第37話 カレルギアのアブソルト=カレルギアの伝説
イレヌルタの語る歴史は僕が知っているものと比べて、より詳細な部分と抜け落ちた部分があった。
アブソルトが没したのはアブシウム教国の奥地だ。アブシウムとカレルギアは現在、間に2つの領域を置いて隔てられ、その歴史も隔てられたのだろう。
イレヌルタの話の概要。
780年前、転生者であるアブソルト=カレルギアが魔女様を騙してその豊富なスキルと能力を駆使してこの島のおおよそに魔力回路を構築し、その魔力を我が物としようとした。濃淡はあれど、もともとこの世界のおおよそには魔力が溢れている。この島でも同様で、その時代にはこの『灰と熱い鉱石』の領域の大気にも魔力が満ちていた。
けれどもアブソルトがその魔力回路ですべての魔力を奪い取ったがために突然魔力が枯渇する。それによってこの領域に様々な不具合がもたらされる。その一方で、その魔力を得たアブソルトはまさに無敵で、思うがままに天変地異を引き起こし、全ての生物や無生物の生殺与奪の権をその手に握った。
結局、アブソルトはその強大な力を扱いきれず、膨大な魔力を制御できずに1週間で自壊した。そして速やかに4人の魔女が現れてアブソルトを討伐し、この島をそれぞれの領域に分割して各地の魔力の安定が図られた。もともとこの巨島を管理していた『灰色と熱い鉱石』の魔女とアブソルトの生まれたカレルギア帝国を現在の領土に押し込められた。
それ以降、島は5つに分断され、カレルギアは魔力が枯渇する特殊な土地となった。
魔力の枯渇という環境の激変は、『灰色と熱い鉱石』の領域の様相を大きく変化させた。
わずかに残る不安定な魔力はその濃度差によって火山の噴火や竜巻などの災害を引き起こした。かつての豊かな緑は失われ、そこでは強大な魔力を自ら生み出しコアとする龍種と過酷な環境下でも生存可能な竜種を始めとした強靭な魔物、そしてわずかな魔力を操るためのアブソルトの術式を知る人間以外は生存し得なくなった。
そのうち、龍種と人間が協定を結んだ。
人間はこの領域において諸悪の根源たる術式を封印し、龍は弱体化する人間を守るために人里に降りようとする竜種を始めとする魔物を駆除することとした。そして人間は神子を、龍は神官を1人ずつ出し、魔女が目を覚まし領域の安定がはかれるまで見守ることとした。
それから数百年たつうちに、人間の間では神子を出すということ以外の伝承は失われ、術式は魔石から魔力を取り出すという範囲で利用されることになるのだけれど、それは大気中の魔力を消費するものではないため龍種からも問題とされず放置されている。
イレヌルタはすでにここで300年の間神官を務めているが、現在のところ魔女が復活する兆しはないらしい。
これがイレヌルタの語るこの領域の姿。
「僕の知っている伝承とは違う部分、いえ、違いはしないのですが欠けている部分と、それから一つ誤りがあります」
「なんだと!?」
「魔女は眠りについているのではなく封印されています」
「誰にだ!?」
「アブソルト=カレルギアに」
ざわりと空気が揺れた。
長い長い階段を降りる間に壁面は鍾乳石のようななめらかな岩肌そのものから様々な鉱石がはめ込まれた豪奢なものに変わり、そのうち開けた洞窟に出た。走り出すコレドさんを目で追うと、洞窟の真中には柘榴のように赤い石段があり、その上に設置された色とりどりの鉱石に囲まれた寝台に2人の人間が並んで横たわっていた。
「姫様! ご無事ですか⁉」
「今二人の神子は魔女様と同期し、魔力の沈静化を図っている。それより魔女様が封印されているとはどういうことだ」
「僕が聞いた話では、もともとこの島の魔力を安定させるために魔力回路を張り巡らしていたのは魔女様です。どれほどの魔力やスキルがあろうとも、アブソルト、つまり人間の若者一人の力で島中に魔力回路を張り巡らせたと考えるのは無理があります」
「むう?」
イレヌルタはしばらく頭をひねってこちらを見返す。
「確かにそうかもしれぬ。ではアブソルトは魔女様からその回路を奪ったのか」
「いえ、違います。この島はもともとおかしいのです。異世界人が多すぎるとは思いませんか」
「異世界人? そういえばアブソルトも異世界人と聞くな」
アブソルトはこの国の王族に転生した異世界人だ。
この島は異世界人が多すぎる。僕はこの国に来てすぐにマルセスという異世界人に会った。流石に人口100人のキウィタス村には異世界人なんていなかったけど、この島の一定規模以上の村や町には1人か2人は異世界人がいるという。それに異世界人は異世界人であることを突然思い出すらしい。未だに思い出していない者や、思い出しても秘密にする者もいるだろう。異世界人は冒険を求めて島の外に出ていくことも多いから、目に見える数以上の異世界人がこの島に転移又は転生している。そしてその多くは地球という世界の日本という国から来ている。
そもそも、僕の村には23人分の異世界の、しかも日本人の首がいる。
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