第19話 贈り物

 次の日から、早速ランは動き始めた。

「やっと色々出来る〜!」

 傭兵斡旋所を冒険者ギルドとして使うので、暇なシャンタルを連れて掃除をしに来たのだが。

「なんか、ボロくてすぐ崩れそうですねぇ」

 シャンタルが悪気なく言い、手を振ると…傭兵斡旋所は総レンガの建物へと変化した。

「!!!???…ど、どうやったの!?」

「木の枠をそのままに、土からレンガを精製して並べただけです」

 窓のない建物だったのに、黒い鉄格子つきの透き通ったガラス窓が出来ている。

「いや、意味がわかんないって」

 しかもカフェオレ色の建物だ。急におしゃれになってしまった。

(中に人が居なくてよかった〜)

 傭兵の面々はアレックスが説明をして残った者だけで、今日は掃除をするからと訓練に連れて行ってもらっている。

「中は…あ、床は木だ」

 素っ気ない木だが、エドワードの管理が良かったのか腐ってはいない。

「大理石にしましょうか?」

「うーん、まだいい。もうちょっと、ギルドが育ってからね」

 中身は初心者マークの者たちばかりなのだ。建物負けしそうだ。

 ランは丁重に断ると、受付カウンターを指差す。

「あそこだよ」

「ここが、私の…お仕事する場所…」

 追い立てられたりしていたから、普通に就職することなど無かったのだろう。

 とても感慨深げにカウンターを見ている。

「うん。…スキルが簡単に見れたり、嘘付いてるのが分かったり出来るといいんだけどねぇ」

 全てライトノベルの世界の話だ。

「真実の判定は人により基準が異なるので無理ですが、スキル鑑定なら一般的でしょう?」

 子供だって出来ますよぉ、なんて言っている。

「たぶんそれ、違う」

 詳しく話を聞いた所、彼女はやはり魔導文明の生き残りですね、シャールが断言した。

 当時は普通でも今は普通じゃないはず。しかし欲しいものは欲しい。

「道具、作れるの?」

「作れますよぉ」

 ニコニコしながら手を振ると、B5サイズくらいの透明な板が現れた。 

 なんだか見覚えがある気がする。

(あっそーか。いっちゃん最初に鑑定された時に見たやつ…)

「……あれ?」

 あの時、部屋の中にローブを着た魔法使いらしき者がいなかったか。

「…ねぇ、これ作ったのって…」

 ランがチョーカーを指さしながら言う。

「私です」

「あそこにいたの、シャンタルだったの!?」

「そうでーす!」

 王子が異界人を召喚すると聞きつけて、神具の中の足りない魔力を補充する代わりに見学させてと交渉したらしい。

「なんで聞きつけられんの?」

「だって、聖女召喚するから、臣下に下るなら今のうちだぞ!!って大々的に宣伝してましたよ?」

「…あんの、バカ…」

 王様も王女様も止めてくれよ!!と思ってしまった。

(あっそーか。神具の魔力が足りないから、出来ないと思ってたのか…)

 それをシャンタルが補充して、無事に?召喚できてしまった。

「いやぁ、向こうの世界を垣間見るなんて、そうそうないですからねぇ」

 面白そうな世界だったとも言う。

「よ、ヨカッタね…」

 思わずどっと疲れたランだった。

「もういいや…これと同じやつ、10個くらい作って」

「はーい」

 瞬く間に作ってくれたものを、収納にしまう。

「そう言えば、シャンタルも収納持ってるんだね」

「インベントリの事ですか?そうですね。私の居た国では、大きさはまちまちでしたが、普通でしたけど?」

 ”収納スキル”も普通らしい。

(恐るべし、魔導王国…)

 召喚されたのがその時代でなくて良かったと思う。

「ところで、あの…」

 シャンタルが急にモジモジし始めた。

「なに?」

「私に、名前を付けてくれませんか?」

「…?」

 既にあるじゃないか、という目を向けると、違うのです、と言う。

「以前の私とはもう、違うのです。だから、新しい自分として過ごすためにも…」

 何かを切り替えたいらしい。

 そうでないとまた元に戻ってしまいそう、とも言う。

(いやいやいや、そんなの勘弁だ)

 せっかく聖女の特別な<浄化>により、変な固執が削ぎ落とされたというのに。

「じゃあ…」

(シャンタル…ジゼルはシャンってもう呼んでるし、少しは残さないとアイデンティティというものが彼女は薄くて崩壊すると困るから…)

