桐野夏生「日没」書評
桐野夏生の作品を読みました。今回読んだのは「日没」です。
本作のあらすじは小説家であるマッツ夢井のもとへ一通の手紙が届くところから始まります。
差出人は文化文芸倫理向上委員会なる政府機関で、届いた手紙はまさかの召喚状です。
この文化文芸倫理向上委員会という組織が恐ろしい組織で、レイプや暴力など、人が見たくないものを書く作家を日本全国から強制的に召喚し、「更生」されるまで精神病院にほど近い「療養所」で監禁し、政府の思い通りの作品(表面上はいい子で、実際には毒にも薬にもならない作品)を書くまで出してもらえないという恐怖の生活が待っています。
主人公のマッツ夢井は著者の桐野夏生にほど近い性格に見えるのですが、暴力で支配され、精神を犯されていく日々が荒唐無稽ながらも妙にリアルな空気感とともに語られていきます。
はたしてマッツ夢井は無事のこの「療養所」から出ていけるのか……といったお話ですね。
本作は小説家が主人公なだけあり、小説家志望の人や何らかの創作をしている人にはぜひ読んでほしい内容になっています。
さきほど荒唐無稽という表現はしたのですけど、ある意味それほど荒唐無稽でもないというか、この「療養所」は現代における日本の風諭なのではないかと思うのです。
私自身も結構強烈な暴力描写や性描写は書いたりしますけど、たまに「そういうのを書きたいのであれば本名で書け、恥知らずが」みたいな正論もどきをおっしゃる方がいらっしゃいます。まあ基本的には無視なのですが、本作の怖さというのは政府からそういった作家が強制的に召喚され、表現の自由を奪われたり不当な扱いを受けるという点にあります。
これはね、表現する側からすると本当に他人事ではないのですよ。
まあ、顔出しして本名も出して……って出来ない事もありますけど、結局そういう事をやると正論もどきを振りかざす悪意に満ちた人達の餌食になる傾向があるというか、炎上しなくて済んだはずの事も大ごとに仕立て上げられて魔女狩りに遭う傾向があるのですね。
本作のどこかでマッツ夢井が作品はまず自分のために書くというような事があったかと記憶していますが、確かにそうだなと。読者との公約点があるとはいえ、まずは自分自身のこらえきれない独り言をなんとか文章で表現したものがたまたま小説という形態なのであり、それは絵だろうが音楽だろうが基本的には同じだと思うのです。
後はその独り言に見ている側がお金を払いたいと思うかどうか、という話なのだと思います。
今作も毎度のように救いの無い展開なのですけど、ただ単にストーリーを追う以上に「今の日本って実際にこういう状態なんだけど、あなたたちは分かっているの?」と著者に訊かれているような気がしてなりませんでした。
結論としてですが、結局売れようが売れまいが自分の書きたいものが先にあり、そこをすべて読者の方へと譲り渡すのは無理だなと。それだったら他の人が書いたらいいと思うのです。もちろん独りよがりになるのは良くないのですが、読者との公約点以前に、作者から「何かを伝えたい」(それが何か分かる場合も書いている本人ですら分かっていない事もある)というのが先立つのだなと。
ストーリー以上に何かを考えさせられる作品ではありました。
創作関係の活動をされている方はぜひ読んで欲しいですね。
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