第10話 傭兵ギルド
「ふぃ〜…」
「お疲れ様です!夕方までしばらくあるから散歩に出ても構いませんよ」
結局あれから1ヶ月経ってもハリソンの敬語が崩れることはなかった。
「うん、ありがとう。ハリソンは?」
「ジゼルと一緒に夜の仕込みをします」
名前はなんとか”さん付け”をなくさせたが、それ以上は無理なようだ。
時折、ジゼルとキッチンで話す時は、砕けた口調になっているのに。
(まぁ、雇い主だからかな。仕方ない)
そう思いつつ、回復するとともに口やかましくなってきた人物の名前を出す。
「…ハリーは?」
「そろそろ我慢の限度のようなので…父さんはつまみを作ってもらいます」
苦笑しつつハリソンは言う。
ハリーは階下の賑わいとモニクの薬のおかげで日増しに元気を取り戻し、肉もついてきた。
後は無理しなければ大丈夫、と言われているが早速無理をしそうだ。
「無理にでも休ませるから大丈夫ですよ」
「うん、じゃあ、ちょっと散歩してくる」
「たまには、ゆっくりしてきて下さい」
テーブルを拭き終えると、ふきんを下さいと言うハリソンに渡して、エプロンを壁へ引っ掛けると裏口から外へ出る。
午後1時になると食堂は一旦閉まり、3時からまた開始する。
町の人は日の出とともに作業をして日の入りとともに終業するので、日本とは稼働時間がズレているのだ。
なお、酒は提供しているが、夜だけ空ける飲み屋は別途あるため酔っ払いが汚すというようなこともなく、しっかりと眠れるので助かっている。
(涼しい〜)
秋口の風がさぁっと通り過ぎた。
今は11月。秋の実りの収穫がそろそろ終わる頃だ。これから冬ごもりに向けて、準備をする季節。
黒鹿亭でも材料を大量に仕入れて、地下の保冷庫とランの収納にがっつりしまっている。
レーベの町付近の降雪量は10センチ程度で、寒さに強い野菜も栽培しているが手間がかかる分、冬はどうしても素材の価格が高くなる。
貯金を増やして、いずれはランの収納を頼らないようにしましょう、とハリソンが提案していた。
(まぁ、そうだよね。もしかしたら、旅に出るかもだし)
そもそも冬場は、保存が出来る野菜で…特に芋類を中心とした料理を提供しているそうだ。
今年は人数も増えたので、塩漬け肉と干しキノコや干し果物を大量に作り、野菜は干したものと塩漬けにして冬中提供出来るものを用意している。
(利益は出るかな…。貯金は手堅くだな〜)
従業員から突然雇い主になると、経営者の苦労がよく分かる。
しばらくは貯金を切り崩してしまうかもしれないが、軌道に乗ればすぐ取り返せると思えた。
(でもなぁ、喜んでくれると思ったけど違ったな…)
先日のことを思い出して笑う。
一ヶ月の給金を渡したのだが食事や部屋代などの生活費を抜いた大銀貨5枚を渡した所、多すぎる!!と親子に叫ばれてしまった。
しかし売上としては大金貨に届いているのだ。仕入れなどを抜いた純利益だと金貨になってしまうが、それでも5枚は確実。均等に5枚ずつ渡したらジゼルは驚き、モニクは感慨深そうにしていた。
残りは税金と食堂の修繕費だ。これから冬になるし、隙間風はなんとしてでも無くしたい。
(あれもこれもやりたいけど…焦らず、ゆっくり)
今でもモニクが時折言ってくる。
自分自身の確認の為でもあるらしいが、ランにはそれが非常にありがたかった。
日本での仕事のように、終わりがないのだ。
つい先のことを考えて焦ってしまうので、そういう時はいつも皆で話し合い、優先順を決めて取り掛かろう、という事になっている。
