第53話 初期化と再起動の術式
「ボニ様、私の体からは魔力がどんどんと抜けていき、私がこのまま消滅してしまったら術式の秘密は守られるのです」
「ですが」
「ボニ様しっかりなさいませ。ボニ様がいなくなられては、村で待っておられるというたくさんのお友達やデュラはん様が悲しんでしまいますよ」
皇后様の声はまっすぐに僕に向けられていた。
キヴィタス村とみんな。不意に思い浮かぶ懐かしい顔。もう随分帰っていない気分だ。こんなに長いをするつもりもなかった。
「それにこれはこの領域の神子としての私たちの役目です。考えてもみてくださいませ。今回の破損がなければ、そしてボニ様がこちらにいらっしゃらなければ、アブソルトの封印はこのまま放置されることになります。そうなればラルフュール様は200年後に居られなかったかもしれません。つまりボニ様の破損はこの領域にとって必ずしもマイナスばかりではないのです」
「そうだぞ、ボニ。お前はまるで自分のせいのようにグチグチ述べるが、結局これはこの領域の問題なのだ。だから我々が解決すべき問題にすぎない。我らとて領外の者に任せておいて『何があったかわかりません』では困るのだ」
この領域の問題?
僕は。でも。
「デュラの言う通りだ。本当に頭が硬いな。そもそもだな。お前、デュラをどうするつもりなんだ」
「デュラはん?」
「あんな魔物の首だけで領境を超えられるわけがなかろう。当然ながら私の部隊の者も故郷には連れていけぬぞ? 他領の王族や軍部が魔物を他領に持ち込めば戦争ものだ。畢竟デュラは故郷に帰れぬ、それでよいのか?」
「それは……」
「それにな、うーん。言うとデュラが怒るようにも思うが、お主が危険と知った時の取り乱し用はなかなかだったぞ。戻らねばこの山の神殿に戻ってでもお主を探す勢いだった。今も無理をしておるのではないか?」
デュラはん……。今もこの山を巡っている。
教都コラプティオにも僕を助けに単身乗り込んできてくれて、それで体を失って。それで今度も僕のためにまた危険を……侵しそうな気がする。
それはダメ、絶対ダメ。
そもそも僕はここにデュラはんの体を作りに来たんだから!
僕がなんとかしないといけないのに!
「お主がここで死んでも全く意味はないのだ。母上は引かぬ。だからこのままではただ、時間が過ぎて皆が魔力体になるだけの無駄死にだ。早く戻れ。お主が戻ればマルセスがすぐにデュラに連絡を取るだろう」
リシャールさんの声の直後、また新しくアブソルトの回路の破損が発生した。けれどもそれは今までのものよりだいぶん弱かった。デュラはん。
「……わかりました。リシャールさんは先に出てください」
「おい、ボニ」
「皇后様にだけお伝えして、その後戻ります」
「本当だな? 帰らねばまた来るぞ?」
僕が頷くとリシャールさんは聖域を出た。これでデュラはんに連絡をしてくれて、おそらくこれ以上デュラはんが傷つくことはなくて。
「皇后様、あの」
「それ以上仰るのなら、そろそろ怒りますよ? デュラはん様の気持ちを考えたことはあるのですか。残されたものの気持ちを」
「残されたもの」
「私は親子なのに長年リシャールには会えませんでした。それはとてもつらいことなのです。私はデュラはん様を私と同じ気持ちにさせたくはありません。大切なお友達なのでしょう? だからこそあなたは進むべきなのです。どうか約束してください。あなたのお友達と一緒にこれからを歩むと」
デュラはん。いつも僕を助けてくれた。悲しむ? 悲しむかも。
僕もデュラはんがいなくなったら悲しい。そうだ。悲しい。
デュラはんはいつも僕と一緒にいてくれた。
だから一緒なんだ。デュラはんと一緒に村に帰る。キヴィタス村に。僕らの未来に。
「……術式ですが、最初に[初期化]のコマンドを宣言します。そうすると『本当に初期化しますか。初期化によって全ての設定がリセットされます』という確認があるそうです」
「慎重なのですね」
「この初期化によって機甲を含めた術式が全て失われますので。そこで『はい』と答えるとパスワードを入力してくださいと問われます」
「はい」
「パスワードは『バロスダブリューダブリュー』です」
「何か意味があるのでしょうか」
「それはわかりませんが……そのあとの『再インストール』はラルフュール様にお願いしてあります」
「わかりました。バロスwwですね。ではもうお戻り下さい。デュラはん様がお待ちですよ」
そう言って皇后様は少し笑ったような、気がした。
ごめんなさい。僕がいなければ皇后様が今亡くなられることはなかった。
心の中だけでそう謝って、僕は聖域外に戻た。
その途端、体がふわりと浮き上がり、くらくらと気持ち悪くなった。今まで体中を締め付けるような魔力の中にいたから、急に血行が良くなったみたいで開放感で酔いそうだ。ふらふらと目を開けると心配そうなリシャールさんとその肩にひしゃげた粘土人形が見えた。うん?
いやそれどころじゃない。
急いで起き上がろうとするとまたクラクラして、なんとかマルセスさんの手を借りて体を起こすと同時に、これまで感じたことのない揺れを感じた。細長いこの不思議な部屋の机の上に置かれたさまざまな器具がガタガタと崩れ落る。
「ああっ貴重な機材がっ」
マルセスさんの悲痛な声を上げたけれど、そんなことより重要なこと。
「デュラはんは⁉」
「ボニさん、すでに連絡はした。まもなく帝都に戻ってくるだろう」
「迎えに行かなくちゃ。僕は友だちなんだから」
体を支えながらなんとか立ち上がる。
「あ、おい」
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