ギルドがない!?

竹冬 ハジメ

第1話 しょっぱい召喚

「…フン、魔物避けか。いらんな。しかも小さくて太り過ぎだ。子供なのか?醜い者はこの王宮に相応しくない。僕のように美しくなければ」

 超ドヤ顔で一気に言い切った青年。

(いや、あんたに言われたくないぞ)

 金丘蘭は心の中でツッコミを入れる。

 隣を見れば、座り込んでいるとても綺麗な女性も目の前の青年を訝しげな目で見ていた。

 それもそのはず、太り過ぎ、と罵倒した相手よりも格段に太っているからだ。

 青年は鮮やかな青に金の刺繍やモールが施された、詰め襟の制服のような上下を着ているが、腹がはち切れんばかりに膨れている。

 絶対に特注だ、と蘭は思った。

 薄い金髪はパサパサでお肌の状態も非常に良くないし、頬がパンパン過ぎて明るい茶色の目は細くなっている。手はグローブのようだ。

 しかも黒いブーツの靴の底は分厚いのに、150センチと小さめの蘭と目線が同じくらい。それで余計に不興を買ったらしい。

「殿下、聖女を召喚できましたぞ。…つきましては次の神殿長にはこのワロックスめを推薦して頂きたく…」

 火が出るんじゃないかと思うくらいに高速に揉み手をしている、白い豪奢な衣装に身を包んだ老人が"殿下"と呼んだ青年に歩み寄る。

「ああ、任せておけ!このチャービル王太子にな!!」

 微妙に王太子という部分を強調していて言う。

 ついでにチラチラと隣の女性を見ている。

(アピール??)

 なんだか最近読んだライトノベルで見たような展開だ。

(てことは、私が聖女召喚のオマケで追い出されるパターンか)

 ふんぞり返った王子にゴマすり神官の元へ、剣を腰に下げた男が近寄る。

「殿下、このあとはどうするんだ」

「む、少し待て。ワロックス、こちらの貴婦人のスキルは?」

 ニマリ、と微笑まれた女性は蘭の方へ身を寄せた。

(わかる。キモいよね)

 神官の掲げた透明な板でスキルを測っているらしい。この間に蘭は女性へ小声で話しかけた

『私は金丘蘭。31歳会社員。あなたは?』

 蘭は自分とはタイプが全然違う綺麗な女性だと思った。身長も160はあるから素でモテそうだ。

 白いブラウスに少し艶のある紺色のジャケット、同色のスカートはプリーツで裾が広がっている。

『私は丸尾清子です。28歳同じく会社員です。これって、アレでしょうか…』

 どうやら彼女もその手の本を読むらしい。話が早くて助かる。

『たぶん。しかも丸尾さん、気に入られてるかもしれない』

『……嫌ですがそう見えますね。最悪』

 王子の目線は透明な板と清子を行ったり来たりしている。

 逃したくない意思が感じられた。

『どこかのタイミングで逃げましょうか』

 蘭が提案すると清子は即答した。

『はい。コレはあかんタイプのやつですね…』

 異世界人の召喚を行った方が、駄目人間なパターンだ。

 神殿のような場所でもなく、窓がない場所。

 王子という割には王宮内部とは思えない、家具もない部屋だ。

 そして王子と老齢の神官と…騎士ではなさそうな髭面の男、それに隅っこでヒッソリと佇んでいたフードを目深に被ったローブの人物の4人しかいない。

 どう見ても親、もとい、王の許しなく駄目王子と悪徳神官がコッソリと自分たちを召喚したとしか思えなかった。

「よし、出たぞ」

 王子が板を神官から引ったくった。

「浄化と幸運、和…これこそ聖女でございましょう!!」

 老人が揉み手をエスカレートさせた。清子のスキルはかなり良いらしい。

(私のは、魔物避け、金運、縁だっけ)