なお、町の人は未だにハリーが食堂・黒鹿亭の主だと思っている。
店主はアイツなんだがと、ハリーによく指さされているが、皆「またまた〜!」と笑って流されていた。
(ま、その方が都合がいい)
自分はキッチンとホールを行き来しながら、噂の収集に余念がない。
だからハリーが主だと思ってくれていた方が詮索もなく助かるのだ。
ハリーの後妻?と言われた時は、そこはせめてハリソンにしろよ!と殴ろうかと思ったが。
「お、あったあった」
秋の終わりは痛みやすい果物を早く売りたいのか、町の中心の広場に果物を使った露店が並ぶ。
ジャムにならなかった残りものだ。
大抵は注文を受けるとその場でカットしたものを渡したり絞ってジュースにしたりするが、ぬるい上におっさんが作っていることもあって、女性はあまり近寄らない。
先日、ハリソン経由で相談を受けてクレープのレシピを売った。
日本のホイップたんまりのクレープとは違い、カットフルーツと蜂蜜やフレッシュバター、チーズを乗せた素材の味が活きたクレープだ。
しかしそれでも甘味の少ないこの世界では非常に珍しく、今日も子供や女性の列が出来ている。
他の店も見様見真似で麦の粉でクレープを作ってはいるようだが、もちろん教えた生地は素材が違う。
結局、ランがレシピを提供した店が一人勝ちしていた。
(娘さんの晴れ着を買えるって喜んでたし、良かった)
クレープ屋台で得た収入は春に嫁ぐ娘さんの、ささやかな晴れ着を作るための布と糸、それに裁縫代になるそうだ。普通の服なら縫える奥さんも多いが、晴れ着となると布地が薄く難しいらしい。
(ま、私には縁遠い話だな…)
広場の真ん中にある噴水のヘリに腰掛け、メモ帳を取り出す。
ここひと月に集めた、とある場所の情報だ。
女性は絶対に近寄らないし頼めない
うるさい
飲み屋で騒ぎを起こす者がいる
真面目な人もいる
依頼を達成できない
仲間同士助け合いがない
前金を持って逃げた奴がいる
やっぱり怖くて頼み辛い
人相悪い連中の溜まり場になってる
流れの者が多く、信用できない
顔がどれも同じに見える
長の顔が超怖い
補佐が超イケメン
(最後の一個意外、散々だぁ…)
苦笑しながら、とある通りの先を見る。各種ギルドの出張所がある通りだ。
と言ってもそれほど大きくもない町なので、王都のように全てのギルドが揃っている訳ではない。
あるのは、商人、職人、建築という最低限のギルドのみ。あとは傭兵斡旋所、銀行があり商談スペースを貸す大きな建物と、倉庫、そして飲み屋が多い。門の近くは全て馬場になっている。
南側のひときわ太い大通りに面していて、人の往来も多いが今の時間は閑散としていた。
春夏はともかく今は閑散期だ。昼寝をする人が多い文化なので、休憩中なのだろう。
「さて、行くか」
目指すのは、傭兵斡旋所だ。
馬場と倉庫の次に門に近い建物で、他のレンガを使った建物と違い急ごしらえなのか木造2階建てでそこそこ大きな建物だ。
正面は屋根がついていてベンチがあり、柵がある。西部劇に出てきそうな建物だなぁ、とランは思った。
木材の傷み止めなのか黒いニスが塗られて、更に陰鬱な雰囲気を醸し出している。
しかもそのベンチにいるのは、酒瓶片手に寝ている人相の悪いおっさんだ。
(こっわ)
扉は開いているが、だーれも入らないし出ても来ない。まるで魔窟の入り口のよう。
(…まぁ、なんかあったら魔法で…)
中の様子を見るだけ、長がいるなら話を聞くだけ。
