第4話

ドレスを身にまとい、髪を結い上げて薄化粧を施す。鏡には清楚でありながら華やかな姿が映っていた。


「完璧ですわ、お嬢様」


メリナがため息をつく。仕上がった姿に、私より昂揚しているかもしれない。


「ありがとう、お父様にご挨拶してくるわね」


「かしこまりました、伯爵様も素晴らしいご成長にお喜びになること間違いなしですわ」


やまないメリナの賛辞に、これ以上謙遜するのは逆に卑屈になってしまうと、私は笑みをたたえて「行ってくるわ、あとは頼むわね」と言うに留めた。メリナに見送られて部屋を出ると、お父様の執務室へと歩き出す。靴の高いヒールには初めこそ違和感や歩きにくさを感じたけれど、令嬢としての教育を受けるうちに慣れた。


執務室のドアをノックする。


「誰だ?」


「リヴィアでございます、お父様」


「入りなさい」


すぐにお父様からの返事が返ってきて、静かにドアを開いた。お父様は書類に目を通していたようだが、仕上がった私を見て破顔した。


「良く似合っている。贔屓目を除いても今夜一番美しいのはリヴィアだな」


まるでメリナのようなことを言う。


「お父様が下さったドレスの力ですわ、本当にありがとうございます」


「いや、着こなす者の美しさがなければ映えないだろう。──リヴィア、王への謁見については分かっているな?」


「はい、お父様。緊張致しますが……」


王への謁見では、祝福の他に潜在魔力を見るために、王が水晶を差し出す儀式がある。そこに手をかざし、水晶は魔力の強さによって色が変わる。男性ならば力が強いほど濃い紫色に変化し、女性ならば力が強いほど赤味がかったピンクに変わる。


「お前ならば良き結果を出せるだろう。あとは初めての夜会を楽しんできなさい」


「ありがとうございます、お父様。ご期待に添えるよう努めますわ」


「馬車は私が使っているものを用意させた。乗って行きなさい」


「重ね重ね感謝致しますわ」


お父様が使う馬車といえば、この家で最も良いものだ。美しい白馬に引かせ、乗り心地は優しくて快適だと聞いていた。


「さあ、そろそろ行きなさい。馬車は身体に負担をかけないように、ゆっくり引かせるよう命じてある。余裕を持たなければ遅刻するからな」


「はい、お父様。行ってまいります」


所作の通りにお辞儀をして、微笑んでから部屋を退出する。私の微笑みに、お父様が慈しむような眩しいような表情を浮かべて目を細めた。


ウィルドが馬車まで付き添い、私が乗り込むのを確認して、走り出す馬車が見えなくなるまで見送る。全ての人の謁見を終えるまでに時間がかかるため、まだ日没前だけれど、馬車の中の静けさと単調な音、揺れに、既に一日の終わりへと向かっているような錯覚をおぼえた。


それにしても──私は水晶を、どのような色に変えられるだろう?


あまりにも淡ければ家門に泥を塗る。それは避けたい。


実際には産まれた時に潜在魔力の測定を受けているのだが、何しろ昔の話だ。今では変化もあるだろう。力が強まっていれば嬉しいけれど。


そんなことを、つらつらと考えていると王城に到着した。検問を受け、中へ誘導される。用意された控えの間には令嬢や子息が落ち着かない様子で待機していた。私は見知った顔を見つけて歩み寄った。


「ベリアル様、ごきげんよう」


私と同じ伯爵令嬢のベリアル・グランツェ様は、緊張からか表情を固くして心なしか青ざめているように見えたが、声をかけてきた私の姿を見て表情を緩めた。淡いピンクのドレスが良く似合っているベリアル様は、安堵からか頬に赤味がさして愛らしい。


「リヴィア様、ごきげんよう。お会い出来て嬉しいですわ」


「私もですわ、ベリアル様のドレスは可愛らしいですわね。とても良くお似合いですわ」


「ありがとうございます。あとは、魔力測定でも可愛い結果に終わらなければ良いのですけれども……」


「ベリアル様、自信をお持ちになられて。伯爵家の令嬢としてお育ちになられたのですもの」


私に出来る精一杯の言葉で励ます。迎え入れられる家の格は魔力に応じてのものなのだから、伯爵令嬢であるベリアル様の潜在魔力が弱いはずがない。


「お心遣い痛み入りますわ、──あ、」


「──これより王による謁見が始まります。まずは公爵家より。名を呼ばれましたら謁見の間にお越しください」


壮年の男性が控えの間にやって来て始まりを告げる。いよいよだ。


謁見では、上位の家格の者から行なわれる。ベリアル様ではないけれど、呼ばれてゆく人たちの姿を見ていると否が応でも緊張してきた。


「──次、マーティソン伯爵令嬢ベリアル様」


「は、はい……」


謁見が始まると私語は禁止だ。私は目線でベリアル様を応援して頷いた。


そして。時間にして15分ほどだろうか。ベリアル様が俯きがちに戻ってきた。私を見るなり、すがりつく。


「どうしましょう……望んでいたよりも濃い色になりませんでした……これでは、お父様とお母様に顔向け出来ませんわ」


涙ぐむベリアル様の肩を抱き、かける言葉も見つからず、肩から上腕をさする。伯爵令嬢であるベリアル様が望む結果を出せなかった事に、同じくする伯爵家の私は不安がどっと押し寄せてきた。