 チラリとシャンタルを見る。薄い金色のふわりとした髪が覆う顔は可愛く、甘そうな外見だ。

「…シャンメリー、というのはどう?」

「シャンメリー…」

「日本の、甘い飲み物だよ」

 ランにとっては子供の頃の特別な飲み物だった。シュワシュワした金色の甘〜い…当時はお酒だと思って得意になって飲んでいた。

 クリスマスシーズンにしか買ってもらえず、大きくなったらいっぱい買うんだと思っていたそれは、大人になって飲むのは本物の酒だった事を思い出して懐かしくなった。

「いいですね。甘いものは大好きです」

「じゃあ決まりだ。今日から君はシャンメリーね!」

「はい!」

 よく分からないが嬉しそうならそれでいい。

 2人で建物中を掃除し、シャンメリーのインベントリの中身と土魔法で職員の部屋へ机などを揃えた。

 筆記用具や運営に必要な様々な道具などは、後日エドワードが搬入してくれる予定である。

 シャンメリー以外の事務員も既に決まっていて、3人の女性と2人の男性だ。

 ひとまずその人数で回してみて、無理そうなら増員してシフトを組む予定になっている。

 2階も掃除を終えると、シャンメリーに本棚を作ってもらった。インベントリには木などの素材も大量に入っているという。

(今の時代にない木とかじゃないといいな…)

「いちいち驚いちゃうけど、やっぱ凄いね」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 ずっと自分のために魔法を使っていて、ここ500年は全く楽しくなかったという。

 ランとセイの反応が一番面白い、と言っていた。

「そりゃあ、魔法のない世界から来たしねぇ」

「それが信じられません。でも、早く動く固まりなどがありましたよね?」

 思ったよりもしっかりと、日本を見ていたらしい。

「あー、車ね。燃料はガソリンっていう燃える液体で、エンジンっていうのがついててそれで走るの」

 車の説明をするだけで一苦労だが、シャンメリーは興味深げに聞いてくれた。

 そのうち作ってしまいそうだ、とも思う。

「操作は…自動で?」

「研究が進んでいて最近のは一部自動だけど、まだまだ手動が主流だね。法律改正しないといけないだろうし」

「法律って本当に面倒ですねぇ。保守派が中々変えようとしないし」

(そんな事も通じるんかい)

 魔導王国は今の時代と違い、ずいぶんと成熟した時代だったようだ。

「空も飛ぶ乗り物もあるよ?」

「ペガサスですか!?」

「ちゃうちゃう。ジェット機っていうの」

 紙に描いてあげると、こんな物が空を!?と驚いていた。

「まぁ、私もそう思うよ。よく飛ぶよねぇ、こんな鉄の塊…」

 エンジンで空へ押し上げ、風を掴んで飛ぶ。今考えると、なんと恐ろしいものに乗っていたんだと思ってしまった。

「魔生物もいないなんて…」

「うん。あっちは本当に、動物は動物で、人間は人間だった」

 こちらのように獣人もいないし、当然魔物もいない。敵は人間と自然の驚異だ。

「価値観が違う訳ですねぇ」

「うん。君もね」

 シャンメリーは召喚されたランとセイをずっと監視していたそうだ。…特にランのほうを。

 自分と同じ”世界の異物”だというのに、ランは気にせず人に話しかけて溶け込んでいた。

 様々な人を巻き込む”縁”というスキルに興味を持ち…もしかしたら自分をなんとかしてくれるかもしれない、と心の隅で考えて…半分くらいは聖女の体は他と違うのでは?と興味があり、二人が揃った際にやって来たそうだ。

