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交渉が決裂した時、アンタならどうする?
答えは簡単。武力行使あるのみだ。
そうだろう?
「セイ!」
俺の声を合図にセイは店の奥で横たわる女に、俺は雑虗に向かって同時に駆け出す。
不意を突かれ、一瞬たじろいだ元斎藤の懐に入り、俺はメリケンサックを嵌めた右の拳を思いっきり奴のドテッ腹ブチ込む。
『ゲボバッ!!』
雑虗のドテッ腹が破れ飛び出した「リーガンのゲロ」を正面から浴びちまった。
元斎藤の瘴気が、まるで塩酸の様に俺の肌を焼く。痛ぇ。そして臭ぇ。
だが動きは止めずもう一発、今度は渾身の右フックを横っ腹に捻り込む。先手必勝だ。
『グガァアァ!!』
横っ腹を削られ堪らず、身を捩る雑虗。
「兄貴!」
後方からセイの声が聞こえた。どうやら女を無事救出したらしい。
「そのまま外まで連れて行け!」
セイに指示を出しながら、俺はステップバックで雑虗から一旦離れ、地面を蹴って勢いをつけると、右の拳をヤツの顔面に思い切り叩き込む。
雑虗の上頭部は吹き飛び顔の下半分だけが残った。
『痛ぇ…イデェ…イでェよおぉ……』
雑虗が子供のような泣き声をあげる。
「あぁ、分かるよ。痛ぇよな」
だが、その痛みは俺に殴られた痛みじゃない。俺の拳で、ヤツが生前味わった“苦痛”が、“心の痛み”が蘇っているのだ。
「今、楽にしてやる」
俺はそう言って、拳を構えると雑虗、いや、「斎藤」の“心臓”を目掛け、渾身の右ストレートを振り抜く。心臓は心の臓、心の宿る場所だ。
俺の拳がドロドロの身体を突き破ってヤツの“心”に触れた。そして斎藤は跡形もなく“此の世”から消え、後にはグチャグチャに壊され尽くした店だけが残った。
数日後、斎藤が飛び降りたマンションの貯水タンクの中から、ミユキの遺体が保守点検に来ていた職員によって発見された。
警察は斎藤による無理心中と断定と、社会欄の片隅に小さな記事が載った。今の日本はもっとショッキングな事件で満ち溢れていて、失恋の末の刃傷沙汰なんてありふれた事件ごときじゃ読者の興味を惹かないのだ。
『cabaretclub Lady』は現在改装中。一週間後に全面改装して新規オープンすると、スーツ野郎は言っていた。
数時間に渡り元斎藤に監禁された弥生は、身体にも命にも別状はなかったが、店を辞め田舎に帰ったらしい。まぁ、身も心も染まっちまう前にこの街から抜け出られたのが良かったのか悪かったのかは俺にはよく分からねぇ。
セイの野郎はボスから振り込まれたギャラを握り締め、喜び勇んで馴染みのおっパブに行っちまった。どうもお気に入りの女がいるらしい。
残された俺は一人、歌舞伎町の小便臭ぇ裏路地に経つ、薄汚れた雑居ビルの2階の事務所兼住居に置かれた、オンボロソファーに寝転びながらボスに言われた言葉を思い出していた。
「おめぇは本当に、この稼業に向いてねえな」
これまで100回は言われ続けたセリフだが、未だにその意味を俺は掴み兼ねている。
そんな俺の思考を遮るようにスマホが鳴った。
手に取って着信画面を見るとボスからだった。まったく、タイミングがいいのか悪いのか。
「仕事だ」と挨拶もなしに切り出す酒やけした銅鑼声にうんざりする。
「分かった。詳細を教えてくれ」俺はメモを取りながら、おっパブでお楽しみ中に呼び出されたセイの不貞腐れた顔を想像して、さらにうんざりした。
おわり
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