そう言い聞かせて、一歩中へ入る。
(うっ…くさっ…)
いろんな臭いが混じっている。半年くらい洗っていないような外飼いの犬の匂いに近いと思いかけて犬に失礼だと思った。
こっちのほうが臭い、と思いつつ奥のカウンターへ行こうとしたランの手を誰かが掴んだ。
「お前、あの時の…」
「…?」
傭兵に知り合いはいないし、全部同じおっさんに見える。
「誰でしょうか」
「ふん、エドワードの護衛だ」
「あーあれ」
掴んでいるのは40代くらいの男だ。しかし見覚えはなかった。
「そいつはなんだ?」
「お前の女か」
とんでもない野次が来たので否定しておく。
「違いますね」
「うるせぇ、金持ってるだろう?お前」
(なるほど)
目の前で大銀貨をポンと3枚出してしまったから、金持ちだと思われたらしい。
「飯屋の娘だろう、そいつ」
「いや、雇い者って聞いたぞ?」
「どっちでもいい、金を出せ」
一体何だと思っていたら、恐喝だった。
ぎりり、と後ろに腕を捻り上げられる。
「…こんな事してると、仕事なくなりますよ」
仕事は信用が大事だ。
「うるせぇ!俺らはエドワードに解雇されたんだ!お前のせいでっ!」
ものすごく言いがかりだ。
客商売なのに客を敬称付きで呼べないとは学も低そうだ。
「…単に威圧が役に立たなかっただけじゃないですか」
エドワードは自分に迫力がないのを知っていて、ハリソンを軽く脅すために彼らを連れてきたが失敗に終わった。
というかあの時は、ダラダラした態度でヘラヘラしていたから、やっすいチンピラだな、としか思わなかった。
しかし図星をさされた男は更に怒ってしまう。
「いいから金を出せ!!飯屋の親父に出させてもいいんだぞ!」
「いだだだだ」
周囲は無視だ。門衛が来ても自分は関わってないですよアピールだろう。
(はぁ、これじゃあ使えないな。駄目だ)
そう考えて魔法を放とうとしたその時、空気が変わった。
(…ん?)
そのままにしていると、外から入ってきた誰かがこちらへ真っ直ぐに歩み寄ってきて、男をぶん殴った。
腕を掴んでいた男は、ダァン!と音を立てて派手に壁にぶつかる。
「…ここは盗賊を紹介する場所じゃない」
「いてぇな!!!」
肩を痛めたのか、男が押さえながら立ち上がりファイティングポーズを取る。
ランは傍らの男を見上げた。
(うわ、ひげもじゃ)
薄暗い室内のため髪色は分からないが、ザンバラ髪で髭面の強面だ。左目には目を縦断する傷がある。
4、50代くらいだろうか。背が高く背筋も良いし体格も良かった。他の男どもよりは良い服を着ている。
(これが長かな?)
すっと前に進み出た強面の男は、言い放った。
「…お前みたいなのがいるから、信用されない。仕事がなくなる。…登録は、抹消だ」
「!!」
男が目を見開き腕を見ると、腕にあった傭兵の印が空気中に溶けるように消えていった。
「く、くそっ!!!」
イタチの最後っ屁、とばかりに強面の男に飛びかかったがそのまま蹴られて、開いた扉から外に飛んでいった。男に続いて3人ほどが出ていく。強面の男はそれに向かって”抹消”と呟いた。
(なるほど、アレがギルドの印で…長は自由に付けたり消したりできるんだ)
魔法かな、と思っていると目の前に影が出来た。
見上げると、強面の男が立っている。
「あいつらは最近、流れてきた奴でな…冬ごもりをしたいと言うので雇ったが…駄目だったな」
様子見の所で問題を起こしたので解雇したらしい。
どうやらランは試金石にされていたようだ。
(なんじゃそれ!)
