第三話 日米空母の会敵
ハワイ時間十四時五分、第一航空艦隊はハワイへの接近を続けていた。
「航海参謀!現在地は、オアフ島から何海里ぐらいかね?」
一航艦司令長官の
「………我が艦隊は、オアフ島からおよそ百七十海里まで接近していると思われます。収容予定位置である百五十海里までは、後一時間ほどかかります」
「ありがとう、雀部参謀。源田参謀、発艦させた索敵機からの報告は、まだ入っていないのかな?」
雀部から自らの望んだ回答を得た南雲は、次に航空甲参謀の
「はい。空母六隻から艦攻二機ずつ合わせて十二機と重巡・戦艦搭載の水偵十二機をミッドウェー島からオアフ島までを扇型のようにして二段索敵を行っていますが、いまだ報告はありません…」
源田が、少し申し訳なさそうに答えた。
「いや、別にそこまで焦る必要はない。そもそも、今回の作戦中での索敵は考えられていなかったからな。後は、搭乗員たちの技量を信じるだけだ」
だが、南雲は特段咎めることもなく、逆に源田を安心させるように話した。
「ただ、我々の真珠湾攻撃が伝わった米空母は、おそらく動くだろう。そろそろ報告も…「長官!飛龍三号機から入電!『我、敵空母一、重巡四ヲ見ユ。空母ハレキシントン級ト見ラレル。オアフ島北北西、距離我ガ艦隊ヨリ四百十キロ付近、速力二十四ノットニテ北東ヘ航行中』とのことです」
南雲が米空母の出現を示唆すると、タイミングよく索敵機からの報告が入ってきた。まちにまった、米空母出現の報である。
「来たか!直ちに、第四波攻撃隊を発艦させよ。目標は敵レキシントン級空母だ!」
南雲が、そう声を張り上げ命令する。彼にも、真珠湾攻撃よって航空戦力に対する考え方に変化が生まれたのかもしれない。少なくとも、源田たちはそう感じていた。
第四波攻撃隊は、以下の機体によって編成されていた。
『第四波攻撃隊』 百九機 総隊長:
・雷撃隊 隊長:嶋崎重和少佐
九七式艦上攻撃機 四十二機
・急降下爆撃隊 隊長:
九九式艦上爆撃機 四十一機
・制空隊 隊長:
零式艦上戦闘機 十八機
・直掩隊 隊長:
零式艦上戦闘機 八機
第四波攻撃隊は、第二波攻撃隊を中心に編成されたため、第一波攻撃隊に比べて撃墜・被弾機が多かった。それでも、一航艦は八十機ほどの攻撃機隊と二十六機の戦闘機隊を用意することができ、米空母一隻を撃沈するのには十分といえた。艦爆隊はすべての機体に二百五十キログラム爆弾を一発ずつを装備し、艦攻隊は八百キログラム魚雷一発ずつを装備している。
発艦命令が下りると、第四波攻撃隊の全機が僅か十二分ほどで飛び立っていった。また、日没時間や燃料・弾薬の備蓄量のことを考えると、これが一航艦の最後の攻撃隊となる可能性が高かった。
(必ずや、帝国海軍初の敵空母撃沈を成し遂げて見せる!)
第四波攻撃隊隊長の嶋崎は、そんな思いでまだ見ぬ敵空母へと向かっていった。
一方、日本軍に発見された第十二任務部隊は、大混乱に陥った。真珠湾からの情報を総合すると、日本軍の空母は軽く四隻以上と思われ、空母が『レキシントン』一隻しかいない第十二任務部隊は、圧倒的劣勢であった。
「急いで敵空母から退避しましょう!」
そう進言したのは、航空参謀のマティアス・B・ガードナー中佐だ。彼に言われるまでもなく、任務部隊指揮官のジョン・H・ニュートン少将は、敵艦隊と距離をとるべきだと考えていた。しかし、問題なのはどの方角に退避するかであった。
「しかし、西へ向かうとサンディエゴへ帰還できなくなるぞ!どうする!」
ニュートンの発言も至極当然であった。真珠湾は、帝国海軍の第三波攻撃隊によって、貴重な燃料タンクに壊滅的打撃を負っていた。予定していた真珠湾への入港は不可能であり、サンディエゴまで自力でたどり着かなければいけなかった。
ちなみにだが、空母『エンタープライズ』が配属されている第八任務部隊でも、油の不足は深刻な問題であった。給油のために出向させる予定だった給油艦『ネオショー』は、第三波攻撃隊の被弾機が自爆突入したことによって大破炎上し、真珠湾内へ重油を垂れ流していた。そのため、太平洋艦隊司令部は民間商船を徴用し、サンディエゴまでの航海を可能にしようとする、涙ぐましい努力を行っていた。
それはさておき、ニュートンの発言に対し、ガードナーはきっぱりと言い切った。
「西へ行くことは不可能ですので、北西へ高速で退避します!ですが、重油消費を抑えるためにも二十八ノットでの退避が最善と見ます!」
ニュートンは即座にうなずき、レキシントン以下の艦艇に北西への転身を下命し、二十八ノットで退避を始めた。しかし、司令部からから接触の維持を命じられた付近を飛行する偵察機が、次々に艦隊上空へ侵入してきた。
日本軍偵察機が電波を発進したと知ったニュートンは、艦長のフレデリック・C・シャーマン大佐にすぐさま尋ねた。
「艦長!三十ノットは可能か?」
「やってみます!」
シャーマンもその必要性を感じ、まもなくレキシントンは三十ノットで疾走し始めた。
彼ら米空母の運命は、いまだ予想不可能だった。
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