糸魚川鋼二「ノックバック」書評
モノが違う……。
かつてヤマダマコト(敬称略 以下同)の「山彦」を読んだ時と同じ言葉が口をついて出ました。
今回読了したのは糸魚川鋼二の新作「ノックバック」。かねてから「黒春」で驚異的な筆力を発揮してきた同氏ですが、元旦リリースとなった本作はとんでもない超大作になりました。
■あらすじ
ストーリーをざっくり説明すると、他人とは変わった人間に見られたいという、世間で言う中二病をこじらせた少年、
クラスでも冊子が印刷される読書感想文。その内容のヤバさに級友達はザワつき、阿久津少年はほくそ笑みます。よし、これで俺の「ヤバい奴」という評価はいただきだという、中学生特有の「勲章」を手に入れるわけです。
ですが、そのすぐ後ろにいる
……いくらか時は経ち、阿久津少年はネット小説で「デスバトルアイランド ~2名生存~」(通称「デスバ島」)という作品を発表します。
技術は拙いながらもSNSを中心に話題となったデスバ島は想像を超える人気を集め、メ〇ィスト賞の主催と似た名前の出版社からまさかの書籍化。阿久津少年は急に超有名中学生となってしまいます。
デスバ島旋風が巻き起こる中、騒動は思わぬ余波も生みます。
デスバ島の主人公でありヒロインである瑞樹のモデルは、明らかにクラスのアイドルである学級委員長の
バト〇ロワ〇ヤルとリア〇鬼ご〇こあたりがモチーフになっているであろうデスバ島はエロとグロにまみれており、その余波を受けた志築麻衣は阿久津少年の知らないところで嫌な思いをしています。
騒動の行方やいかに。そして、この三人が生み出す運命の渦やいかに……といった話です。
■感想
先に言っておくと、本作を読んでいて密かに泣きました。会社の休憩室でひっそりと……(笑)。
本作にはあまりにもたくさんのエッセンスが散りばめられており、それだけで連載が出来てしまうのではないかというほどのボリュームです。内容は文庫本一冊分ほどありますが、長さはまったく感じさせません。
ストーリーについてもう少し触れます。
阿久津少年が2作目、3作目と調子に乗って中学生の作文全開の駄作をリリースしてしまい、世間から酷評を受けるところがあります。
ここで少しだけ「黒春」の時のように、「世間の期待に応えらず周囲をガッカリさせる残念な天才」の変形バージョンで来るのかなと思いましたが、本作はそのような予想の遥か上を行っていました。
この阿久津少年、ダメなところは本当にダメなのですが、とにかく一生懸命に作家になろうと努力するのです。いや、本を出したのだからもう作家だろうと、普通の人はそう言うでしょう。
ですが、作家の世界でよく言われるのは、「作家は書いている間だけ作家である」というものがあります。
まあ、炎上を防ぐために誰とは言いませんが(笑)、世の中には「よくこんなんで本を出せたな」という作家もいくらか見られます。ヘタをすると中学生並みの筆力で売れている方もいます。誰って? 言えるわけねーだろ(笑)。
本作では阿久津少年が作家志望の人達からバッシングの対象になりそうな立ち位置につくのですが、やはり彼にも生来的な才能はあったのでしょう。
少しずつの歩幅でも前へ進み、名前だけが先行して有名になってしまった自分を厳しく律し、本当の意味での作家という存在性を得られるように愚直なまでの努力を繰り返していきます。
何に関しても、続ける事が出来る事。賞賛や報酬をひとまず脇に置いて努力をし続けられるというのはそれ自体が才能です。
ちなみにですが、私自身は小説を書き始めてから12年ぐらい経つのでしょうか。
あの頃はバカだったし物も知らなかったし本も読んで年に5冊でした。分からない単語を辞書でノロノロと調べながら読んでいた記憶があります。それでも続けていれば10万字ぐらいの作品なら10日もあれば初稿を書けるようになりました。
話は逸れましたが、本作では「才能に溺れて凋落する天才」という安易な展開に走る事なく、挫折や屈辱を味わいながらも歯を喰いしばって前へ進んでいく阿久津少年の姿を描いています。その阿久津少年の姿に憧れや共感を覚える読者も多いのではないでしょうか。
■「名無しの挽歌」と比較して
自著の宣伝みたいになるのもどうかとは思うのですが、どうしても読んでいる最中に拙著の「名無しの挽歌」が頭をよぎったので、それについても触れておこうかと。
いわゆるワナビ物と呼ばれる「名無しの挽歌」は「作家にまだなれていない人」というか、「何者かにはなりたいのだけどそうはなれずに這いつくばっている人達」が中心に描かれています。
それに対して「ノックバック」はすでに作家になった人達の世界が描かれているのですね。
作者はプロのシナリオライターなので小説もほとんどプロみたいなものですが、それでも商業作家でない人がここまで大胆にリアルな文芸界の様相を描いているところに良い意味で「ようやるな」と(間違いがあった時の反発がすごそうなので私なら絶対にやりたくない 笑)思いながら読んでいました。
そして、作中作のクオリティが異常に高い(笑)。
これ、普通に単品リリース出来るだろうと。むしろ単品リリースしてメタを狙ってほしいぐらいなのですが(笑)。
話は逸れましたが、「名無しの挽歌」の主人公(名無し)も自分の歩む道のりで血ヘドを吐いているし、プロデビューした阿久津仁もその先の道のりで同じく血ヘドを吐いているのだなと、妙な感慨を得たのです。
結局「何者かになりたい人」も「何者かになった人」も闘い続けなければいけないのは同じなのだなと。分かりきっていた事ではありますが、創作の世界で生き続ける事の厳しさを再認識した思いでした。
と、長くはなりましたが、それでも語りつくせないほど本著の魅力は作品の端々から溢れ出いています。
人はなぜ物語を書くのか――誰もが心のどこかで本当はそれを分かっていて、それでいていつまでも捨てられない青春の輝きが見られた気がします。思い出すとまた目が潤んでくるほどに。
間違いなく著者の最高傑作です。星10個をあげたいぐらい、セルパブ界を代表する作品となったと言えるのではないでしょうか?
作家志望だけでなく、どの年齢の人でも、どのような仕事に就いている人でも、どのような趣味嗜好を持っている人でも幅広く読んでもらいたいと思えた本作です。
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