第18話 エピローグ1
事態に大きな進展の無いまま一週間が経過した。
発端である魔女、霧島 夏帆への聞き取りは加賀谷が担当し、狼男との連絡は藤堂に任せた。アキト先輩は相変わらずゲリラ的に俺へ絡んでくるし、週の半ばにはハルナ先輩も退院して通学を始めている。当人はやや過剰な検査入院だったと主張しており、実際に体育の授業も普通に受けているらしい。
『のせっちゃんって文学男子だったの?』
『いや、文学には然程興味は無い。俺が読みたいのは科学や歴史関連の書物だ』
俺は図書委員となった。
壮絶な競争率を勝ち抜いたのは他でもない、最初期の浮付いた空気の中で主導権を握り、対抗馬を蹴落とした俺の政治手腕に拠るものだ。最終的にじゃんけんという武力衝突はあったものの、三タテを達成した俺へ文句を言える者など誰もいない。
『うわぁ、受付やってる間に寝ちゃわない? 私、カツオくんの貸してくれるラノベ読んでてもたまにやるんだけど』
『そういえば入り口近くの本棚一つが先達によってラノベ棚になっているそうだな』
『あーそうなんだ。私も図書委員やればよかったかなぁ』
『二人共、図書委員は図書室の本を読むのが仕事じゃないよ』
カツオと
『相原』
『ぴぃっ!?』
『……なぜ逃げる』
『自分の行動思い出して!』
因みに俺は運動不足を嘆いていたハルナ先輩を引き込んで、第二次ウサ子包囲網を展開してみたのだが、誠に遺憾ながら作戦は失敗に終わった。
今回は準備段階からアキト先輩ともホウレンソウを厳とし、周到に準備したつもりだったんだが。
『安心しろ、俺も前回の失敗で身に沁みた。あのようなことはもうしない』
多勢に無勢を謳うなら、三倍程度の戦力差では不足ということだ。
要塞攻めには兵力三倍をと言うが、事は現代戦、十倍以上の兵力を跳ね返した例も少なくない。
今度は加賀谷と藤堂も動員し、次なる作戦への布石としつつ情報を収集、可能であれば霧島に頼んで使い魔も出して貰えればあるいは。
いや、万全を期するなら狼男も誘ってみるか?
流石に兎が狼に勝てる道理はあるまい。
しかし彼女なら、という不安が拭えないのは仕方あるまい。
『何一つ信じられないのはなんでだろう』
『クラスメイトを疑うとは、酷い奴だな』
『クラスメイトを事ある毎に追い回してる人が言って良いことじゃないよっ』
因みにウサ子の委員は……いや、いいか。時に謎を残すことも楽しみの一つとなる。いいか。これは別に伏線でも何でもない。数多くの信じ難い戦績から疑う者も出るだろうが、俺と加賀谷の入念な調査と、アキト先輩や霧島にも確認を取ったが、どうにも相原は何の異能も持ち合わせない一般人であるらしい。中学時代に全国レベルの功績を残したという記録もなかった、ごく一般的な女子高生なのだ。
この場合、高校へ入学してから才能を開花させた、俗に言う『覚醒した』状態なのだろうな。
覚醒には逆境が付き物だと渡井は言っていた。
一体何が彼女をそこまで追い詰めたのだろうか。
『私、そろそろ本気で怒っていいよね?』
『怒る前に聞いちゃうウサ子は、なんだかんだと受け入れちゃうんじゃないかな』
『ウサ子じゃないよっ、宇佐美だよっ』
『そういえばアルティシア、失われた記憶探しはいいのか?』
『? アルティシアってなに?』
『うん、まあ、知ってたけどな』
ともあれクラスについては以上だ。
※ ※ ※
屋上の、徐々に定番となりつつある一角でアキト先輩からパックのヨーグルトを奢って貰いつつ話を聞く。
「今の所は式神使いに動きはないな」
「そうですか」
彼はパックのオレンジジュースを飲みつつ続ける。
「天使も雷も、アレ以来姿を見せない。むしろ、なんだってあの時に限ってわらわら出てきたんだか」
「霧島と狼男との交戦は偶発的なものであったと報告を受けています。この地域を調査していた霧島、この地域に異能者が居ると言われて威力偵察へやってきた狼男、現地の外から来た者同士が偶然遭遇し、戦闘になった」
ならば、アキト先輩を狙っているように見えた天使らも、狼男の関係者なのかという疑いも出た。
「藤堂は後日あの狼男と別の場所で落ち合って話を聞いてみると言っていました。メッセージでのやりとりは便利ですが、文字以外の判断材料が無く、偽証を見抜くのが難しいですから。とにかく、現状天使と狼男は別として見ています」
「魔女さんの方はどうなんだ。その、怪我とかさ」
「元々大事無かったようです。足の捻挫などはしばらく掛かるそうですが、完全に俺の早とちりでしたね」
とはいえ彼女から得られる情報は膨大だ。
逸早く異能の扱い方に気付き、徒党を組んで式神使いの撃退に成功している。