 結界くらいどうにか出来ると思ったが、案外硬かったと昨日の食事では笑って言っていた。

「シャンメリーはさ、どっちかというと日本人に近いかもね。理論的だし」

「…だと、嬉しいです」

 そう言って笑い合う。

 冒険者ギルドの立ち上げに関わった者たちは、この世界で言う一般人ではない者だ。

 集まるべくして集まったのかもしれない。

「ところで、それ、本当にそこでいいの?」

 それ、とはギルドマークだ。シャンメリーの額にバーンとついている。

「いいんです!この印、格好いいし」

「そう?そうだと嬉しいけど…」

 なお、ランのギルドマークは、頬である。あまり彼女と変わらない。

 アレックスとシャールは手の甲のままで、ランのマークの位置を見て苦笑していた。

「いつも一人で考えてやってたから、誰かと一緒にやるのが、嬉しいんです」

「…シャールもいるからね。とうぶん、大丈夫だよ」

 メンバーの中で、これからの寿命がダントツに長いのはシャールだ。

 シャンメリーもいじりまくったのでもう500年は持つと豪語している。

「はい!」

 とても嬉しそうに、元ヤンデレの悪い魔法使いは笑ったのだった。


◆◆◆


「ここが新しいギルドか」

「は、はい、そうです」

「かしこまらんでいい。聖女は、王族よりも位が上だ」

「いえ、聖女じゃないんで…」

「セイと同じことを言う!」

 目の前にいる金髪の美少女は豪快に笑った。

(なんでいるの…?)

 ジロリとアレックスを見るが、少々青い顔で首を横に振っている。シャールも困惑顔だ。

 というか、彼女の護衛も困惑した様子である。

 突然、ギルドの前にペガサスの引く真っ白な馬車を横付けしたのは、このリフタニア王国の王女、ソフィアだった。

「セイに規約を読ませてもらったが、なかなか良いな」

「ありがとうございます」

「傭兵は制度は良いのだが、今はもう実態が掴めん。少々困っていたのだよ」

 有事の際は戦力と使い、平和な時代は何でも屋になる。

 その実態は、荒くれ者の集まりだった。どこかの町には、アレックスとシャールのような真面目な傭兵もいるのかもしれないが…。

「傭兵斡旋所を、どうにかするのですか?」

 彼女は答えずギルドの建物を指差す。

「……。中へ入っても良いか?」

「あ、はい!」

 ソフィア王女は護衛たちに待てと指示をすると、さっさと中へ入って行く。

 ランは慌てて続き、シャールはお茶を淹れに、アレックスは王女の護衛のように振る舞う。

 2階の応接室へ通すと、ソファへ腰掛けてもらった。

(王女様だよね…?)

 彼女が身につけているのはセイがデザインしたパンツスーツ。

 だからなのか、キャリアウーマンに見えて仕方ない。

 お茶が出され皆が聞く態勢になると、王女は切り出した。

「…傭兵斡旋所は解体だ。一度資格を停止する形だな」

 アレックスが扉の前で直立不動のまま、ぎょっとしている。

 対面に座ったランは質問をする。

「冒険者ギルドと対立しそうだからですか?」

 懸念していたことでもあった。王女は首を横に振る。

「傭兵斡旋所が正しく機能していれば、それもあったかもしれないが…そも、理想と実態が合っていない。いずれ変えるつもりだったんだが、早まっただけのこと」

 国中から相当数の陳情が上がっているらしい。仕組みを利用して国から補助をせしめるあらくれ集団がいることも知っていたようだ。

「各地にある傭兵斡旋所は、警備隊の駐屯地とする予定だ。必ず王都から一人、纏めの者を派遣し、その者がマークを授ける」

 数年に一度は派遣役員を変えるという。

「それは、セイの案ですね」

「そうだ。やっぱり分かるのか」

「ええ、まぁ」

 大きい会社に勤めていると、数年に一度、管理者がすげ変わる部署がある。

 不正を働かせないためだが、地方ほど少々気の毒だ。

「それまでは、冒険者ギルドに任せるとしよう」

「え?」

「治安は別途、町の私設警備隊などがおりますが…」

「彼らは金のために主を守るだけだろう?自発的に、自らが住む町や村を守る者たちのほうがよっぽど信用できる」

 ソフィアは言い切った。

「…ではなぜ、今まで放置を?」

 少し厳し目に言うと、ソフィアは眉を八の字にさせた。

「…昔は各地に守護をする組織がいたのだよ。しかし、先代と先々代の王が非常に浪費家でな…予算が回せず、弱小化してしまい他人任せの丸投げに…今のようになってしまった」

 それはソフィアのせいではないが、王族としての責務を放棄したことになる。

 彼女も分かっているようで、うなだれた。

「王族として恥ずかしい。実は、今もまだ財政難でな。セイのお陰で公共事業に手をつけはじめ、ようやく金が回り始めたところなのだ」

「そうだったんですか…」

(チャービルも浪費してたしねぇ…)

