第15話 お前は……誰だ?

「ガウッ!」


 ケルベロスが勢い良く地面を蹴り、御堂へと飛び掛かっていく。

 彼女は身軽な動きでそれをかわすと、鎌に炎を宿した。

 しかし、攻撃を察したケルベロスは素早く間合いから離れた。

 まだまだ上層のモンスターとはいえ、さすがに小ダンジョンのモンスターとは動きが違う。

 それにしても、御堂が言っていた言葉が気にかかる。


 ――きっと今の私は、君が知ってる私じゃない。はるかに弱い。


 確かにここ一年、御堂の配信は途絶えていた。

 ファンの1人として寂しく思っていたところだが、きっと何か事情があるのだろう。


「滝くん、君の能力は?」

「俺は泡。御堂は炎だよな?」

「うん。泡か……初めて聞くな」


 御堂は大鎌を背中でくるくると回転させながら、ケルベロスとの間合いを計る。

 ふと気付いた。

 彼女の鎌に宿っている炎が、赤い。

 高温の炎は青く光るもので、実際に配信で見ていた彼女の炎も青かった。

 ひょっとして、あの時よりも能力がレベルダウンしている……?

 それに戦闘スタイルだって、あの“黙ってりゃかわいいのに戦ったらうるさい死神”と呼ばれたそれではない。


「【火炎泡ファイアーバブル・満炎】!」


 ケルベロスをまるまる泡で包み込み、その泡を豪火で満たす。

 しかし泡がはじけた先で、三つ頭の獣はしっかりと立っていた。

 体の表面は焦げ付いているし、煙も上がっている。

 だから効いてないわけじゃない。

 でも一撃で倒せるほど、中ダンジョンのモンスターは甘くない。


「【炎鎌首刈】!」


 俺の攻撃に続けて一気に間合いを詰めた御堂が、こちらから見て右側の首を切り落とす。

 しかしケルベロスの首は3つ。

 これもダメージは確実に与えているが、致命傷にはならない。


「滝くん。2人で交互に攻撃し続けて、向こうに反撃のチャンスを与えないようにしよう」

「分かった。じわじわ削る感じだな」


 攻撃は最大の防御とも言う。

 御堂は純粋なアタッカータイプだし、下手に防御にも気を使うよりは攻め続けた方がいいだろう。


「【氷河泡アイスバブル・砕氷】!」


 くっそ……芯まで凍らない。

 芯まで凍ってくれれば、一気に砕き切ることができる。

 ただこのケルベロスに対しては、表面をわずかに削り取るのみにとどまった。

 しかもその負傷箇所を黒いもやのようなものが包み、再生させてしまう。


「【嵐回炎鎌】!」


 はちゃめちゃなようで、確実にケルベロスの体力を削っていく御堂の攻撃。

 能力のレベルは落ちていても、基本的な戦闘の技術はさほど落ちていないようだ。


「滝くん!」


 交代のタイミングで、御堂が俺の名前を呼ぶ。

 間違っても泡の中に入らないようケルベロスから距離を取り、そして呼吸を整え、泡が弾けたら再び攻撃を仕掛ける。

 初めのうちは多少ずれていた呼吸も、徐々に徐々に合ってきた。

 確実にケルベロスはぼろぼろになっていく。


「はあ……はあ……」


 もう、頭は尋常じゃないほど痛い。

 呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。

 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 それでも今、俺と御堂はケルベロスに対して優勢。

 そして。


「【天神流・光円居合】!」


 天神もボスを前に優勢なのだ。

 あまりに激しい戦闘のせいか、天神妹は【鋼鉄泡メタルバブル】のなかで意識を失っている。

 あるいはその方がいい。刺激が強すぎる。


「滝くん! 私が徹底的に外側を傷つけるから、とどめを刺して!」

「分かった!」


 御堂が鎌を高速で回転させ、ケルベロスに飛び掛かるように向かって行く。


「【炎鎌霰】!」


 あられのように降り注ぐ攻撃が、ケルベロスに反撃も回復も許さない。

 そして大量の傷をつけたところで、御堂が一気にケルベロスと距離を取った。

 これだけ外側がダメージを受けていれば、十分に致命傷を与えられる……!


