第10話 書簡

さて、ここで場面は一転し、ギルドの女頭領であるアルデイアナは以前から何処いずこかの国宛に書を送る為にしたためていたようですが、草稿をいくつも重ね推敲に推敲をした挙句会心の出来のものが仕上がったようです。


そして腹心のシオンを呼び―――


「お呼びでございましょうか。」

「うむ、かねてから構想を練っていたものがようやく形容かたちとなったのでな、早速かの地へと跳んでもらおうと思うておる。」

「然様ですか、うけたまわりました。 さすれば、この一命賭しましても必ずやこの大任をば果たして御覧に入れます。」

「(フフ…)これ、紫苑。」

「は―――」

「その意気込み、分からぬではないが我らの“夢”は未だ始まってさえもおらぬ、ゆえに『一命を賭す』などという言葉、軽々しく使うではないぞ。」

「(あ…)これは失礼をいたしました。 では―――これより急いで参ります。」


「うむ…頼んだぞ。」


現在彼女たちがその根城としているのは、盗賊や野党、追剥ぎやゴロツキなど…世間体から見てもあまり風体の良くない者達がたむろをしている『夜ノ街』と言う所でした。 そこでアルディアナはギルドの頭領として収まりシオンはその腹心として暗躍をしていた…そこへ世間知らずもいいところのアリエリカが加わったところでアルディアナの心に変化が生じ、とある国への書簡を宛てたのです。


一体どこへ――――?


「あっ、これはシオンさん。」

「ああ…これはアリエリカ様に―――」

「みゅ!」 「みぅ…。」

「あなた達も…それで、今日はどうされたのですか。」

「いえ、ただこれからアルディアナさんをお伺いしようと…それよりシオンさんはこれからお出かけなのですか?」

「はい、ちょっとこれからアルディアナ様の下知でお使いに…」


「(えっ?)」


「そうでしたか…今からアルディアナ様を尋ねられるのですね。 あの方もここのところお忙しかったものですから、そこをアリエリカ様が尋ねになるとなるとさぞかしお喜びになるものと思います。」

「は、あ…。」

「それでは―――私はこれより火急の用がありますので、これにて失礼します。」


執務室より一歩出たところでアリエリカとコみゅ・乃亜達がいたようです。

そしてここでは軽い挨拶程度で済ませておくつもりだったのですが…しかし今、自分がうっかり使ってしまった言葉に気付かないまま、その場を去ってしまったのです。

では、その『うっかりと使ってしまった言葉』とは?


「(あの方…ナゼ今『下知』などという言葉を?宮仕えなどでなければ出てきそうもない言葉ですのに…)あら、いけませんね―――他人の詮索など決してよろしいことではありませんのに…さ、それでは参りましょう。 そう言えばあなた達はアルディアナさんにお会いするのはこれが初めてでしたね。」


そう、それは『下知』という言葉だったのですが、アリエリカはそんな疑問もそこそこに頭領であるアルディアナと会うようです。


「おお、これはアリエリカ殿、丁度よいところでした。 妾もこれより一息入れようとしていたところなのですよ。」

「あら、そうだったのですか。」

「こんちは―――ですみゅ!」

「…です、みぅ。」(もじもじ)


