へっぽこ腹ぺこサラリーマンも異世界では敏腕凄腕テイマー
一江左かさね
プロローグ はらぺこ課長で食いしん坊
原生林と呼びたくなる緑の濃い鬱蒼とした森。
大きな葉を広げた木々、小さな葉をたくさんつけた茂み、縦横無尽に伸び絡まる蔦たち。そこを名も知らぬ昆虫たちが飛び這いまわり、どこからか鳥の鳴き声が響いて自然豊かだ。
そんな森から草を掻き分け男二人が飛びだした。
「走れぇっ!!」
両手を大きく振って必死の形相で走る。
その中で先頭を行くのは、やや年配、髪は短く中肉中背の男だった。オフィス街に行けば、それこそ何人も見かけるような地味なタイプで、ノーネクタイの白シャツにグレーのスラックスで革靴姿。
胸に翻る社員証には、赤星源一郎と記されてある。
その赤星が手にしているのは斧だ。
刃は全鋼で柄はグラスファイバー製の丈夫で耐久性抜群な斧である。見るからにキャンプに来たのではない赤星が持つには不似合いなものだった。
赤星は背後を気にしながら何度も振り返る。
その理由は直ぐに分かる。
なぜなら、森から何かが続けて飛びだしてきたのだ。
「来たっ!」
現れたのは動く骸骨、もはやファンタジーなどでは定番のスケルトンだ。手には錆びた剣を持ち鎧を身に着け、骨だけなのに分解する事もなく追いかけてくる。
それも一体ではない。
「課長! 三体もいまっせ!」
後ろを追いかける若い男の声に、赤星はさらに必死に走る。
「死ぬ気で走るんだ、青木君!」
「そりゃ追いつかれたら死にますね――ってぇ!」
「どうした!?」
後ろからの声に赤星は走りながら振り向いて、そして後ろを走っていた青木の姿がない事に気付いた。青木は思いっきり転んでいたのだ。
赤星は地面の上を滑るようにして立ち止まる。
「うらあああっ!」
即座に向きを変えると、今度は迫り来るスケルトンたちへと突っ込んでいく。手にした斧を思いっきり握りしめ横に構えると、剣を振り上げるスケルトンと交差。
「えいしゃおらーっ!」
気合いを込めた一撃。
必死の形相で剣をかわし、赤星が斧を振るう。鎧に激突する甲高い音に、乾いたものが砕ける音。スケルトンはバラバラに砕けた。
赤星は斧に振り回されバランスを崩しかけるが、踏張り体勢を立て直す。
そこから身体を捻って次のスケルトンを蹴り飛ばす。今度こそバランスを崩して倒れるが、その最中に斧を振るって最後のスケルトンを打ち砕いた。
華麗さこそないが、それでも見事な戦いぶりだ。
「やったか!?」
「課長、その発言フラグですって! ほら、まだ動いてますよ!」
「ぬわっ! 来たっ!」
蹴り飛ばしたスケルトンが這い寄ってくる姿に赤星は悲鳴をあげた。立ち上がる暇もないほど目の前にスケルトンが迫るが、これに対し地面を転がりながら斧を振り回して叩き付けた。
乾いた音が響いてスケルトンの頭骨が打ち砕かれる。
スケルトンは死んだ。
最初から死んでいるかもしれないが、とにかく動かなくなった。
そして赤星も荒い息で息も絶え絶え、地面に大の字となる。気分としては今にも死にそうで、荒い息のまま晴れ渡る青空を見つめた。
青木が痛そうに顔をしかめながら駆け寄って来る。
「課長、すんません。助かりました、もう何度目かの命の恩人ですかね」
「気にする必要はない、部下を守るのは上司の役目だ」
気軽に言った赤星は青木の手を借り立ち上がる。
「ああ、すまんね」
二人が苦労して立ち上がると、茂みの中から若い女性が現れた。
カメラを手にした彼女は自由な腕を思いっきり振っている。あたふたした仕草だ。
「ん? 黄瀬君どうした」
「か、課長。後ろ、後ろっす!」
「後ろ……って!?」
赤星が振り向く、青木も続く。
揃って振り向き、揃ってギョッとした。
森の中からスケルトンが次々と現れていたのだ。それは軍団と呼ぶべきもので、剣やら槍を構え前進してくる。戦うどころではなく数だった。
「うわっ……」
焦って混乱する。
スケルトン軍団はジリジリ迫って来る。だが、赤星たちの後ろから小柄な影が飛びだした。
それは白い髪の少女だ。
髪飾りのような黒い角、背後には尻尾もある。西洋風の鎧を身に着け、手には抜き放った剣がある。軽々と足を運び、赤星達の傍らを駆け抜けていく。
「まったくもう、源一郎は世話がやけるんだから」
そんな声が聞こえた。
見ているだけの赤星たちの前で、少女はスケルトンの群れに突っ込む。当たるを幸いにスケルトンを薙ぎ倒し弾き飛ばし打ち砕き、その有り様はアクションゲームの無双シリーズの如くなぎ倒していく。
あっという間に動いているスケルトンは居なくなった。
「おおっ、さすが……」
「あっ、課長。こんな形ですけど。視聴者の皆さんに勝利宣言しませんと」
青木が手招きすると、黄瀬がカメラを構えて走ってくる。
促されて赤星は、ぎこちない仕草でVサインをした。
「か、勝ったぞー」
「赤星課長、助けて貰いましたが異世界でスケルトン撃破! 今回はここまで。最後までご視聴ありがとうございました、チャンネル登録よろしくお願いします!」
「お願い致します」
二人揃って頭を下げると、黄瀬が指で丸をつくってみせた。
青木は大きく息を吐いた。
「……はーい、Yチューブ用の撮影完了。お疲れ様でした。今の流れは絵としては最高でしたねぇ。本物の異世界でスケルトン登場からの、俺がドジって、それを助ける課長。終わったと思ったらスケルトン軍団の登場で、アップダウンが激しいとことか最高でっせ」