ムスッとしつつ周囲がざわざわと会話し出したことに気がついて見てみると、ホッとした表情だった。
目礼ですみません、と言っている者もいる。
(…手出ししない、じゃなくて、出来なかったのかぁ)
長の命令だとしても、酷い。女性をダシに使うとは。
「あんた、食堂の親父さんたちを助けたヤツだな。ちょうど良かった、聞きたいことがある」
ランの返答も聞かずにこっちだ、と奥の部屋へ歩き出す。
(まぁ、私も話があるからいいんだけどさ)
危なくなったらこの建物ごとぶっ飛ばそう、と思う。制御は今ひとつだが魔力はたくさんあるのだ。
廊下を歩いて一番奥にあった、ドアの色が違う部屋に招き入れられる。
中は応接室のようになっていて、ローテーブルを挟んでソファが1対、置かれていた。
灯りに照らされて、強面の男の髪が茅色で…なおかつ自分とあまり変わらない年だと分かった。
座れと言うので座っていると、別の人物がお茶を出してくれる。
「どうぞ」
ハスキーな声だけでは性別が分からない超絶美形だ。髪が長いのか被った帽子の中に入れ込んでいる。お茶を置いた後は、強面が座ったソファの後ろに微笑みながら立っていた。
(これが超イケメンの補佐か…)
この人は大丈夫そう、と思って紅茶を一口飲む。
(…意外といい茶葉だ。お金持ってそう)
王都で購入した茶葉に近い。強面はともかく、美形はどこかの貴族の息子なのかもしれない。
対面に座る強面がズイ、と身を乗り出した。
「噂では、食堂に融資をしたと聞いた。なんでだ?」
随分と厳しい目を向けてくる。
「この町じゃ見たことがない。ふらっとやって来て親切心で、あんな事をするのか?目的はなんだ?」
「……」
「そもそも、人間か?グラスランナーか?」
最初から疑ってきている人に正直に話しても解り合えなさそうだ。
それに、左目を額から顎まで縦断する傷は刀傷には見えない。きっと魔物から受けた傷だろう。
そういう仕事を請け負う者に双子の事を話して、討伐なんかに来られても困る。
(というか、さっきのこと、謝ってもいないじゃんこの人)
ランはわざとらしく小さくため息をつき、口を開いた。
「その前に。…仲間の素行を試すために全く関係ない人を…しかも女性を使うなんて、最低ですよね」
男の片眉が僅かに上がった。
「余所者だからな」
「あなたはレーベ出身なの?」
「いや違う。1年前に…」
「なら、あなたも余所者ですね。ここで生まれていないなら」
被せて言うと、むぅ、と呻いた。
ランは畳み掛ける。
「でかい図体した大人のくせに、謝ることも出来ないの?…それとも私が女だから?」
この国は日本ほどではないが、男尊女卑がある。
地域によって差はあるが、レーベの町は少ないほうだと思った。だから、この男は別の場所で長く過ごしている。
背筋の良い姿、良い茶葉…想像した場所を、遠回しに口にしてみた。
「あのクソ王子と同じなわけね」
「違う!!!」
案の定、男は強めに叫ぶように否定した。
(ふーん。王都にいた人なのかな)
そう判断しつつ、攻め入る。
「…どう違う?経緯は知らないけど、他人を利用して自分だけが得をしようなんて所業は、結果的に同じよね」
うぐぅと変な声を出して詰まった強面に、背後の美形が助け舟を出してきた。
「…君は何か、酷いことされたの?」
王子に、とは言わないが、そういう意味だろう。
「さっきから質問ばかり。…酷い事をされて謝りもなく、尋問されてる意味がわからない」
そう吐き捨ててランは席を立った。
途端に強面が両手を上げる。
「降参だ、ちょっと待ってくれ」
「…また、”お願い”ね」
ドアノブに手を掛けると、強面は慌てて席を立ちランの傍らに立つと、片膝をついた。
「!?」
そして、膝をついた方の腕を拳にして床につける。
もう片方の手は、胸の前で水平に保った。
「…非礼を詫びる」
そう言って頭を下げた。
(なんじゃぁぁこれぇぇぇ…)
王宮では騎士を見れなかったので分からないが、どう見てもそんな感じがした。
ギョッとして見ていると、美形が補足してくれる。
「騎士の、最上位の礼だよ」
「………はぁ」
少し呆れてしまう。
(最初からそうしてれば、女子は少しくらいキュンとするのに)
ランはドアノブから手を離した。
「貸し一つですね」
「うっ…わかった…」
「仕方ないよ。囮にした上に、名も名乗らずに尋問した僕らが悪い」
美形が笑いながら、席を薦めて今度はお茶菓子も出してくれた。
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