「お・や?!アリエリカ殿…こ、この子らは一体?」

「ほら…ちゃんとご挨拶、するのですよ。」

「ハイっ!え~~っと…あたし、フェザーテイル・フォックスのコみゅですみゅ!」

「あたちは…同じく妹の、乃亜いいますみぅ…。」

「(え?)フ…フェザーテイル・フォックスとな? そ、そなたら…よもやスピリッツ―――人外の者なのか?!」

「(あ…っ)ち、ちょっとダメじゃない、コみゅちゃん、乃亜ちゃん。」

「えっ?どしてですかァ?」(キョトン) 「ワケわからん…」

「(ど…どうして―――と言われても…)こ、困りましたわね…」


「(ま…まさか、人外の者がこの街を出入りしておったとは…)説明して…もらえませぬか、アリエリカ殿――――」

「……はい。」


そしてこれが初対面となるアルディアナとコみゅ・乃亜の三人。

その登場も可愛らしく、アリエリカの背後からひょっこりと二人同時に顔を出し、中々に強い印象をアルディアナに与えたようです。


―――と、ここまではよかったのですが…


コみゅが自分達を紹介する折に言わなくてもいいことまでも言ってしまったようなのです。

そう…彼女等の種属『フェザーテイル・フォックス』と…

スピリッツ―――精霊の一種で例え人畜無害とは言え『人外の者』、今現在知り置くまではこの町には人間いないと思っていたアルディアナも驚いたものだったのです。

それにこの事実にはさすがのアルディアナも目の色が変わってしまい、この説明をこの子達を伴い連れてきたアリエリカに求めたのです。

しかしアリエリカは別段これといって臆した風もなく、こうなった経緯いきさつをアルディアナに話してみたのです。


「成る程―――そうした経緯けいいが…」

「はい…。」

「いや、そうとは知らず妾もそなたらを色眼鏡で見てしまおうことになろうとは、恥ずかしい限りじゃな。」

「いえ―――そんなことはございません。 わたくしはアルディアナさんならきっとご理解いただけるものと、そう信じておりましたから。」

「いや、これはかたじけない。 アリエリカ殿にそう言ってもらえること―――それだけで救われた気持ちじゃ。 そなたら―――コみゅに乃亜殿…こんな妾じゃが仲良うしてはもらえぬじゃろうか?」


「いえ、こちらこそ喜んで―――!」

「…喜んで。」


『色眼鏡で見る』―――つまり『スピリッツ=人外の者=人間に危害を加える』という先入観をして見てしまったことに羞恥を感じてしまったアルディアナ、それゆえにまずはそのことを深く詫び、その上で改めて和解の申し入れをしたのです。


「(いやはや―――それにしても毎度の事ながら驚かされる限りじゃ…このお方の生まれついての性格もあることなのじゃろうが、『皇の御魂』が真に目覚めた時にはどのようなものになるのじゃろうか…見てみたい―――今は叶わぬやも知れぬが、見てみたくはあるものよ…それであるがゆえに、頼むぞシオン―――!)」


時代が―――『歴史が動く』とはまさにこの事を云うのでしょうか。

たった一通の『書簡』が、『運命』という名の『時機とき』をのせ、一路フ国の都ウェオブリへと急いだのです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方で―――かのラー・ジャの竹林の庵では主の命に従い、各地に散らばっていた猛禽たちが各々が収集した情報エサの報告をしあっているようです。


「タケル―――いや、主上。 『キョウ』以下5名只今帰巣いたしました。」

「そうか…5名か、7名全員揃わなかったのは残念ではあるが…その二名の事に関しては多くは言うまい。」

「は―――…代わりに『カラス』のシホからはこの通り…」

「同じく『カケス』ルリからもこの通り…」


「うむ、ご苦労。 ところで―――各々の任地ではどのように動いていた、まずはそれから聞こう。」


「それじゃあ―――いの壱はアタシから☆ クーナはさぁ、ここ数年豊作続きでね、義倉やら穀物の蔵とかの備蓄のほうも年々増量されてるよ。 でもねえ―――…やっぱさぁ、ここ数年で或るところからの侵略や略奪が頻発するようになったから軍備のほうも進んでんだよ。」

