第二話 遣印艦隊

 一方、海軍は戦力的問題に頭を抱えていた。ハワイ沖海戦で米太平洋艦隊を撃滅したものの、貴重な大型空母の赤城・加賀、中型空母の蒼龍が大破し一航艦は戦力を半減させていた。さらに、戦艦や水雷戦隊など多数の艦が損傷、早急な修理を必要としていたのである。


 加賀・蒼龍に関しては、敵米戦艦に突撃し衝突しているため、艦体の損傷が大きく、機関・対空火器の増設と廃艦処分の両方を検討すると決定、艦政本部は修理に一年以上を要すると試算していた。また、赤城の修理をめぐっては、甲板の損傷が大きいことを理由に準装甲空母への改造が決まり、改造には加賀・蒼龍と同程度の時間が必要だった。


 戦艦比叡に関しては、艦船や航空機の奇襲を回避するために、試験的に電探を搭載することが決定された。そのため艦政本部からは、戦線復帰には最長で半年かかると通告されていた。


 これを受け第一航空艦隊は解隊、母艦航空隊の練度向上や空母数の増加を待って再度編成されることになった。


 この影響をもろに受けたのが、南方作戦後の第二段作戦の内容だ。作戦の主力となる一航艦は、空母数が飛龍・翔鶴・瑞鶴の三隻に減少しているに加え、ハワイ沖海戦での損耗に加え、無理をして行われたウェーク島攻略の支援や南方作戦の支援も重なり、母艦航空隊の兵力・練度は著しく低下していた。


 そのため、戦線の拡大は一時的に停止することが決定、まず四月初頭にセイロン島のコロンボ・トリンコマリー港を攻撃し、会敵に成功した場合英東洋艦隊の撃破を試みることになった。


 また、比叡の戦線復帰後の六月中旬、ミッドウェー沖に米空母艦隊を誘い出し撃滅する作戦も決まり、第二段作戦は何とか策定することができた。しかし、問題は残っていた。セイロン沖に派遣する艦船についてである。


 セイロン島の港湾攻撃には、真珠湾攻撃のように主力空母を派遣したかったが、母艦航空隊の再建の為には出撃させるわけにもいかず、連合艦隊司令部は大変苦労した。


 数人の参謀が倒れる事態にまで陥る大騒動は、三月中旬に行われた遣印艦隊の編成によってようやく終結した。その兵力は、以下の通りである。


【遣印艦隊】 司令長官 小沢治三郎おざわじさぶろう中将

『航空部隊』 司令官 小沢中将兼任

司令部直率第三戦隊:『戦艦』〈金剛〉〈榛名〉〈霧島〉

《第二航空戦隊》:『空母』〈飛龍〉〈瑞鳳〉〈祥鳳〉

《第七戦隊》:『重巡』〈最上〉〈三隈〉〈鈴谷〉〈熊野〉

《第三水雷戦隊》:『軽巡』〈川内〉

…《第十一駆逐隊》:『駆逐艦』〈吹雪〉〈白雪〉〈初雪〉

 《第十九駆逐隊》:『駆逐艦』〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉〈綾波〉

 《第二十駆逐隊》:『駆逐艦』〈天霧〉〈朝霧〉〈夕霧〉〈狭霧〉


『打撃部隊』 司令官 角田覚治かくたかくじ少将

司令部直率第一戦隊:『戦艦』〈長門〉〈陸奥〉〈伊勢〉〈日向〉

《第四航空戦隊》:『空母』〈龍驤〉〈春日丸〉

《第六戦隊》:『重巡』〈青葉〉〈衣笠〉〈古鷹〉〈加古〉

《第一水雷戦隊》:『軽巡』〈木曾〉

…《第六駆逐隊》:〈雷〉〈電〉〈響〉〈暁〉

 《第二十一駆逐隊》:〈初春〉〈子日〉〈初霜〉〈若葉〉

 《第二十四駆逐隊》:〈海風〉〈山風〉〈江風〉〈涼風〉

 《第二十七駆逐隊》:〈有明〉〈夕暮〉〈白露〉〈時雨〉


 航空部隊から説明を行うと、問題の空母については翔鶴型及び鳳翔を搭乗員の育成にあて、唯一の中型空母飛龍と軽空母瑞鳳型二隻で二航戦を編成、百十七機の航空機を用意することができた。搭乗員の練度も、基地航空隊の精鋭や旧一航戦搭乗員が配属されたことで、真珠湾攻撃時よりは劣るものの、敵である米英海軍航空隊よりは圧倒的に上であった。


 また、ハワイ沖海戦で多くが損傷した護衛戦力だが、南遣艦隊から最上型重巡洋艦で編成される第七戦隊最上・三隈・鈴谷・熊野と第三水雷戦隊を編入、旧一航艦以上の防備体制が築かれた。また、第三戦隊には南方作戦の支援を行っていた金剛・榛名が合流、空母の直掩にあたることになった。


 だが、母艦数が減少した影響は大きく、攻撃力不足が解決されたわけではなかった。そこで、連合艦隊直属の第一戦隊長門・陸奥と第一艦隊の第二戦隊第一小隊伊勢・日向で新たに第一戦隊を編成、打撃部隊として攻撃力を補填することになった。


 打撃部隊には、防空のため軽空母龍驤と特設空母春日丸後の大鷹で編成された第四航空戦隊が編入された。二隻には零式艦上戦闘機が五十機搭載されることになり、艦隊の防空や敵艦隊上空での制空戦闘にあたることになった。また、英海軍との艦隊決戦に備え、第一艦隊から第六戦隊青葉・衣笠・古鷹・加古と第一水雷戦隊が編入された。


 連合艦隊司令部はこの艦隊編成を何とか完成させたが、この編成案の承認を巡ってまたもや問題が発生した。軍令部や第一艦隊の猛反対にあったのである。


 これが、後の戦史に残る『遣印艦隊編成問題』の始まりであった。

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