「──次、アインバーグ伯爵令嬢リヴィア様」


「あ……はい、かしこまりました」


ベリアル様から手を離し、誘導に従う。そうするしかない。


玉座におわしまします王は右手に水晶の原石を持っていた。腰を低く落とし、礼をする。緊張で膝に上手く力が入らず、よろめくのを抑えるのが精一杯だった。


「アインバーグの娘よ、来たる善き日を祝福しよう。──これに手をかざしなさい」


「はい……」


歩み寄り、両手を水晶にかざす。


脳裡には先ほどのベリアル様が浮かんでいた。


呼吸ひとつ、ふたつ。水晶の色は変わらない。背中に冷たい汗が流れた。


私には伯爵令嬢として望まれている力はないのだろうか?


周囲に控える王族の方々や侍従が見ている。恐ろしいほどの焦りと、自分への失望が込み上げてきた。


「……えっ……」


──その時、突如として水晶の色が変わりだした。淡いピンクから、みるみるうちに赤味を帯びてゆく。王が息を呑む気配と、周囲の動揺が感じられる。けれど、なぜか私の心には幼い頃から夢で見てきた大樹の輝きが大きく存在していた。


「──もう良い、そなたの力は存分に確認出来た」


王が私の手許から水晶を僅かに離す。我に返ると、──水晶は真紅に輝いていた。


「とてつもない力を見せてもらった。今後が楽しみである。あとは暫し休んで夜会を楽しむがよい」


さざ波のようにどよめく周囲の雰囲気。王は鷹揚そうに仰り、私は何が起きたか分からないまま真紅に変化した水晶と玉座に向けて、礼儀作法を守って退出するのがやっとだった。王が下さったお言葉に、なんと返したかさえ記憶にはなかった。


その後も令嬢や子息は呼ばれてゆく。私は控えの間で椅子に座り、促されるままに差し出された冷たい飲み物で喉を潤した。そこで、自分の喉がからからに渇いていた事を実感した。


「……リヴィア様……」


「ベリアル様……」


ベリアル様はまだ控えの間にいたらしい。固まりきった表情で私に声をかけてきた。そこには薄暗い何かを感じさせる。


「……良かったですわね」


「……ありがとうございます」


明らかな妬心だった。その気持ちも分からないではない。だからこそ、慰めなど言えない。


私は立ち上がり、お辞儀をして、ベリアル様に「では、私は夜会の場に移動しますので……」と逃げるように言って身を翻した。


夜会──あの夢が予知ならばムオニナル皇太子様からダンスを申し込まれる。謁見で忘れていたけれど、これはこれで問題だった。


ましたや、王の目の前で水晶を真紅に変えるほどの力を発揮してしまった後なのだ。注目を集めるのは仕方ないにしても、快く思わない者も少なからずいるだろう。


とにかく、謙虚に無難にすごさなければ。謙虚も過ぎれば嫌味になるので難しいところだが。


そうして向かった夜会の場はシャンデリアがまばゆいほど会場を照らし、色とりどりのドレスの令嬢たちが彩りを加えていた。


私は足を踏み入れるなり、その令嬢たちに囲まれてしまった。


「リヴィア様、素晴らしかったですわ。真紅にまで水晶の色を変えられるだなんて」


控えの間から見えたのだろうか?


あれだけの鮮やかな真紅なうえ、輝きまで放っていたのだから目立つだろう。私は程ほどに謙遜して、やり過ごす事にした。だが、集まった令嬢たちからの賛辞がやまない。聖女不在の今、私こそが希望の光だとまで言われてしまう。


せっかくの夜会だけれど、楽しむのは諦めよう。──そう思ったとき、令嬢たちが後ずさり声をあげた。


「──!」


プラチナブロンドの髪に青い瞳。白の衣装はひと目で最高の品質のものだと分かる。歩み寄ってきたのは、ムオニナル皇太子様だった。


皇太子様は圧倒的な存在感を放ちながら、うやうやしく私に手を差し出した。


そうして、言うのだ。


「リヴィアお嬢様、私に記念すべきファーストダンスの相手を勤める栄誉をくださいませんか?」


夢で見た皇太子様と、一言一句変わらないお言葉で。

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