「(軍備…)その、或るところとは?」

「知れた事…カ・ルマだよ。 あいつ等のおかげ…と言っちゃあなんだけども、このアタシなんかでも自警団の一個小隊の隊長やってたんだずえ? スッゲーだろ?だろ?」


「ふむぅ…成る程、やはりそちらでもカ・ルマ絡み…か。」

「それで、カ・ルマとは当たった事はあるの?」

「な、なんだよぅ、ユミさんヤブカラボウにぃ~。」

「私は、聞いてるの…で―――どうなの?」

「(面倒クサア~~)ガチンコ☆ってな具合じゃないけど、小競り合い程度なら二・三。」

「ふぅん―――それで? 強さとしてはどうだったの?」

「え゛ぇ゛~~?そんなことまで何で一々あんたに言わなきゃ―――」

「その事なら、アタシから話してやろう。」

「お頭―――それで、いかがだったのです?」

「こいつを―――マキを拾うついでに見かけたんだが…アタシから見てもかなり手強い、一個小隊でも師団レベルの強さだ。」


「そ―――そんなに?」

「それほどまでとは…」

「まずいですわね…」


「でも―――それは“武”のみを見させてもらって言える事…」

「つまり…それは計略や策で抵抗された場合には、非常に脆い…と?」

「はい、今の段階では。 でも、そう言えるのもほんの一部を見ただけなんで…」


まず先行して報告したのは“元気”が取り得の『モズ』マキから。

彼女の任地は『世界の穀倉』とも呼ばれているクーナ国、この国での近況を余すことなく報告したようです。

しかもマキはクーナ国が臨時的に組織した『自警団』の一隊の隊長を務めていたこともあり、その間にカ・ルマ国と見られる略奪者を相手にしており、現時点での当該国の戦力を知っておこうとしたのです。(その最中さなかにでも兵一人一人の強さは分かったようですが同時に策略に弱いことも分かったようです)


       * * * * * * * * * *


「それでは次は私から。 サライは相も変わらず穏やか―――と、言ったところです。」

「まぁ、あそこは『非戦』『非暴力』を“売り”としているところだからな。」

「はい―――そう言った処からも布教活動のほうが活発なようでして…」

「年々マハ・トマの信者は増えていってる―――って言うからね~☆ あ、そうそう…そいえばさぁ、クーナでも信者が30戸くらい増えてたってよ☆」

「でも―――それだけなら別に脅威に値するとは思えないけど?」


「そいつはどうかな?」


「えっ?タケル様?」

「確かに―――宗教の信者それ自体が増える…と言う事は別段脅威でもなんでもない。 ただ一つ危惧しておかなければいけないのは、そういう教義を持つ者達に対してのカ・ルマの出方だ。」

「は―――はぁ…」

「そう言う者達もまとめて考えねばならない…と言う事は実に厄介なことだが、こればかりは『天佑』に頼るしかなさそうだな。」


続いては宗教国家『サライ』に潜っていたシズネから…彼女の報告には一聞して危険そうには聞こえないでいたのでしたが、いにしえの歴史を研究していたタケルは皇の統一が遅れた原因には彼の宗教がそこに深く関わっていたのではないかとしていたのです。 それもこの戦乱の世の中で、国家単位で『非戦』『非暴力』を訴えかけることがどんなに危険かと言う事を…


