第37話 屋敷の見学とお昼ご飯
大きな玄関扉を開けてまず目に飛び込んでくるのは、吹き抜けのエントランスホールだ。どこのホテルだよ、個人宅にこの巨大なホールいらないだろ。という言葉は飲み込んで、煌びやかな屋敷に入っていく。
「落ち着かないね……」
「めちゃくちゃ分かる」
こういう家ってたまに泊まるのなら良いんだけど、毎日過ごすとなると違うんだよなぁ。もう少しシンプルでこぢんまりとした部屋が良い。
俺は日本でアイドルをやってたからそこそこ良い部屋に住んでたけど、結局広いリビングにはほとんど物を置かずに、狭い寝室でずっと過ごしているタイプだった。
こたつに本棚、ゲームをするための机に椅子、それからベッド。それを全部寝室に詰め込んで快適な部屋にしていた。
あの部屋が懐かしいなぁ……日本に帰ってもそのままあるんだろうか。もしあの部屋がなくなってたら泣ける。俺の寛げる空間だったのに。
「正面の階段を上がって二階と三階に、客室や皆さんが私室として使える部屋があります。そして一階には厨房や食堂、テラスや応接室、リビングなどがあります。どちらから見て回りますか?」
「じゃあ一階から」
エントランスを右に向かうと、まずあるのはいくつかの応接室だった。大小三つの応接室があり、家具などはすでに設置されているようだ。
「この家具は使っても良いんですか?」
「はい。前の所有者が置いていったもので、次の所有者に譲ると契約書に明記されておりました」
「そうなのですね。ありがたいです」
すぐに使えるのはありがたいけど、見るからに高級そうな家具の手入れをしないといけないと考えると、少しプレッシャーだ。やっぱり早急に誰かを雇わないと。
それからも俺達は、これから自分が住むとは思えないほどに豪華な屋敷を見て周り、全て見回るだけで一時間もの時間を費やした。
「これで屋敷は一通り見ていただきましたが、こちらの屋敷で問題ないようでしたら、受け取り書に署名をお願いいたします」
文官の男性にそう言われて、もっと小さな屋敷でも……と言いたかった口をなんとか噤んで署名をした。受け取らないのは不敬だって言われたら受け取るしかないよな。
「ありがとうございます。ではこちらで全ての褒美の受け渡しが完了となりましたので、私は失礼させていただきます」
「分かりました。長時間ありがとうございました」
「こちらこそ、ご協力ありがとうございました」
「あっ、そうだ。宿には五日間泊まれると聞いていたのですが、こちらの屋敷をいただきましたのでもう宿には戻らないと思います。なので宿は他に泊まりたい方がいたらその方に」
文官の男性が帰る直前にリラがそう声をかけると、男性はしっかりと頷いてくれて、そのまま魔車に乗って王宮に戻っていった。
男性が帰ったことで、この広い屋敷には俺とリラ、ユニーとスラくんの四人だけになる。
「人数が減るとより屋敷の大きさを実感するね」
「さすがに寂しいよな」
「お昼を少し過ぎたぐらいだし、どこかの食堂でご飯を食べてから奴隷を雇いに行く?」
「そうするか。早めが良いだろうし」
そう予定を決めた俺達は、さっそくもらった魔車に乗って大通りに向かった。ここは王都の中心部の中では端の方なので、比較的庶民向けのお店もあり、できる限り親しみやすそうなお店を魔車の中から見つける。
中心部の外に出ても良いんだけど、中心部の中と外は外壁で隔てられていて、中に入るには軽い身体検査などが必要になるので少し面倒なのだ。一日外に出てるなら良いんだけど、ご飯を食べるだけなら中でも良いかなという考えになる。
「リョータ! あそこで良い?」
「リラの好きなところで良いよー!」
御者席に座っているリラに声を掛けられたので、俺は声を張り上げて返事をした。本当なら御者席と車の中の間に窓があって、それを開けると御者とも普通に会話できるようになってるんだけど、万が一スキル封じが切れていたら大変なので開けるのは避けたのだ。
リラが選んだお店には隣に魔車を停めておく場所があったので、そこに停めて皆で魔車から降りた。
「ユニーちゃん、ちょっと待っててね」
「スラくんは一緒に行く?」
リラに撫でられてご満悦のユニーを横目にスラくんに聞くと、スラくんは体を小刻みに振って否定を示した。
「じゃあ、ユニーと一緒に待っててくれる?」
この言葉には大きく震えて肯定を示す。最近は本当にスラくんとユニーの仲が良いな。こういう時に一人で待っててもらうのは可哀想だから、二人の仲が良くて良かった。
「ユニーはこれを食べてて。スラくんはこっちな」
二人の好物である果物と魔石を置いて、二人の喜ぶ様子に頬を緩めてから、リラと一緒に食堂へ向かった。
「いらっしゃい! 空いてる席をどうぞ」
中に入ると元気な店員さんが明るく迎え入れてくれる。店内は結構混んでいるようで、空いてる席は少ししかないみたいだ。
俺達はその中でも二人がけのテーブルを選び、席に着いた。
「リョータは何にする?」
「うーん、この本日のおすすめにしようかな」
「そっか。じゃあ私は……こっちのお魚料理にするね」
「注文は決まりましたか?」
俺達がメニューから顔を上げたタイミングでちょうど店員さんが来てくれて、すぐに注文を済ませることができた。それから五分ほど待っていると、熱々の料理が厨房から運ばれて来る。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ〜」
「うわぁ、めちゃくちゃ美味そう」
「凄く良い匂い。さっそく食べようか」
俺が頼んだのはデミグラスソースのようなタレで穀物が煮込まれていて、そこに大きなハンバーグのような肉の塊が入っている料理だ。
日本の料理に例えると……ハンバーグドリアみたいなやつかな。でもこの国で食べられてる穀物はお米というよりもオートミールみたいな感じなので、少しドリアとは味が違う。ちなみにこの国では、パンもそのオートミールみたいな穀物から作られているらしい。
でもその割にはパンはもちもちしていて甘くてふわふわで、凄く美味しいんだよな。まあ日本にある食材とは違うんだし、日本にあったものに当てはまらなくても仕方ないないんだけど。
それでもついつい日本のものと比べたくなってしまうのだ。
「うわっ、このお魚美味しい!」
リラのその言葉を聞いて、俺もさっそくスプーンで掬って口に入れた。すると……口の中に濃厚なソースの味が広がる。ヤバい、めちゃくちゃ美味い。
肉は噛めば噛むほどに旨味が出てくるし、穀物も癖のない味で食感に良いアクセントとなっている。
「こっちの料理もめちゃくちゃ美味しいよ。ここの食堂は当たりかも」
「本当だね。ここはまた来ようか」
それからの俺達は冷めないうちにと、ほとんど会話もなく食事を進め、十分ほどで二人とも食べ切って大満足で食事を終えた。
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