生命の樹を呼べない出来損ないは世界樹に愛される

城間ようこ

プロローグ

地球には、あまたの異次元世界が存在する。


それらの世界それぞれで人間は地球を元にした独自の文化を発展させ、栄枯盛衰していた。


元の地球の世界を正地球と呼ぶならば、異次元世界は裏地球と呼ぶべきか。しかし、ほとんどの異次元世界では正地球の存在は知られていない。人びとは己の生きる世界こそ己の全てとしている。もっとも、それは正地球の人間にとっても同じことだが。


だが、正地球の存在を知り、文化を知り、正地球の地球として世界が成り立っている所以である根幹を理解していた異次元世界が、異端ではあるが存在していた。


その世界は正地球のありようを己の世界でも守ろうと努力し、それゆえに発展を遂げた。


その世界は、正地球との間に、他の異次元世界にはない特殊な繋がりを持っていたがために、それを可能としたとも仮定できる。そう考えられるほど、その世界の発展は正地球と酷似していた。正地球を知る異端の世界なのだから、それもまた不思議ではないのかもしれないが。


正地球では西暦2022年に世界の総人口が80億人を超えた。そして、西暦2050年、正地球の総人口が100億人を超えた時に、正地球を知る異次元世界で──正地球でのとどまることを知らない人口増加という恐るべき事態を反映したかのように──「それ」は産まれたのだ。


人間の概念を超えた人間。


それは進化か、退化か、そもそも 人と言っていいのか。


人びとは当初、遺伝子異常により偶然産まれただけの存在だと考えていた。


だが、産まれ始めた「それ」は人 びとを嘲笑うかのように世界中で 産声をあげたのだった。


──人類は人類の選別が行なわれる時が来たのか?


「生命の樹」なるものを呼び起こせる、子孫はその生命の樹に宿して樹に選別させ産み出させる、男女による繁殖を廃した、新たなるヒトの存在の誕生。「新人類」──驚きをもって、それまでの普通として生きてきた人類は、新たなるヒトを、困惑と限りある研究の果てにそう呼んだ。


新人類が認知される頃には、世の中には既に多くの新人類が産声をあげてしまっていた。彼らは、かつての人類を凌駕する勢いで世界中に広まった。そうして、世界では人間として栄えた本来の人類と新人類の共存が始まった。本来の人類は旧人類とされ、存在こそ許されながらも緩やかな滅びへの道を歩みだしたが、──かといって新人類を廃することはヒトがヒトを廃するという非倫理的な行為であるために、受け容れざるを得なかった。倫理──それを概念としている世界は、確かに正地球を知り、文化を知り、正地球が人類を栄えさせた特異な世界である、その根幹を知る世界だったのだろう。


生命の樹によって子孫を産み出す新人類、男女による繁殖で子孫を産み出す旧人類との関係は摩擦を起こしながらも、最初の産声から100年が経過する頃には一定の関係性を作った。


ここで、ありがちな展開ならば新人類は旧人類を駆逐し滅ぼしていたかもしれない。蔑み、貶めていたかもしれない。


だが、その世界は正地球のありようを知るがゆえに、殺戮や迫害を是としなかった。その世界は正地球の美しい部分を──愛していたのだ。


正地球にも国や宗教による違いで起こる迫害、相互理解出来ずに起こる殺戮は世界全土に広がることまでは無いにせよ存在していたいたのだが、その世界もまた人間同士で常に安寧であれることはないと知りながらも、正地球が地球として栄えた根幹を忘れることなく、正地球が試行錯誤で手に入れようと足掻く美徳を愛し尊んでいた。


それは崇拝の一種だ。正地球という存在を知らなければ、成り立たなかったものが、この世界では成り立つことになった。


──新人類は生命の樹を呼べる。そして生命の樹に新たな生命を宿せる。それは、初めに産声をあげた新人類たちが成長する過程によって立証され、生命の樹を呼び起こすのに必要な条件もまた、時の経過と共に理解されていった。


それは、とてつもなく大きな強い感情だ。時として愛情であり憎悪である。激しい感情に支配を許した時、新人類は生命の樹を呼び起こせた。


だがこれは、かなり厳しい条件だと言える。生命を産み出すほどの激情など、人間といえども人生のうちに多くはない。とてつもなく大きな強い感情、それを認めること。一歩違えれば人間は命を脅かす。


だからだろう、新人類は旧人類を衰退こそさせても滅ぼさずに済み、旧人類は新人類を拒絶しきらずに済んだ。


この、さながら錬金術のような子孫の産み出し方は、結果として新人類を特別な人類にし、容易ならざるがために旧人類を保護した。


世界の時は流れる。未来にのみ進み、時は止まることなく流れてゆく。人類は流れに翻弄されても何とか乗るしかない。正地球を愛する異次元世界は、新人類と旧人類が共に生きながら、その流れを「何とか」したのである。


この物語は、新人類が産声をあげてから定着するまでに至り、そこから更に時を経た束の間の安定期にあって、そこで異端の人生を生きた一人の新人類──新人類の出来損ないと烙印を押された人間の、愛憎と闘いの物語である。

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