しかしそれだけならば良かったのですが―――


「あぁ…あとそれから―――」

「(うんっ?)まだ他にあるのか?」

「はい―――まぁさほど重要な事とは思われないのですが、一応はお耳に入れておいたほうがいいと思いまして。 実はこの事自体は副長も存じておいでのはずなのですが。」

「まさか…?!」

「はい…『第三の勢力』にならないとも限らない『ゾハルの主』の事です。」

「(『ゾハルの』…)それは真か?!」

「はい…私がじかに取り次いだ折に―――『ここの教皇にゾハルの主が来たと言えば分かる』と、そう言われまして。」

「おいおいシヅネちゃ~ん、それってガセなんぢゃないの?☆」

「私も―――初めはそう思いました…ですが、教皇兼国王のナユタの顔を覗うにあたり、そういう疑いが晴れたのもまた事実。」

「―――と、言う事は…」

「はい―――その者とナユタとが何を話したのか…その内容までは分かりませんでしたが、あの会合の後ナユタがひどく気落ちしていたのは事実なのです。」


「(ふむぅ…)あのハイ・エルフが…か、それは実に興味深い話だが、だとするとその自称を『ゾハルの主』とした者の正体はとんでもない大物かも知れんな。」

「はい―――そのことに関しては引き続きの調査をしたいと思っております。」


白雉ハクチ』であるシズネが『ヌエ』ことユミエと接触を図る以前に訪れた存在―――この大陸では伝説にもなっているという『ゾハルの主』をする者…ただ、自称するだけではそうそう脅威にもならないのですが、サライの教皇兼国王であるナユタが、彼の者との会談を終わらせた後、顔色が優れなかった―――この事をタケルは『もしかすると』と言う前提を頭の隅に置かなくてはならなくなったのです。


        * * * * * * * * * *


「それでは―――続きましては私から。 ハイネスブルグは北に『クーナ』、南に『ヴェルノア』と挟まれてはおりますが、そのどちらとも上手くやっていっているようです。」

「うむ、『大陸随一』と呼ばれる穀倉地帯を有している国と、『軍事力一』の国家に護られているようなものだからな、あそこは。


「はい…それとあの国では女性の台頭が著しく、国政の中心をほぼ女性の官僚が占めているようでして、中でも著しいのは『雪』『月』『華』を冠する将校でして……」

「ほわ~☆女中心てその国の男どもはなにしてるんだあ?」

「国王ヴェルトシュメルツは男で、大臣も男はいるのですが…そのほとんどは代々の家名を―――と言う有り様でして、そこへ国を憂慮する有能な女性たちが立った…と。」

「確かに、家や国を興した者はやはりそれだけの力量があったのだろう、だがその能力が“嫡流”に流れているのかは疑わしい話しだ…斯く言うワシがそうだったのだからな。」

「これは失礼な事を…けれどあなた様は決して無能などでは―――」

「そこはもうよい、過ぎた事だ…何よりワシは護らねばならんお人に護られてこの生を繋いでいるのだからな…」


そして今度は『オオトリ』レイカの報告。

彼女が潜んでいたのは『ハイネスブルグ』、この国は周りを『農業大国』と『軍事大国』に挟まれており、何の心配もなく生活を送ることができた…なにも汗水を流して土や泥にまみれることもなく、してや武器片手に闘う事もなかった…言わば永久とこしえの平和がそこにはあった―――…

けれどは真の意味での平和とは程遠かった…いつしかその国の男連中は“闘う”事をしなくなり、結果国の衰退を招いてしまった…そこを憂慮した王の后が思い立ち、有志ある女性たちを集めて国家の屋台骨を支えるようになったのです。

その中でもここ最近頭角を現してきたのが、『雪』『月』『華』を“宿”に持つ女性将校だったのです。(しかもこの彼女達は武の腕もさながらにして国政も担う“一人二役”をこなしているのです)


「すみません主上―――それからもう一つ…実は“お山”の事が出たついで―――と言ってはなんですが…」

「まさかそれは“お城”の事か。」

「はい―――あの一帯は皆も知ってのように不気味な噂が絶えません。」

「あの…『血溜りの谷』。」

「そうです、あの近辺の者はあの一帯を『吸血鬼ヴァンパイア』の縄張りとして恐れて近付こうとしないのですが…それでもあの谷や『迷いの森』で行き方知れずになる者達の噂は絶える事がないのです。 それに…ご多分に漏れず迷った者は必ず干からびた屍骸となって見つかるのが常でありまして…」

