに見えてそうではないようだ。本当に妖精の姫のようです」

 本物の妖精の姫はやはり見目麗しく、中身は一部過酷な自然と同じで苛烈な感情を秘めているのだ。

 ソフィア王女が彼女をそう例えたのも今なら分かる。

 身内にはとことん甘く、その者たちを蔑ろにする者には容赦ない。

「比べるのが1人しかいないのは、おかしいです」

 少しムスッとした様子で愛しい聖女が見上げてくる。

(こんな顔も、可愛らしい)

 異界人はこの世に2人しかいない。なぜその特別な枠に自分が入っていないのか、悔しいくらいだ。

 セイはガーディそんな事を思っているとは知らずに、続けて言う。

「それに、ランさんは私のことを想って言ってくれたんです。安心できるように」

 今でもやっぱりこの世界の生活に不安は残る。

 苦しかったら迎えに、ではなく、攫いに来てくれるなんて、ものすごい殺し文句だ、とセイは思った。

「オカン属性もあるけど、私の騎士みたい」

 そう言ってフフッと笑う。

 護衛の一人がヒッと声を小さくあげた。ガーディの額に青筋がたったからだ。

「元騎士でもある私への宣戦布告か…面白い…」

 低く小さな声で、口の中だけで呟く。

「?…なにか言いました?」

 可愛らしい声にハッとすると、いつもの穏やかな顔を向ける。

 そして腕を差し出した。

「…散策とまではいかないが、少し歩こう」

「!」

「…いや、言い方が違うか。…セイと一緒に街を歩きたい」

「えっ……はい!」

 セイは幸せそうに腕を組んできた。

(やはりラン殿の言う方が正解なのか…)

 ちょっと悔しそうに眉根をひそめると、一刻の宰相は大事な大事な女性をエスコートして歩き出した。


◇◇◇


「どう?」

「お前なぁ、覗きはちょっと失礼だぞ…」

「いいから!」

「…腕を組んで歩き出した」

 そう伝えると、ランはガッツポーズを取った。

「よっしゃ!」

 アレックスとランはカフェからそう遠くない場所の路地に入り、様子を伺っていたのだ。

 これでガーディがセイを馬車に押し込もうものなら、後で説教しようと思っていた。

 ほくほく顔でじゃあ帰ろうか、というランにアレックスは呆れた顔を向ける。

「お前、本当に他人ばっかりだな…」

「なにが?」

 狭い路地裏で割と体が密着している。ランの背後からアレックスが覆いかぶさる形だ。

「鈍いというかそれ以前の問題のような…」

 帰るよーといいつつ袖を引っ張るランを見て考える。

(他者の機微には鋭いのに、自分には全く置き換えない…という事は、わかりやすく奇襲を掛けたほうがいいのか)

 騎士団の訓練の中に、囮になる、という内容があった。

 囮だとバレてはいけないが、相手を引き付けるように少しあざとくする必要もある。

「なに?考え事?」

「あ?…ああ。例の、”欲しいもの”なんだが…」

 通りから奥まった方へ少し遠ざかるが、ランはついて来た。

 昼食前までは散々町を散策していた。その中に欲しいものがあったのかとランは勘違いしたからだ。

「あっ決めた?お店にあったの?なんでもいいよー。現物でも現金でも。やっぱ剣??」

(よし、釣れた)

 路地裏には都合よく猫しかいない。

「!?」

 ニコニコしているランをひょいと片腕で抱き上げると、顔を近づけた。

「ランがほしい」

「…………………はい!?」

 たっぷり時間をとってから、ランは素っ頓狂な声を発した。

 そしてアレックスは、彼女が変な勘違いを起こさないようにきっちりと伝える。

「ただ側に置くだとか、体の関係じゃないぞ?恋人同士になりたい。…そのあとは、お前さえ良ければ、結婚したい」

 ニッと笑うが、ランは驚いた顔のままだ。アレックスは呆れる。

「…そんなに予想外だったか?」

「うん…だって、どこがいいの?」

 自分に相当自信がないらしい。ジゼルからは昔はぽっちゃりだったと聞いたが、ランはランだ。体型は関係がない。もう一人の聖女が整形というものを悩んだように、彼女も悩んでいるのだろうか。

「全部だな!…可愛いのに強引でたまに怖いが、それもいい。ついでに、俺を助けてくれた事もある」

「…それがついでなの?」

「その前から、こんな女が世の中にはいるんだなぁ、と驚きっぱなしだったからな」

「まぁ、こっちの普通とは違うから…」

 ランは苦笑していて甘い雰囲気など程遠い。

「それで、返事は?」

「あっ…えーっと…」

 少し困ったような顔をしているが、アレックスは拒否の言葉が出る前に粘った。

「こうやって触っていても、大丈夫なんだろう?」

「ん?うーん、そうだね」

 よくアレックスに引っ張られたり、抱えあげられたりされることは多い。

 なので特段気にしなくなっていた。

「嫌でないのなら、嫌いじゃないということだ」

「そりゃ、嫌いじゃないよ」

 むしろ好きだが、恋愛とは少々違うと思っている。

 今まで恋愛をしたことがないので、どういう状態になると”恋愛感情の好き”になるのか、わかっていなかったが。

 そんな様子の彼女に、アレックスはシャールの対比方法を試した。

「…じゃあ、今ここでお前を抱えてこの距離でチャービルがいたら」

「殴る」

 即答した。

 選んだ相手が悪かったようだが、上々の反応だ。

「…比べる相手間違ってない?」

「じゃあガーディでもいいぞ?」

 そう言うと非常に嫌そうな顔になった。うへぇとも呟いている。

「あんな俺様は嫌だね…」

「俺様?」

 自分至上主義で周囲がチェスの駒に見える人だと言うと、アレックスは笑いだした。

 こちらにも全く同じゲームがあるのだ。

「なるほど!…そこへあの賢い聖女が…クイーンが来て陥落したわけか」

「そ。いままで周囲と自分は違うって思ってた所に、本当に異界人が来ちゃうからね。興味を持って近づいたら、落ちたみたい」

 馴れ初めを聞いた時、最初は冷たくてちょっと嫌な人だと思ってたとセイは言っていた。

 あの優秀すぎて競合相手がいなかった宰相は、利用しようと近づいて勝手に自滅したらしい。

「それは影から見たかったな…」

 昔から、10代の頃から完全無欠の少年だったと聞いている。

 いつも演習を見下ろしているその目が少し怖いと思ったものだ。

「だよねー。…で、アレックス。さっきの返事は、”はい”で」

「ん!?自分から聞いておいてなんだが、アッサリし過ぎやしないか?」

「だって…そういう気持ちってよくわからないし。これから知っていけばいいかな?って」

 それに長くなってしまった生涯だ。一度くらいは結婚をしてみたいと、少し思い始めていた。

 アレックスなら気負いなく接することが出来るから、勉強するには丁度いいと思う。

「アレックスが飽きたら解消していいから」

「お前な…なんかの契約じゃないんだから…」

「まぁまぁ。これからよろしくね!」

「…なにか、違う」

 目的は達成したのだが、思っていたのと違う雰囲気にアレックスは少し戸惑う。

(しかし…そもそもコイツが普通じゃないんだ。これから徐々に陥落させよう)

 そう心に誓ったのだった。

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