「【雷撃泡エレクロバブル】……え?」


 泡が……出ない。


「【雷撃泡エレクロバブル】! くそっ! 【雷撃泡エレクロバブル】!」


 何度やっても、何度やっても泡が出ない。


「滝くん!? まさか消耗で能力が使えなくなってる!?」


 猛烈に頭が痛い。

 吐き気もする。世界がぐるぐる回って見える。

 御堂の声も、天神とボスの戦闘音も、妙な反響がかかって聞こえる。


「あ……」


 振り返ってみれば、天神の妹がそのまま地面に投げ出されていた。

 俺の能力が消耗によって効果を失い、【鋼鉄泡メタルバブル】が解除されたのだ。


「お? ふふん。こいつを殺せばお前はもう、まともに戦えねえよな?」


 状況に気付いたボスが、天神の妹に向けて剣を向ける。


「やめ……ろ……」


 位置的に天神は間に合わない。

 御堂は何とかケルベロスを食い止めている。

 今あの子を守れるのは俺しかいない。

 でも泡は出ない。それなら。


「ぐぅ……!」

「滝くん!」

「滝くん!」


 俺は自らの体でボスの刃を受け止めた。

 腹部が思いっきり貫かれ、堪えようのない激痛が襲う。

 熱い。腹が熱い。

 それでも天神の妹に、この刃は届いていない。

 間に合った。何とか間に合った。

 でも徐々に、俺自身は何も感じなくなっていく。

 痛みも熱さも消えていく。

 どさりと体が倒れた。

 横たわった俺の視界に、まるで死神のごとく大鎌を持った御堂が映る。

 でもすぐに目の前は真っ暗になり、意識が消えて……


 ――ピーピピピピー。


 唐突に頭の中に響く笛の音。

 もはや意識は真っ黒な世界にいる俺に対して、あの声が語りかけてくる。


 ――滝くん……滝陽哉くん……。


 今までの、新たな能力を告げるある意味機械的なセリフではない。

 明確な意思を持って、何者かが俺の名前を呼んでいる。


 ――死なないで。君は絶対にここで死んではいけないの。


 そんなこと言ったって、もう手遅れだろ。


 ――君は私にとって最後の希望。あなたでなければ出来ないことがある。泡の能力をちゃんと鍛えたあなたでなければ、決して成し遂げられないことが。


 お前は……誰だ?


 ――今は……私が私のことを口にすることは許されていない。だから私に出来るのはこれだけ……。


 ――おめでとう。【治癒泡ヒールバブル】を習得しました。


 ――滝くん、私はあなたのことを待ってる。《新世界の宝物ザ・ニューワールド》のその先で、あなたを待っているから。


 【治癒泡ヒールバブル】……。


 ――そう。滝くん、生きて。私とあなたは……


 私とあなたは何だ?

 最後に一体、何を言おうとした?


 何度心の中で呼びかけても、それっきり声が響くことはない。

 俺は本当に最後の最後、ごくわずかに残った意識で能力を発動する。


「【治癒泡ヒールバブル】……」


 あの声の主が、泡をたった1つ展開するのに必要なごくごく小さい力を与えてくれたようだった。

 俺の体が泡に包まれる。

 そして真っ暗だった世界に徐々に光が射し、体も心地よい温かさを取り戻していく。


「う……」


 完全に意識を取り戻して目を開けると、ダンジョン内では変わらず激しい戦闘が続いていた。

 天神は俺と妹を背に必死に防衛を固め、御堂もケルベロスと渡り合っている。


「不思議なもんだな」


 新たな技【治癒泡ヒールバブル】に包まれた瞬間、どんどん体力が回復していくのを感じた。

 ボスから受けた傷もすっかり治っている。


「【鋼鉄泡メタルバブル】」


 何をおいても、まず天神の妹を守る壁を展開。

 そして立ち上がる。


「滝くん!?」

「お前!? どうしてまだ立てる!?」

「滝くん……君は一体……」


 三者三様の反応を見せるなか、俺は天神に言った。


「刺された後、守ってくれてありがとうな。妹はもう大丈夫だ。安心してこいつをぶっ飛ばせ」

「守れてなんて……ないわよ……。でも分かったわ。私、あなたを信じてるから」

「ああ。御堂! 悪いがもう一回、さっきのやつを頼む!」

「2回でも3回でもやるよ! 任せて!」

「今度は一発で決めるさ……」


 天神は押し込まれていたボスの剣を一気に払いのけ、勢いよく刀を振るって攻勢に転じる。

 御堂の方も、再び鎌を高速回転させてケルベロスに詰め寄った。


「【炎鎌霰】! これで……滝くん!」

「【雷撃泡エレクロバブル】! 【沈水泡ウォーターバブル】!」


 今度はちゃんと泡が出る。

 2つしっかり泡が出る。

 行けるぞ……!


「【二色泡ダブルバブル・大電海】!」

「【天神流・光閃一刀】!」


「ぎゃおおおおおん!」

「ぐあああああああ!」


 ケルベロスが、そして盗賊のボスが同時に倒れる。

 決着の瞬間。

 立っていたのは俺と天神、そして御堂だった。

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