「うヒ~~こわぁ~~★」

「でも……それは別に無闇矢鱈と『人を襲う』と言う事はしないのよね?」

「あ…言われてみれば――――事実あの怪異の森より奇跡的に抜け出れた者もいることですし…」

「―――と、言う事は…つまり」

「つまり『もう死んでしまった者』や『今にも死にそうな者』がその吸血鬼ヴァンパイアとやらの手によって天に召された―――という解釈のほうが合うといえば合うか…」

「そう―――とも取れますね。」


そしてもう一つのレイカの報告―――それは“お山”に対する“お城”の存在。

事実としてこの大陸では『吸血鬼ヴァンパイア』なる者の存在性は確認されていました、それに彼の者達の伝承についても違わなかった……そう、あまねくの『生者の敵』―――生きとし生ける者の生き血を啜り、それを生命の等価として蓄える…だからこそ吸血鬼ヴァンパイアは不老不死であり永遠に近い時を紡げる存在と信じられていたのです。

ですが、シズネからの報告にもあったように、一度ひとたび入れば熟練の探索者シーカーですら迷い、挙句に生命の危険に陥る―――と言う実績のある場所で奇跡的に確認されている屍骸なきがらや白骨死体などが、『グール』や『ゾンビ』『スケルトン』にならないでいるのは吸血鬼ヴァンパイアがそう言った者達の無念すらも喰らっていたから…?

それが本当だとすると今まで自分たちが信じていた伝承そのものを見直さないとならないのですが……


         * * * * * * * * * *


「では最後になるが―――『フ国』の事を調べていたのは誰と誰だ?」

「はっ―――この『白雉ハクチ』と。」 「『オオトリ』めにございます。」

「うむ、ではその成果をつまびらかにしてもらおうか。」


「それではまず―――私達二人からして意見が一致しているのは、かの国は以前とは違い遥かに弱体化しつつある―――と、言う事です。」

「『弱体化』? それはどう言う事?」

「はい…それはかの国の国王が既に年齢的にもお年を召されているから…と、言うことです。」

「しかも―――哀しむべきは次代の世継ぎが『暗愚』である事…」

「確か―――あの国には子息が二人いたはずだが?」

「はい、確かに主上のおっしゃられる通りです。 ですが―――嫡流であるはずのヒョウぎみは生来よりお体が余りよろしくありません…」

「そこで目下の処重臣達の間で持ち上がっているのが次兄のホウぎみ擁立ようりつです。」

「えッ? でも―――ホウぎみってまだ幼ないじゃあ…」

「まさか―――」

「その通りです。」

「そしてこれも、吾等二人の一致しているところ…」

「つまりは、どちらを擁立たてたとしても、自分達の思いのままに出来る…という肚か。」

「そうです。 そして―――頼りない君主を祀り上げた後は自分達の思うがままにまつりごと壟断ろうだん出来るという事…」

「それこそは―――そこにはかつての『中華思想』とはかけ離れた…実にいやらしいまでの駆け引きがございました。」


「(…)危ういな―――」

「なんだって?タケル。」

「危うい…と、言ったのだ。 かつては総ての中心にあり、その国を軸にして動いていたものが今、まさに二つに割れようとしている。 そこを第三者につけこまれると…脆いぞ。」

「どしてー--?☆」

「それは…恐らく『フ国』が、この大陸の中心であり、“文化”“経済”“軍事”の―――文字通り『中心』だったからよ。」

「そう…それゆえに各列強の『力の均衡パワー・バランス』が取れていたのだ。 それを列強のいずれかが介入してみろ、その均衡は見事に崩れ―――」

「大勢は一挙に傾く―――と、言うわけですか…」


そして最後にこのガルバディア大陸の中心を担う『フ国』の事を『白雉ハクチ』シズネと『オオトリ』レイカの二人が報告したのです。

しかしそこで聞かされたのは、総ての中心―――『中華思想』の源であった国の衰退化…しかもその国を二分割するほどの、まさに水面下の争いがあった―――との事なのです。

でもそれは、一番に危ぶまなければならない事―――第三者の介入…それも一番に危険視しなければならない国カ・ルマの事を暗示していたのです。


これが以前の…まだカ・ルマが列強として成り立つ前の状態だったら、誰しもが頭を痛める必要などなかったものなのに…

けれどここで、かつてはラー・ジャの『王佐の才』とまで呼ばれた男の口から出た言葉とは…


「(フッ…)だが心配には及ばない。 打てる手はある。」


「(えっ?)」 「(なんと?)」 「(『打てる手』とは?)」 「(どゆこと?)」


「大国が2つに割れて弱体化するようであれば、その禍根を断てばよいまでの話し―――例えば…そうだな……かの2人の子息に成り代われるような新たな主君を頂く……とか、な。」


