遣印艦隊対東洋艦隊

第一話 ハワイ沖海戦の政治的影響

 (注意:この『遣印艦隊対東洋艦隊編』は、真珠湾攻撃のIFである『空母対戦艦の艦隊決戦』の世界線の話です。そのことを念頭に、読み進めていってください)


 日本時間一九四二年三月二六日、セレベス島現・スラウェシ島のスターリング港には、今出港しようとしている艦隊が存在した。


 その艦隊、の旗艦、戦艦の艦橋には数人の男が立ち、艦隊を眺めていた。


 「遣印艦隊ね…、一航艦航空隊の奮闘が戦艦の再登用につながるとは、世の中何があるのか分からないな」


 その内の一人、遣印艦隊司令長官の小沢治三郎おざわじさぶろう中将は、そういうと一人の男に目を向けた。


 「はい。まぁ私からすれば、この艦隊の参謀長であることの方が驚きなんですけどね…」


 そう苦笑しながら返答するのは、遣印艦隊参謀長の山田定義やまださだよし少将だ。本来軍令部出仕の扱いだった彼は、小沢の希望によって参謀長に就任していた。


 「仕方ないだろう。本格的な航空部隊を率いるのは、俺にとって初めてのことだ。君は、航空隊の隊長や空母の艦長を歴任している。俺は、所詮砲術から意見を変えた代わり者だ。君みたいな航空の道を歩んできている奴に補佐してもらいたいと思ってな、軍令部に就任の条件として要求したんだ」


 「そうだったんですか……。それにしても、この艦隊は数年前の第一艦隊と似たような編成ですね。やはり一航艦の損害は、軍令部や連合艦隊司令部にとっても想定外だったんでしょうね」


 山田の発言は、帝国海軍の現状を適切に表していた。


 ハワイ沖海戦、第一航空艦隊が太平洋艦隊を撃滅したこの戦いは、大日本帝国や世界中に大きな影響を与えた。

 

 まず恩恵を受けたのは、日本政府や大本営だった。一航艦の損害はともかく、大本営の報道担当からすれば『敵太平洋艦隊から宣戦布告前に奇襲攻撃を受け、空母三隻を傷つけられたにもかかわらず、損害を顧みない抵抗で敵太平洋艦隊を壊滅させた』という日本海海戦以上の最高のストーリーであり、国民の戦意を高めるのには十分すぎるものだった。


 この動きに、新聞やラジオなど各種マスコミも同調、部数を稼ぐために誇張表現も厭わず大々的に報じた。この報道は、少なからず存在した米英との戦争への不安を完全に吹き飛ばし、国民はこの快勝に酔いしれ、帰投してきた一航艦を熱狂的に迎えた。


 また、各省庁のなかでもその恩恵を受けたのは外務省だった。ハワイ沖海戦にて、一航艦は宣戦布告前に攻撃を受けており、史実では発生していた宣戦布告の遅れを回避し、世界にその非道性を訴えることに成功したのである。


 攻撃を行ったキンメルからすれば、ハワイ諸島の北方に帝国海軍の有力な艦隊が存在し、攻撃隊の発艦を用意していたのである。この事実だけで、十分に攻撃は正当化されると判断するのも当然であった。


 しかし、ハワイ沖海戦の結果太平洋艦隊は壊滅、攻撃の正当性を訴えるべきであるキンメルを含める太平洋艦隊司令部員は全員戦死していた。その上、海戦がハワイ諸島から遠く離れた海域で行われたことによって、生還者はほとんどおらず海戦当時の状況が判明することはなかったのである。


 外務省はこの点を突き、「宣戦布告後に攻撃を仕掛けようとしていた我が帝国海軍は、極悪非道な米太平洋艦隊の奇襲攻撃を受けたのである。米国の正当性のない卑劣な攻撃は、誠実に日米交渉を行い国際法に基づき宣戦布告を行った我が国への背信行為である」と世界中に発信した。


 さらに、比較的優秀な外務官僚や陸海軍情報部隊からの要請で、ハルノートの内容を公開し、米国への不信を高めようと試みた。


 この作戦は見事に成功、連合国内では米国への不信と内部対立が深まり、枢軸国ではドイツ国民啓蒙・宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの宣伝もあり、世論を米国打倒へ熱狂させることに成功した。


 大日本帝国は初戦で、政治・外交において圧倒的優位を獲得したのだった。

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