第6話 他の人を愛することができるのか
「友人として、ですよね?」
ふるふると頭を振られた。
「ミシェルの事が女性として好きなんだ。初めて会った時にふわふわとしたこの髪の毛に触れたいと思った。その時に泣かせてしまったけど、泣き顔も可愛かった。話をしたかったけど、ジュールに邪魔された。二回目に会った時はびっくりしたよ! あの時の子にまさかこの国で会うとは思わなくて。ローランに邪魔されたけど。三回目でやっと話ができた。美味しそうに菓子を食べる子だと思って嬉しかった。それから会う回数が増えるたび好きなところが増えるんだ」
返事が出来なかった。だってまだ心に傷が残っているんだもの。
こんな状態ではもうウェズリー様に会うのは最後にした方が良い。ジュール殿下の二の舞だ。
「以前将来を誓った人はいるのかと聞かれた時に、返事に迷いました。誓い合ってはいないけれど、愛していた人はいたから」
「ジュールでしょう? 初めてミシェルに会った時に邪魔されたのを覚えているよ。ミシェルを虐めるなって言われた。だから君の名前を覚えていたんだ」
「! ご存知でしたか」
「うん。その時二人は婚約しているのかなって思っていたけど、ジュールに婚約者はいなかった。ジュールもミシェルもお互いを思い合っているのは見ていて分かったよ」
「ジュール様のお気持ちはわかりませんが、そういう理由で私はこの国に来たのです。お別れをして国にいるのは辛かったから、ジュール様がいないところで傷を癒して、十五歳になったら国へ帰ります。お父様との約束ですし、学園に通わなくてはいけませんもの」
「嫌なことを言うけど、ジュールは東の国の第三王女と婚約したよね」
「はい。存じております。婚約者がいるジュール様の側にはいれませんし、お相手の方に失礼ですから」
「ミシェルが我が国に来たのは十二歳の時だろ? よく耐えられたね」
「もう少し早くても良かったと思います。歳を重ねていくと、きっとこの胸の痛みも段違いだったでしょうから」
「忘れたくて国を離れたの?」
「はい、この気持ちが落ち着いて学園に通う頃には前のようには戻れないけど、臣下として幼馴染としておめでとうとお伝えしたいと思っています」
「そこにミシェルの幸せはあるの?」
「え?」
「今後誰かと歩んでいくと言う道はあるの?」
「そうですね……まだ私は十三歳ですから」
「そっか。考えてはいるんだね、じゃあ私を候補にしてくれる?」
「……ウェズリー様を候補に? 無理な話でございましょう。わたくしとでは身分が違いますもの」
候補……? 王子殿下をたかが伯爵家の令嬢の身分で? 無理な事を……胸が痛んだ。
「身分? 伯爵家の令嬢でしょう? それに侯爵夫人の姪だし、問題ないよ」
私の家は伯爵家だからジュール様の相手に相応しくなかったのに……この国は良いの? 身分を気にしないの?
「……問題が、ない、のですか?」
「うん。問題ない! だからそこは気にしなくて良いよ。友達からって言いたいけれどそれじゃ不誠実だから私は本気でミシェルを口説こうと思っている。それだけは覚えておいて」
「……わたくしを?」
「心の傷は徐々に癒してあげるよ。遠距離恋愛でも不安にさせない自信があるんだよねぇ」
「……自信家なんですね」
「そりゃそうだよ。好きな子を振り向かせたいって言う気持ちは世界共通でしょう? 違う?」
「違わないかもしれませんね」
「使えるものは利用しなくちゃもったいないよ。私を利用すればいい」
「利用って……」
いつの間にかくすくすと笑っていた。
思っているよりも傷は塞がりつつあるのかもしれないけど、いつまた気持ちが溢れるかも分からない。
「泣いている顔も可愛かったけど笑っている方が良いよ。連れて行きたいところがあるから次は出掛けよう。返事がなくても連れていくからそのつもりで」
冗談めかしてウェズリー様は言うけれど、とても良い人だと思った。
浅黒い肌は健康的だし黒い髪の毛にルビーのような赤い瞳はなんだか新鮮で居心地が良かったから十回もお会いしたのかもしれない。
******
約束のお出かけの日は快晴だった。
日除けのベールをつけて出掛けた。
ウェズリー様はとても似合うと褒めてくださった。情緒溢れる街並みが有名な海の近くへ連れて行って貰った。
「ここは海鮮がとても安くて美味いんだ。魚は大丈夫?」
「はい好きです」
食べるスペースはこじんまりとしていて王族が来るような場所ではなかった。
「ここに座って」
と言われた椅子は簡易的な椅子で、低いテーブルには網がセットされていてそこで焼いて食べると言うスタイルだった。
はじめての事だらけで、ウェズリー様に倣って口に入れた。
「焼き立ては熱いから気をつけて!」
はふはふしながら、貝を食べたらプリンとして美味しかった。初めての網焼き体験でこんなに美味しいものがあると知った。
その後も網焼きで何種類かのお魚や貝を夢中になって食べた。
「美味しかったです。自分で焼いて食べるなんて楽しいですね」
「私と一緒にいると楽しい事がもっとあるよ」
「ふふっ。そうかもしれないって思いました」
「使える男だよ」
「またそんなことを」
楽しくて久しぶりに思い切り笑った。うじうじ悩んでいるのも、もうやめた。
太陽は眩しくて、海もキラキラとして美しくて、街並みは素晴らしく活気に溢れていて、私はそんなことすら知らなかった。
私の世界は狭かった。
ジュール様を愛していたけど、それは過去になりつつある。残りの人生の方が長いと思うと立ち止まっている時間が惜しくなってきた。だってこの世界は広くて美しいから。
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