「そ…そんなことが出来るというのですか―――?!」

「そうです―――しかもそれではフ国内外にも波紋が…」

「主上…まさか―――主上がそれをおやりになるおつもりで?」


「(フフフッ…)これ、冗談はよさんか。 ナゼにワシ程度の器がこの世の総てを統べれる者になれようか。 他に適任者が―――からこそそう述べたまでだ。」

「―――では、そう言う事が出来る方を、既に主上は存じ上げていると?」

「(…)ああ―――知っている…そういう、まるで絵空事のようなことが出来るお方を…ワシはたった一人存じ上げている―――」

「そ―――それは?そのお方の名は?」

「残念な事ながらそのお方は未だにその強大な能力おちからに目覚めていらっしゃらない―――という事…しかもその能力おちからは一旦目覚めてしまったならば目覚めてしまったで非常に厄介な代物だ。 巨大な運命の波に翻弄されかねん。」

「そ…それほどまでの能力おちからを有するお方が―――」


ほぼこの大陸の中央にあり、今の時点で最大の領有を誇る大国―――フ国、しかし2羽の『禽』の報告によれば、有史以来の5000年間揺らぐ事さえなかった『中華思想』の国が、その根底から揺らごうとしていた事実でした。 しかも大国に使える将官達もこの国がつくられた矜持の事など忘れ、遊興や趣味に耽ったり…その代わりに真面目に剣や学の研鑽を怠った所為で『獅子身中の虫』が蔓延はびこり易くなっていたのです。

ですがタケルには一案がありました。

そんな者達によって大国が2つに割られるようであれば―――その前に確かなる統治力を持つ者に取って代わられる……

その時丁度この事を聞いていたナオミは、タケルが何のことを言っているのか見当がついた…そんな事もあり急に無口になったものでしたが―――それを副長であるユミエは見逃さなかった、そしてこの事がこの大陸の明暗に係るものであることが知れるや―――


「皆、悪いことは言わないわ…今の、主上が言った事…全部忘れて頂戴。」


「はい? なんだよそれ☆」 「副長?」 「どうされたというのです。」


「いいから忘れろ! 余計な情報ネタは持っているだけでも非常な厄介なものよ。 それに総てを…全部を知っていればいいというものではないわ、逆にそんなモノが十分に命取りになりかねないから言ってるのよ。」


「あ…う、うん★」 「分かりました―――…」 「それほどまでにいうのなら…」


そう、そのタケルが『心当たりがある』と言った者こそ、今世の『皇の御魂』を受け継いでいるというあの姫君―――アリエリカ=ガラドリエルであろう事は、諸事情を知っているナオミならすぐに分かった事でしょう。

しかしなまじそういう情報を持っているということは、アリエリカに刺客の手が差し向けられかねない事でもあり…その事をいち早く察したユミエがこのことを忘れるように他の『禽』達にも促したのです。


           ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方で、女頭領アルディアナの書簡をたずさえた者は無事フ国へと入国を果たし、当国の国家元首である『ショウ=フェイル=アレクサンドリア』に面会を求め、それが果たされたようです。


「(ショウ=フェイル=アレクサンドリア;57歳;男性;一見して好々爺に見えるこの男こそ、この世界の誰よりも権力を持つ王)

誰かな―――このワシに面会を求めておる者とは。」


「(イク=ジュン=スカイウォーカー;56歳;男性;この王の側近くにはべるこの男こそ『王をよくたすくる者』)