 ふと、あの日に押し付けられた、収納の中の金貨を思い出す。

「そうだ。金貨を…」

 ソフィアは慌てて手を前で振った。

「いや!!あれは持っていてくれ。回収なんてとんでもない」

「ですが」

「財政難とはいえ、あのバカを養うくらいはあったのだ。今はそれが無くなった。大丈夫だ」

 ソフィアは大丈夫を繰り返すので、仕方なく左手を収める。

「そなたは…こちらに居たいのだな?」

「そうですね。これからギルドを運営するのに、王都へ行っても…」

 行けば贅沢な生活や教育なども受けられるだろうが、堅苦しいのは嫌だ。

 皆と一緒にワイワイしている方が、自分の性に合っている気がした。

「わかった。しかし、父上からのコレは受け取ってくれ」

 そう言って差し出したのは、一振りの銀色の剣。

 モニクが持っているショートソードくらいの大きさだが、装飾がありきらびやかだ。

 ランは受け取るが、重さがあまりない。

「これは?」

 儀礼用だろうかと思って質問すると、とんでもない答えが返ってきた。

「王族の証だ」

「はい!!???」

 聞けば、召喚した者はもれなく王族として一族内に登録する決まりがあるのだという。

「すまないが、もう登録済みだ。セイもな。…あのバカがした事を許してもらうつもりはないが、何かあったら絶対に頼ってくれ」

 そう言って王女は立ち上がり、頭を下げる。

 視界の隅で、アレックスとシャールが真っ青になっていた。

(そういうもの…?)

 チャービルのやった事は許される事ではない。だから謝罪は当然だと思うのだが、ソフィアではなくチャービルに心から申し訳ないと、謝ってほしいと思ってしまった。

「…分かりました。まぁ、どうせもう戻れないそうですしね。こちらで精一杯生きますよ」

「ああ。不自由があれば、言ってくれ」

「今のところはないので、困ったら連絡します」

 そう言うと、ソフィアは申し訳無さそうに笑う。

「そうか…ランはさすが”縁”のスキル持ちだな。…そなたたち」

「「はい!」」

 急に声を掛けられ、アレックスとシャールはしゃんと背筋を伸ばした。

 条件反射のようだ。

「…聖女を護っておくれ。別途、報酬を渡そう」

「!」

「それから、アレックス。そなたには見舞金がある」

 ソフィアに手招きされ、アレックスは緊張しながら進み出て跪いた。

「祖父を護ってくれたと聞いている。そして、騎士を辞めさせられたとも」

「…いえ、私は騎士ですので、護るのは当然です」

 真面目な表情にソフィアは少し目を見張り、微笑んだ。

「ありがとう。これも、父上からだ」

 ソフィアが差し出したのは、ダイヤモンドのように透き通った、大きな宝石。

「これは?」

「魔憑きの者にコレを近づけると、魔物がこの中に入るらしい」

「!」

 どうやら王様は父親を救ってくれたアレックスを覚えていて、この宝石を探し彼に渡そうとしていたようだ。

 今となってはもう遅いが、彼は感極まったようにそれを受け取った。

「よく護ってくれた。感謝する、とのことだ」

「勿体ないお言葉です…。ゼナン王に感謝をお伝え下さい」

「わかった。必ず、伝えておく」

(なんだ、王様ちゃんとしてるじゃん)

 チャービルだけが祖父や曽祖父に似てしまったらしい。

 王様と王女様が居れば安泰かな、とこっそり思ったランだった。

 その2つの品物を自ら手渡しに来たソフィアは、来た時と同じように嵐のように去って行った。

 空を飛ぶペガサスの馬車を見て、アレックスが感慨深い目をしている。

「良かったね」

「そうだな…」

「ランは王族ですか」

「…聖女でもないし、王族でもないし…普通の人間なんだけどなぁ」

 ランの言葉に、2人は苦笑している。

「もうここまでやったんだ。普通じゃないと、諦めろ」

「そうです。やっぱりギルドマスターは貴女ですよ」

「なんで…」

 どういう言い分だろう。

「俺たちは寿命が長い。最初くらいやれ」

「あっそうか」

 アレックスはあと200年、シャールはハーフエルフだがエルフ強めなのであと500年くらいは確実に生きると言う。

「やりたくて、仕方なかったくせに」

 アレックスは頬を引っ張る。もちろん、ギルドマークのあるほうだ。

「…しょうがないなぁ。じゃあギルドマスターやるよ!」

「では、早速書類を用意しよう。副は、アレックスだね」

「なんでだ」

「…2人とも登録しておいて。ま、楽しくやろうよ!」

 エヘッと笑うと、つられて2人も笑う。

 春の日が、穏やかに3人を照らしていたのだった。

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