糸魚川鋼二「ノックバック・ビヨンド」書評

 糸魚川鋼二氏の新作である「ノックバック・ビヨンド」を読了しました。


 結論から言うと、今回もとんでもないものを書いてきたなと。


 あらすじと言いますか、ストーリーをざっくりと説明すると、「ノックバック」の準主役である碇哲史郎いかり てつしろうを取り巻く人々の物語が過去、現在、未来と展開されていく話で、いくらか群像劇っぽい多数の視点から熱いラストまで一気に駆け抜ける話になります。


 そういうわけでストーリーのあらすじとしては説明が難しく、あえてストーリーを一言で表すなら明白に怪物レベルの力を持った碇哲史郎はいかにその怪物性を手に入れて行ったのかが垣間見れる話になっています。


 そう書くと過去作を読んでいないとまったく分からないような印象を与えてしまうかもしれませんが、ストーリーとしては独立しており、あんまりいないでしょうがビヨンドから読む人がいても大丈夫かと思われます。


 碇哲史郎少年は中学生の時からそのバケモノぶりを発揮します。


 国語の授業で取り扱った小説文があまりにもつまらなく、生徒全員にラリホーマがかかっている時、先生から話を振られた碇少年は即興でその小説の構造上の欠陥や作者の年齢などの背景を解説し、国語教師を驚愕させます。


 他にも文章の癖から誰がそれを書いたのかを推理したり、昔FF7スノボのミニゲームで「神」の上に「変」という称号があったのを思い出させる神を超えた変人ぶりを発揮しています。


 かと思えば本編の主人公である阿久津仁あくつ じんに女性のかわいさをどう表現するかを適切な例を挙げながら学ばせていくという、優しい先生のような一面も見せていきます。


 他にも色々と語りたくなるストーリーがありましたが、一番印象に残ったのは「仁義なき代紋」というゲームのシナリオのヘルプで、無茶なスケジュールを押して作品を完成させていったところでしょうか。


 ファンにはお馴染みですが、著者の糸魚川鋼二氏はゲームのシナリオライターであります。


 おそらく本当にこんな感じでシナリオのプロットで書かれるんだろうなと思うリアルな場面や架空のシナリオがところどころに出てきて、思わず別の興味を働かせながら読んでいました。


 ヘルプの原因となったシナリオはまあ酷いもので(笑)、ところどころに矛盾やストーリーを破綻させる要素が地雷のように埋まっています。


 すでにボイスを収録した部分は動かせないので、その範囲内でどのようにストーリーを動かしていくのかが描写されていくのですが……これは私の推測でもあるのですが、このダメなストーリーと生まれ変わったストーリーってほぼ即興で書かれたのでは? と思っています。


 というのもこのノックバックシリーズってカクヨムだと2作目にあたるリベンジが2月、3作目にあたるビヨンドが3月に書かれています。カクヨムだと全編公開ではないらしいので明白には分かりませんが、すでに第一稿でも書き上がっていたのだとしたらとんでもない速筆と完成度です。


 それだけの実力があれば、自身の経験もある事からダメなストーリーとそれをどう直していくかという話を小説で表現していく事なんて朝飯前なのではないかと、なんとなしに類推が出来てしまうのです。


 個人的に本作の何がすごいかって聞かれたら、ノックバックで怪物であった碇哲史郎の足跡を書いていく事っていうのは、失敗したらその怪物性が失われてしまうリスクがあったのだと思います。


 もうちょっとわかりやすく言うと、「私の戦闘力は53万です」と言わせて、それ以上の事を書かなければ、後は読者は勝手にその怪物性を脳内で創り上げてくれるわけです。にもかかわらず、その怪物性を失わずにどうやってその能力を高めていったかを描いていく事で、人間味を与えているのですね。


 ところどころ氏の人生と一致するところがあるような気がして、「この部分って自伝じゃね?」と思わせるところがあり、そういった楽しみ方も出来る作品かと思います。


 まあ、小説を書く人っていうのは器用なのか不器用なのかよく分からないのですよ。


「好きだ」ってその3文字を口に出せなかったがために、ものすごい遠回しに10万字以上の話を書き上げる人なんてザラにいる気がします。だから小説というのはしばしば(ものすごく)遠回しな告白であったり、長い言い訳であったり、あったかもしれないけど決して口には出来なかった未来を具現化したものであると思うのですね。


 と、ネタバレ防止も含めて後半は私の観念が長々と続きましたが、私としてはぜひ時系列で読んでほしいです。絶対にその方が何倍にでも楽しめるので。

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