「最高の前に、今のは下手したら死んでたが」
「確かにヤバかったですね。でも、この流れを考えると。再生回は軽く数百万、下手すりゃ千万だって超えまっせ」
「…………」
「一課の連中は登録人数が十万人超えたと言ってましたし、ここは我ら二課も頑張りませんと――」
そんな言葉を聞きつつも、赤星は苦い顔をした。
勝てたとはいえ死にそうな思いをした戦闘を、再生回数で語られるのは面白くない。そうした浮ついた考えを戒めるべきだろう。だが赤星は他人に対して強く言えない性格なので、何も言えなかったが。
少女が戻って来て文句を言う。
「ちょっと源一郎、何やってるのよ。私が助けたのに、どうして見てないの!?」
「あっ、ほら。いろいろとやる事があって――」
「源一郎」
ジロッと睨んでくる少女。
赤星は申し訳なさげに首を竦めた。
「気を付けるよ、助けてくれてありがとう」
「仕方がないから許してあげる」
少女は偉そうに言うものの、その顔は笑顔が抑えられないといった様子で綻んでいる。しかし、はっと気付いてあらぬ方を見やっている。だが素直な尻尾は上機嫌に揺れている。
青木がスケルトンの残骸に近づいた。
「いやぁ、子供の頃にファンタジー物が大好きだったんですけどね。まさか自分がスケルトンと戦う事になろうとは。思いもしなかったでっせ」
「私もだよ」
「まっ、異世界ですし。そういうもんですよね」
「そういうもんだね……」
赤星は頷いて辺りを見回した。
原生林のような森。そこに飛び交うのは、人の頭ほどの大きさの蜂、それよりも大きな羽のある百足。両手が鎌になった蜘蛛だっている。
日本どころか、同じ世界ですらない異世界。
スケルトンがいるのも当然だった。
「ついでに言えばね。異世界に来たあげく、Yチューバーデビューする事になるとは。人生ってのは分からないもんだね」
「課長ダメですってば。我々は異世界に居るんです。元の世界の連中と差別化する為に、我々はIチューバーの呼び名を使うって会社で決めたじゃないですか」
「そうだった。だが異世界ならスピリットワールドやアナザーワールドと言うのではないかな。つまりSチューバーかAチューバーだと思うが」
「いえ、最近では海外でも異世界はISEKAIで通じますからね。Iチューバーで問題ないってもんですよ」
「そういうもんかね」
正直に言えば呼び方はどうでも良かったが、言い間違えるのも恥ずかしい。一度覚えてしまった言葉は簡単には変えられないため、口の中で何度かIチューバーと唱えておいた。
赤星は倒したスケルトン――遺体と呼ぶか残骸と呼ぶか――を見つめる。とたんに青木が変な顔をした。
「そんなに骨を見つめてどうしたんです? まさか課長、この骨で出汁をとるとか言い出さないでしょうね」
「青木君ね。君は私を何だと思っているんだ」
「はらぺこ課長で食いしん坊です」
確かに食い意地は張っている自覚はあるが、あんまりな評価に赤星は深く息を吐いてしまう。
「まったく……この骨を埋葬してあげたいと思ったのだよ」
「あーなるほど、そっちですか。黄瀬くーん、荷物にスコップあった?」
問いかけられた黄瀬は、手にしていたカメラを取り落としそうな感じになった。慌てた様子で首を横に振るが何も言わない。
あまり喋るのが得意でない彼女は、急に話しかけられたので直ぐ言葉が出なかったようだ。
青木は肩を竦めながら頷いた。
「と言うわけで、ちょっと無理ですね。流石にスコップがないとキツイでっせ」
「走りすぎでスコップ取って戻るだけの体力もないか……」
「ですね、ここは仕方ないって事で手を合わせておきましょう」
「それしかないか」
赤星は小さく頷くと手を合わせ、ナンマイダブとだけ呟いた。
その間にも青木はスケルトンの残骸から剣を持ち上げた。さらに鎧も手に取り、そこから白い細かな破片を振り払った。
「でも、この剣と鎧は貰ってきましょう。視聴者へのプレゼント企画に良いって思いません? ついでに剣と鎧の説明回も入れて再生回数を稼ぎましょうや」
「……逞しいと言うか、何と言うか。活き活きしてるね、青木君は」
「そりゃそうですよ。課長のおかげで、異世界でも安心して生きてられますし。どうせ元の世界に戻れないでしょ、だったら開き直るしかないでっせ」
「それはそうだね」
少しだけ眉を寄せ、赤星は寂しい気分を堪えた。
もう戻れない故郷には両親と兄弟がいる。幸いにしてと言うべきか独身だったので、それ以上の寂しさはない。ちょっとだけ自虐的に笑ってしまう。
「さて、会社に戻ろうか。この異世界に転移してしまった我が社に」
赤星が斧を担ぎ歩きだせば、少女が追いかけてきて横に並ぶ。
この世界に来て知り合った相手だが、今ではすっかり馴染んでいる。
空を見上げると、元の世界と変わらぬ色をした青空だ。ぽつんと小さな影が上空を過ぎっていくが、恐らくそれはドラゴンのはずだ。流石に異世界である。
異世界に転移して今日までの激動の日々、いろいろな出来事があった。
「あっ、そうだ。課長、スケルトンの骨も視聴者プレゼントにどうでしょう」
「……やめなさい」
どうしてこんな事になったのかと、始まりの日を思い出す赤星であった。
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