俺が調停委員会のトップを譲り渡す筆頭候補は、彼女の仲間になるかも知れない。
実際、霧島には俺達が異能を持たないことやあの委員会が思いつきのハッタリ組織だとバレている。現状仲間にも伝えていないそうだが、内部への連絡手段を持たない現状として確定出来るのは、今のところ魔女の集いを名乗った者達が俺達のハッタリを本当として扱っている、という所だ。
「荒しを掛けにきた狼男の陣営を過激派、仲間を探しに来た魔女さん側を穏健派、って感じか?」
「えぇ」
「外から見た俺とハルナも過激派だろうな。お前らみたいに話し合う前にぶった切って来た」
迫る危機に仕方なく対処したとも言える。
が、そんな言葉に意味はない。
今後、そういうイメージ戦略を掛けていくことは十分アリだが、現状を確認する段階では余計だ。
「そして天使や式神使いも同じく」
「過激派ばっかりだな」
「だからこそ、異能社会には法が必要です。巨大過ぎる力を振るえる個人がこのまま増大していくと、表の社会秩序が崩壊してしまう」
加賀谷が示した四ヶ月は、全体像が見えない以上かなり危険な賭けとも言える。
早めることは出来る。
が、俺が委員会を牽引せずに会議を執り行った場合、疑心暗鬼に呑まれた参加者が結局散り散りになってしまう。
会議へ参加をすること事態が、その組織あるいは個人にとって方針が定まっていない証拠。
だから強引にでも周囲の意見を取り纏め、向うべき先を示す指導者はどうしても必用になってくる。
言ってしまえば代理となる者が出現すれば即会議を招集しても良い。
もう俺も、委員会を動かしてくれている加賀谷も藤堂も、自分達が主導権を握ることに拘っていない。
代理人の資質を見極める時間は必要になるが。
「崩壊、か」
つい力が入ってしまったのだろう、アキト先輩の持っていたパックからストローを通ってオレンジジュースが飛び出る。
「うおお!?」
「どうぞ、ハンカチです」
「おおっわるい」
ズボンに掛かっただけで良かった。
幸いにも明日は週末、洗濯する時間はたっぷりある。
「洗って返すわ」
「いえ、ハンカチそれしかないので。明日は出掛ける予定がありますし」
そか、と言って感謝を添えつつアキト先輩がハンカチを返してくれる。
それから、深いため息を落とした。
「……俺は正直、お前の危惧ってのがよく分かってなかった」
「協力要請をした後で、異能の危険性については話しましたよね」
制御出来ない力はそれだけで危険だ。
発動条件は未だ個人の感覚の中にあり、表出した力の一部しか俺達は認識出来ていない。
呼吸、視線、発音、集中、怒りや悲しみや、指先の動き、組んだ手の形、あるいはふっと意識を遠退かせるような、理性の減衰か――――それら個人個人の方法の根にある、力を発揮する為の根源的な法則性は未だに見えていない。
異世界転生は起きた。
異能は存在した。
異能者達は争い合い、生じた歪みは世界を狂わせる。
「けどなぁ」
なまじ一年近く気侭に振るっていただけに、アキト先輩には危機感への抵抗もあるだろう。
二つを結び付けて考えることにも無理があるのかも知れない。
「可能性を考慮すべきでしょう。戦闘があった当時、駅前では大きな自動車事故が発生していた。その際に発生していた通信障害。報道では、信号機や車の制御装置にも異常が検出されたとか。そして最初の遭遇後にも同じような通信障害。相手の異能による妨害という可能性はまだ捨て切れませんが」
それでも、怖れなければならない。
異能を。
この世界を築いている物理法則、それを歪める危険性。
俺たちがここに立っているのさえ、重力という物理法則が正常に働いているからだ。
「一週間前、あの戦闘があった日に、箕ノ原市内を走行中だった電車は機器異常を起こし、暴走した後に三つ先の駅手前で脱輪……死者六十八名、負傷者三百七名という大惨事を引き起こしたんですよ」
※ ※ ※
駅前の電光掲示板が幾度も幾度も同じ言葉を流し続けていた。
構内から聞こえてくる駅員の放送は電車運行再開の目処が立っていないことを伝えており、バス停には未だに長蛇の列が出来上がっていた。タクシー乗り場も同じく。ベビーカーを押す主婦と、中年の男とが揉めている声が聞こえてくる。
警察は、居た。
そもそも朝からの事故で現地に居たのだから。
けれど近くで起きている揉め事を放置していることが余裕の無さを現している。
見ている間にまた一つパトカーが現場を離れていく。
三つ先で起きたという大惨事に狩り出されたのだろう。
当時はまだ詳しい情報が出ておらず、死者が出たらしいことと、何らかの電車事故が発生したというだけしか分からなかったが。
残された中年の警官が必死に交差点脇で誘導を行っている。
