本屋書房の事件簿

出入口 迷子

第一話 不思議な怪談

0.探し物



 私、結城 令一(ゆうき れいいち)は、恐ろしい程に焦っていた。

 勤務先の上司から、火急の用立てを命じられたのだ。

 怪談にまつわるとある書籍。それを今日中に用立てろとまくしたてられ、私は夕方から夜に差し掛かる街を、駆けずり回っていた。

 いやまぁ、車とかも使っているけれど。

 心労的には、学生時代の長距離走授業にて、二千メートルを走り終えたレベルの脈拍である。

 焦燥感に煽られる中、一件、また一件と、書店を巡っていく。しかし近年出版された書籍であるにも関わらず、どこの店にも取り扱いは無かった。

 世知辛い出版業界だ。二、三年でも絶版になってしまうという悲しい事態もあるにはある――――が、店員に問い合わせても出版物自体がヒットしないというのも、おかしな話だった。

 焦りは焦りを呼び、冷や汗が背中を濡らす。

 まもなく十九時を迎えてしまう。

 都会の方ならまだしも、ここ摩訶坂市は田舎町だ。十九時を超えてくると、店自体が閉まってしまう恐れがある。そうなれば、捜索は打ち切りだ。物理的に探せなくなってしまうからだ。

「落ち着け……。落ち着け……」

 私は車の中で、更に訪問していない書店を探す。そんな中、一件の店名が目についた。

「本屋……書房?」

 そういえば少し前に、比伊原(ひいばる)方面にオープンした古書店があったなと思い出した。『本屋』なのか『書房』なのか疑問に思っていたところ、名字が『本屋』だから本屋書房なんだよと、知人が教えてくれた気がする。

「どのみち当たってないのは、ここくらいか……」

 私はエンジンを再度温め直し、車を向かわせた。

 夕暮れの街はとっくに夜の様相に変わっており、街灯りは少しずつ消えかけていた。

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