は―――こちらの方にてございます。」


「ははっ―――…」


「(ふむ…)ん? おや、そなたは…」

「お久しぶりにございます―――閣下。」

「おぉ! 誰かと思えば、ヴェルノアの才女の臣下、コーデリア殿ではないか! これ…近こう近こう!」

「ははっ―――では、お言葉に甘えまして…」

「うむうむ―――して、何用でここに参ったのか…いや、それより公主殿はつつがなきか?」

「はい、公主様も日々閣下の身の事を案じておる次第でございます。」

「おお…そうか、そうか。」

「それから今日こんにちこちらに参ったのは、その公主様からのお下知で参内さんだいした次第でございます。」

「ほぅー--なんと、公主殿からの…うむ、よかろう、して何用か?」

「はっ―――その詳細は、こちらにございます。」


なんと…この国で―――というよりか、この大陸で一番に権力のある王の前で、一つも臆した処もなく実に親しげに会話をするシオン…しかも今の会話よろしく、お互いに面識のある者同士…とも取れなくないのですが、今の会話の中でお互いに『公主』という敬称が出てきたのですが…一体誰の事を言っているのでしょうか?


それはそれとして―――ここでシオンはアルディアナがしたためた書簡をショウ王に手渡したのです。

するとそこには、季事の挨拶から社交辞令の文言はもとより、とある重要な事項がつらつらと書き記されてあったのです。


〘拝啓、涼秋の折つつがなくお過ごしの事と存じ上げます。

さて、真に不躾ながらも早速本題に入らせて頂きとうございます。

実は閣下に一目逢わせたき人物がおるのでありますが、いかがなものでございましょうや。

この人物は妾の如き粗野なる者ではなく、才色兼備を地で行った者でございまして、弊国に埋もれさせておくには勿体無い事と思い、貴国に召抱えてもらえぬものかと思い、急ぎ筆を取った次第でございます。

どうか一目だけでもお逢いになって下されますよう―――かしこ


追伸;余談ではございますが、ご子息のヒョウ殿のお身体の加減はいかがなものでございましょうか。 幼い時分にはよくお会いしていたものですので、御身おんみを大事になされて下さいとのむね、公主がしていたとよろしくお告げくださいませ。

                      ~アルディアナ=ヴェルノア~〙


この文面を見た王と重臣は――――


「(……)なんとも―――ありがたいことよ、のぅイク。」

「はい…病弱のヒョウ様の事を気にかけて下さるとは・・・。」

「うむ、それにしてもなんとも惜しい事よ、ワシはこのよわいになるまで欲しいものは総て手に入れてきた―――だが、残念なことにワシに代わる世継ぎは終ぞ手に入れられなんだ…公主の如き者がワシの世継ぎであったなら、この身も安心して余生を過ごせるというものを・・・」

「殿、滅多な事をお口にされては―――・・・」

「おっ!おぉー--そうであった。 コーデリア殿、今のは単なるこの老いぼれの戯言ざれごとじゃ、聞き流して下されよ。」

「いえ―――とんでもございません。 斯様かような事を私が公主様に告げたとあっては逆に私めがそしりを受けるやも知れません。 今の話し・・・お互いに聞かなかった事にさせて頂きとうございます。」

「む、そうか―――済まぬのぅ…。 なぁイクよ、ワシは公主殿の意見広く用いたい気持ちではあるが…」

「それは殿のなすがままにされたほうがよろしいかと…この愚臣の意見などあってなきが如しですから。」

「そうか―――あ、いや、判った。 すべからく了承したとのよし、公主殿によろしく伝え於かれたい。」

「ははっ―――ありがたく、うけたまわってございます。」


こうして―――万事は滞りなく終わり、下地の準備は仕上がり、あとはショウ王とアリエリカの会見を残すのみ――――と、なったのです。




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