第16話 残酷な世界でありがとうを、残酷な世界を変えるための一緒に行こうを

「お姉……ちゃん……?」


 病室のベッドで、天神の妹が目を覚ます。

 ダンジョン内での激闘から3時間。

 妹には特に目立った外傷はなく、検査の結果も良好だった。

 天神の目標は達成できたと言っていい。


「愛莉……」


 天神が優しく妹を抱き寄せる。

 安堵と喜びの入り混じったその表情に、こちらの心も温められた。


「言うこと聞かないで、夜にお外に出て、本当にごめんなさい」

「もう絶対にしないでね」

「うん。ごめんなさい」

「私こそ、もっと早くに見つけてあげられなくてごめんね」


 温かく優しい口調で交わされる姉妹のやり取り。

 それを見守っていた御堂は、俺にこっそり耳打ちした。


「万事解決、だね」

「そうだな。盗賊たちはみんな逮捕されたし、誘拐されていた子供たちも保護された。でももっと早く盗賊団を潰せていれば……っていうことは、絶対に忘れちゃいけない」

「うん。本当に……残酷な世界だよ」


 表所に影が差した御堂は、ふと時計を見て言った。


「そうだ。薬を飲まないと」

「薬?」

「うん。メンタル的なものなんだけどね。滝くんなら、もうきっと私が何の病気なのか分かってるでしょ?」

「……察しはついてる」


 能力不調障害。

 アスリートのイップスのような症状が特徴で、身体そのものに問題はなくても今まで通りに能力が扱えなくなる病気だ。

 原因としては精神的なものが大きいと予測されているが、詳しいことはまだ何も分かっていない。

 ある日突然に現われるケースが多く、数週間で治る場合もあれば数年が経過しても症状が現れたままという場合もある。


「ちょうど1年くらい前かな。ダンジョンで戦ってたら、思うように能力が発動できなくて。その時は気付かないうちに疲れがたまってたと思ったんだけど、どれだけ休んでも元の状態には戻らなくて」

「配信が途絶えたのはそういうわけだったのか」

「うん。とてもみんなに見せられるような状態じゃなかった。最近は少しずつ回復してきて、中ダンジョンの上層くらいでなら何とか戦えるようになったんだけど……」


 1年8か月前に中ダンジョンを完全踏破した彼女としては、全くもって物足りないのだろう。

 配信者の御堂有栖と、共闘した御堂有栖がまるで別人だったのには、こういうわけがあったのだ。


「上手くいかないもんだよねぇ……。もう少しで手が届くところにあったはずの大ダンジョンは、雲の上にあるみたいに感じるし。あ、ごめんね。暗い話しちゃって」

「いや」


 辞めるなと言いたい。

 辞めないでほしいと言いたい。

 でも俺は御堂有栖の何を知っているわけでもない。

 だから辞めるなという言葉が正解かは分からない。

 それでも。


「俺さ」

「うん」

「御堂の配信見てて。それで中ダンジョンを攻略した時の姿と、あとはその後の言葉にすっごい感動してさ。それで能力を頑張って鍛えてみようって思えたんだよ。泡なんてって思ってたけど、鍛えてみたら楽しい能力だった。あの時の御堂の言葉が無かったら、今の俺はないと思う」


 ――努力で才能は補える! 私がその証明だよ! だから才能がないって思っても諦めないでね!


 あの時の言葉を、俺は今日までずっと胸に刻んでいる。

 1日として忘れたことはない。


「あはっ。そう言われると、嬉しいけど何だか恥ずかしいな」

「本当に感謝してるんだ。ありがとう」

「……どういたしまして。でも、そしたら余計に今の私を見てがっかりしなかった?」

「まさか。今日だって御堂がいなかったら、何一つ上手くいかなかった」

「そうよ」


 再び眠り始めた妹の手を握りながら、天神が柔らかな微笑みを浮かべる。


「御堂さんがいなかったら、妹を助けることはできなかった。それに滝くん、あなたがいなくてもダメだったわ。本当に……」




「ありがとうございました」




 俺と御堂は顔を合わせて、心の底から笑顔を浮かべた。

 そして声をそろえて言う。


「「どういたしまして」」


 この3人で助けた命が、すっかり安心してすやすや寝息を立てている。

 その顔を見ていたら、自然と言葉が口をついて出た。


「なあ、御堂」

「何?」

「俺と天神は、これからもっと強くなって《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を獲りに行く。それぞれの目的のために」


 天神は世界を壊すため。

 そして俺も、もうただの好奇心に駆られてではない。

 あの声の主は《新世界の宝物ザ・ニューワールド》の先で待っていると言った。

 謎だらけのこの能力のことも、彼女ならば知っているはずだ。

 だから彼女に会いに行く。

 彼女は俺に何を成し遂げてほしいのか。それを知りに行く。


「御堂も一緒に行こう。宣言しただろ? 《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を見つけるって」

「滝くん……」

「まだ諦めてないからダンジョンにいたんだろ? こんな残酷な世界も《新世界の宝物ザ・ニューワールド》があれば変えられるかもしれない。俺たちと一緒に行こう」

「私たちは絶対に《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を見つける。あなたの経験は間違いなく私たちのプラスになるわ。それに私たち、なかなか良いチームワークだったと思うのだけれど」

「滝くん……天神ちゃん……」


 御堂は交互に俺と天神の顔を見て、それから覚悟を決めた目で言った。


「正直言って、諦めそうになってた。だけど私にも、絶対に《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を見つけなきゃいけない理由があるの。だから……あなたたちと行きたい」

「よろしくな、御堂」

「もう絶対に諦めようとしないでね」


 俺は御堂に向かって右手を差し出す。

 彼女はそれをがっちりと握った。

 それを見て、天神が少し不機嫌そうな顔をする。


「あら、私とは握手しなかったのに彼女とはするのね」

「お前がしなかったんだろうが……なら、今するか?」


 ベッドに近づいて手を伸ばすと、天神は妹とつないでいるのとは逆の手を差し出した。

 ようやく、俺と天神の間にも握手が交わされる。


 天神は、いやきっと俺も、そして御堂も、これから待ち受ける冒険への期待を込めた笑顔を浮かべていた。

 それぞれが《新世界の宝物ザ・ニューワールド》への想いを秘めた3人によって、新たなギルドが生まれた瞬間だった。

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