脇に寄せられていた筈の自動車が増えていた。
なぜ、と問うまでもない。
過剰なまでに、減速して走行する様にスピーカーで訴える警官。
見れば、交差点中央付近に未だ赤い色を残す痕跡がある。
バス待ちをする客も、果たして乗って良いものかと不安そうに話しているのが聞こえた。
「加賀谷」
呼び掛けて、彼女は霧島を病院へ送る為に別行動中だったことを思い出した。
狼男とも現地で別れている。
「藤堂」
「はい」
彼女は、落ち着いていた。
当然だ。
「無線機などの用意に駅前へ戻った時、既に事態を知っていたな」
「はい」
言い訳はしない。
あの状況で更なる難題を持ち込んだとして、俺達に解決出来る手段は無かった。
二人は、分かった上で最善と呼べる手を打ってくれた。
「……すまない。俺は大丈夫だ。行っていい」
「失礼します」
早足で俺の脇を抜けて行き、藤堂は手近な警官へ声を掛けると、遠くで手を振る胴着姿の男衆に目をやった。
彼女の家はこの地域で事件などがあった際、自警団的に活動を行うという話だ。
次々と脱輪事故現場へ人が引き抜かれる中で、外部から一定の信用が置ける人員を補充できるのは大きな意味がある筈だった。
「警官が使ってる無線機、俺らが持ってるのと同じ奴だな」
ふとアキト先輩が呟いて、ようやく俺も気付く。
既に通信障害は収束していたが、いつまた連絡手段が奪われるかもしれない。近距離でのやりとりはあの無線で行っているのだろう。
なんとなく、加賀谷の入れ知恵な気がした。
藤堂を仲介すれば教えるくらい訳はない。
その上で十数個の無線機を確保してくれたのだから、一定の成功を収めた今となっては感謝するしかない。
「余ってた奴、あげちゃっていいか?」
「えぇ、そうしましょう」
藤堂と話していた警官へ駆け寄り、レジ袋に入った無線機を渡すと、若手の警官は涙を滲ませて感謝してくれた。
なにか手伝えることはないかと藤堂にも尋ねたが、この混雑では指揮系統のはっきりしない一般人を無作為に組み込むほうが危険だとして、むしろ家へ戻って静かに過ごして欲しいと頼まれてしまった。
「帰るか」
「はい」
式神使い相手なら、狼男相手なら、あるいは天使とだって戦えたかもしれないアキト先輩も、事故現場ではなんの技術も持たない高校生でしかなかった。
二人揃って、何も出来ず、逃げるように駅前から離れて行った。
※ ※ ※
あれから一週間、箕ノ原駅には一台も電車が訪れていない。
事故現場はようやく周辺道路の整備が終わったとかで、これから徐々に車輌を取り除いていく予定だ。
ただ、脱輪後そのまま駅へ突っ込んでいる為、駅ビルの一部に倒壊の危険があるんだとか。
事故収束にどれだけの時間が掛かるのか、俺達には想像もついていない。
「はぁぁぁっっ……!」
屋上の柵に捕まったままアキト先輩がぶら下がるようにしてしゃがみ込んだ。
「よし」
何をどう納得したのか、立ち上がった時には普段の眠そうな目に戻っていて、俺は少し安心する。
「帰るわ」
「えぇ。帰宅部は帰るのが部活ですから」
既に時刻は放課後。
俺もそろそろコハルを向かえに行かなくちゃならない時間だ。
思っていたら校舎への扉が開け放たれた。
髪の長い少女が駆け込んできて俺達を見付ける。
「あー、アキトやっと見付けたー。あれ?」
「アキト先輩をお借りしています、ハルナ先輩」
「ジンくんだー。やっほー。どうしたの? アキトに因縁付けられてる?」
「ハルナ、誤解を招くようなことを言うな。俺が後輩に因縁付けられてるんだ」
「こんなにも従順で気弱な後輩へ向けてなんという暴言ですか。ハルナ先輩、殴っていいですよ」
言うな否やハルナ先輩は躊躇無くアキト先輩のわき腹に拳を入れた。
「せいっ」
「痛ったあ!? おい後輩、こいつ下手に煽んな!?」
今のは嘘を付いたアキト先輩が悪いので、素直に制裁を受けてもらいたいものである。
「それでは先輩方、末永くボーイミーツガールしていて下さい」
屋上を舞台に繰り広げられる物語にも興味はあるが、俺は確かに平穏を選んだのだ。
例え周囲から与えられたものであろうと、目の前に途方もない混乱が迫りつつあるのだとしても、あの日、家に辿り着いて胸に抱いたぬくもりは捨て難くて、心地良いのだと分からされた。
決断と呼ぶには周囲も俺も揺れ動き過ぎているが、今頭に浮かんでいるのは異能を持つ先輩二人と共に謎の敵を追う物語でも、前世の配下と共に裏社会に覇を唱えていく物語でもない。
明日こそ、コハルにお出かけ用の鞄を買ってやって、そのまま動物園だ。
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