 "浄化"と聞くとやっぱりそっちだな、と思ってしまう。

 嫌な予感を感じた清子がギュッと蘭の袖を握る。

「聖女よ、僕と一緒に来い」

 身を引いた清子の腕を強引に掴むと、スタスタと歩き出した。まるで子供が母親の手を引いているような構図になっている。

「殿下、少々お待ち下さい。このチョーカーを」

 声をかけたのはローブの人物。高めのハスキーな声で男性か女性かわからない。

「なんだそれは」

「髪と目の色を変えるものです。このままだと大騒ぎになりましょう」

「僕は構わないが」

 ローブの人物からは呆れたような雰囲気が伝わってきた。

「黒髪黒目は異界の民の印。他の貴族に強奪されてしまいますよ?」

「そ、それはマズイ!早くつけろ!」

 ローブの人物は失礼、と言って二人にチョーカーをつけた。

 というかチョーカーが飛んできて有無を言わさず首に巻き付いた。

(ぐへっ!?…違和感しかない〜)

 ペンダントならともかく、チョーカーなぞ巻いたこともない。清子も同じように眉根をしかめて首元を触っていた。

「おい、色が変わらんぞ!」

「何色がよろしいですか」

 これからカスタマイズするらしい。異世界っぽい、とつい思ってしまった。

「こちらの貴婦人は髪が金で目は青、そっちのは全部灰色でいい」

(なんだと!)

 と思った瞬間に、もう二人の色は変わったらしい。

 目の前の清子はストレートの黒髪が見事な金髪となり、目の色も明るい青色になっていた。

 清子が蘭を見て驚いているので、たぶん指示通りに灰色なんだろう。

 ため息がこぼれた。

「やはり美しい!そなたは僕の第一夫人としよう!」

 肩に回そうとした手をさり気なく清子は避けている。

 綺麗の中に可愛いがある顔立ちなので、きっと今までに散々絡まれたに違いない。会社の飲み会で酔っ払いをスルーして培ったスキルかもしれない、と蘭は思った。

「殿下、急がねーと騎士が来ちまう」

 剣士が急かす。

 やっぱり隠れてやってるようだ。

「わかっておる!」

 王子はムスッとしながらも歩き始めた。

 まだ手を取られていた清子に必死な顔を向けられて、慌てて追い掛けるとさっさと部屋を出て行く王子。

 廊下に一歩出れば、そこは確かに石造りの壁で床には赤い絨毯が敷いてあり…城に見えなくもなかった。

 王子、清子、蘭、神官の順で歩いていたが、途中で神官は疲れたのか脱落して見えなくなった。

 ローブの人物はそもそもさっきの部屋から出ていないようだ。

(証拠隠滅作業でもしてんのかな?)

 部屋の中には大きい宝石や、見るからに古そうな巻物、金ピカの道具など様々なものが転がっていたからだ。

 長い廊下を進み階段を上がると、渡り廊下のような場所へ出る。

(マジで、城だ…!)

 左右にある庭園は整えられた生け垣に、鮮やかな赤い花が模様のように植えられている。

 そしていくつも尖塔がある巨大な城がすぐそこに見えた。

 さっきまでいた場所は城の離れらしい。

 ずんずん歩いて行く王子一行を、使用人たちがギョッとした目で見ていた。

「くく…僕を見てるぞ…」

 呟きが聞こえてきたが、視線の先は清子と蘭だ。気遣わしい視線を感じる。

(なるほどねー)

 城の中での王子の立ち位置が分かった瞬間だった。

「チャービル王太子が、聖女を連れて参ったぞ!皆の者、頭を垂れよ!」

 丸い体からキイキイした声を張り上げる。

 使用人たちは、え?という顔をしたものの、不興を買いたくないのかすぐに頭を下げた。

 より王子はご満悦である。

 渡り廊下の先から年配の女性のメイドが慌てたようにやって来た。

「殿下!そちらの女性は!」

 王子は見るからに不機嫌そうな…目の前の女性が苦手だという顔をした。

「…気にするな、下町から呼んだ。夜の相手をさせる」

 先程は聖女と言ったくせに、まるで娼婦のように言い換えたので、二人は思い切り顔をしかめる。

「その方たちは、そのような者に見えません、大変失礼ですよ。勝手をしないように陛下から命令されたはずです。…女性をお引き渡し下さい」

(そうだそうだ!!)

