オッサンの書評

月狂 四郎

染井為人「正体」書評

今回は染井為人の「正体」を読了しました。


過去に読んだ「悪い夏」が非常に面白かったのもあり、そして「正体」の評判があり、期待して読むタイミングを待っていました。


実際に読んだら途轍もなく面白い作品だったので、今作を紹介したいと思います。


本作は色々な人の視点から描かれています。


主人公にあたる鏑木かぶらぎ慶一けいいちは未成年ながらに二歳の子供を含む一家惨殺事件の犯人として逮捕され、死刑判決を受けています。


その鏑木が東京オリンピック前に脱獄したという事で、日本中が大騒ぎになります。


鏑木は生きるために姿を変え、名前を変えてあちこちへと逃げていきます。


それぞれの場面では工事現場の作業員やら旅館住み込みで働く元弁護士等の視点から語られるので、いくらか群像劇めいた展開のさせ方にも見えます。


彼らの視点から見た鏑木(実際に表記される名前は偽名ですが)は善良な人間で、とても人を殺すようには見えないというのが共通する感想でした。


彼はなぜ逃げるのか。そして何をしようとしているのか。


心優しい青年が介護施設で起こした立て籠もり事件。そこで真相は語られていきます――。


といった展開です。かなりざっくりではありますが。


上述の通り鏑木が出て来るごとに偽名で語られているので、物語の構成としては群像劇に近い気がいたします。


その中で語り手となる人々も無実の罪を着せられていたり、自身の生き方が分からなくなったりと、一般的な人が持ちうる大小の闇を抱えて生きているのですが、ここで個人的に印象的だったのは、どのような展開であっても、それぞれの語り手たちが鏑木の事を信じたいと思い、同情か義理堅さなのか分からない連帯感で彼を護ろうとしていくところでしょうか。


すでに絶え間ない換骨奪胎により何度も語られてきた「正義とは何か」というテーマがこの作品もいくらか包含されているとは思うのですが、本作ではそれだけにとどまらず、そういった「護られなかった人たち」を護ろうと思い立つまでの心理的変化の描き方が抜群で、絶対に自分の近くにこんな人はいないだろうと思いながらも彼らに共感せずにはいられないのです。


それは同情のマトリョーシカのように、外へ外へと同情の層を幾重にも重ねていくようで、読み手に無関係な第三者であろうとする安全な立ち位置を決して許さない側面があるのだと思うのです。


本作のラスト付近ではやっぱり泣きながら読んだのですが(笑)、たとえこの状況がどうあっても覆らないと分かっていても、それに立ち向かう事は決して無駄ではないし、それをあざ笑うような人間ばかりでもないのだと、読み手にとって救いになるところもあると思うのです。


人は弱く、ちょっとしたきっかけで奈落の底へと落ちてしまう事もあるけれど、それだけではなくて、這い上がる事も出来るし、自由を得るために闘う事も出来る。それを他の人がどう思おうと、その結果がどうなろうと関係ないのだと思いました。


今はSNSとかで間違った情報や偏った情報が大量に流されて、これを書いている私自身ですら何が真実なのかを判断するのが億劫になるほど物事の真偽や善悪の基準が曖昧模糊としているので、気を付けないと情報や感情の暴力といったものに加担しそうになる事もあります。


ですが、そんな時代だからこそ、本作を読んで自分が今という時をどう生きていくのか考えてもらえたらと思います。まぎれもない傑作です。

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