 前に立ちはだかるメイドへ王子は面倒くさそうに言う。

「うるさいな、預ければいいんだろう」

 そして背後にいた男に指示を出した。欄と清子は男に預けられる。

「ほら、これでいいだろう。僕は部屋へ行くから、お茶を用意しろ」

「……かしこまりました」

 メイドがまだ疑っているような顔で、王子を先に行かせて後について行く。

(ええ、どうなんの…)

 メイドだけが一瞬だけ背後を振り返り、二人に微かに頷いた。

『あの人、助けてくれそう』

『良かった…どうなるかと』

 ホッとしたのも束の間、今度は男に引っ立てられる。

「なにすんの!」

「離して下さい!」

「…うるせぇな。俺らにも仕事があんだよ」

 周囲を見回して警戒しながら、二人の腕を取り引っ張って行く。二人で振りほどこうとしたが、びくともしない。袖から見えている筋肉は偽物ではないようだ。

 再び離れに行くのかと思われた途中で、人気のない庭園の方へと足を踏み入れる。

 すると、生け垣の中からわらわらと似たような装備をした男たちが現れた。

 王宮に不釣り合いな、暗い色味の服を纏った者たち。

「ほれ、こっちは任せた」

「きゃっ!」

 別の男が清子の腕を取って引きずっていく。

「丸尾さん!!」

「うら、てめーはこっちだよ!デブ!」

「うっさい、人のことデブデブ言ってるとお前もデブになるんだぞ!」

 ギロリと睨みつけると、男は肩をすくめて無言で蘭を引きずっていく。

(くそう…これでも80キロあるんだぞ…なんで引きずれるんだ!!)

 庭園に爪痕でも残してやれとつま先を立てたが、足癖わりーなと言われて途中から担ぎ上げられた。

 そして連れて行かれた先は、倉庫のような建物の裏。

 3人に囲まれて、ほらよ、と漫画で見るような宝箱の形をしたチェストを足元に置かれる。

「なにこれ」

「手切れ金だ」

「はぁ?」

 手切れも何も、手を組んだつもりはない。

「いいから受け取れ。”異界人”なら手に収納を持ってるだろう」

「へ?」

 両方の手のひらを順番に見れば、いつの間にか左手のひらに何かの紋章が黒いインクで描かれていた。

(なんじゃこれぇ!?)

 中二病じゃあるまいし、と擦っても落ちない。

「…落ちねぇよ。ほら、これを触って、入れと念じろ」

「……」

 用心しつつ、左手をチェストの上に当てて”入れ!”と思えば、チェストは消えた。

「消えた!?」

「よし、これでオッケーだ。連れてけ」

「うっす」

「え、ちょ、ちょっと!!」

 有無を言わさず引きずられていくと、長く高い壁の一部に木の板が立てかけてある。板を一人が外すと穴が現れた。

(城に穴!?駄目じゃん!!)

 ボンクラ王子が騎士の目を縫ってこんなヨレヨレの男たちを連れ込める訳だ、と納得がいった。

「ほら、通れ!!」

「やだね!」

 押し問答をしていると、体当たりを受けて外に転がり出る。

 出たら出たで、今度は幌付き馬車の中に3人がかりで突っ込まれてしまった。

 ムチの音、馬のいななきが聞こえて城壁があっという間に遠ざかる。

(ぬおお!!丸尾さん〜!!)

 ガラガラと超特急で走っているが、地面は石畳らしくやたらと荷台が跳ねてお尻が痛い。

 かなり走った所で、今度はぽいっと地面へ投げ降ろされた。

「じゃーな!!」

「恨むならあのバカを恨めよ」

「俺たちはなんも関係ないからな!」

 そう言い捨てて、蘭を置き去りにして男たちは再び馬車で去って行った。

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