第36話 カレルギアの火口の秘密
もう! しゃあないなぁ!
「ボニたん下がって! 『スピリッツ・アイ』 ぎあ!」
唱えたと同時に襲いかかってきた、そりゃぁもう、今までにないもんのすごい頭痛とともに、俺はコレドのソルトレットを操る。
右足を振り上げて体を背後に捻じって後ろ回し蹴りを放つのだ。それは丁度コレドの左脇をすり抜けようとしたイレヌルタの胸部にクリーンヒットした。ソルトレットでは感じられない感触を『スピリッツ・アイ』で確認する。
うぅくっそ頭痛かったぁ!
そのままくの字に固まるイレヌルタの足を素早く払い、倒れた背中にコレドの左足で体重をかけつつ両腕を背中で拘束する。ガントレットやからようわからんけど、スピリッツ・アイで見た感じ骨格は人間とあんまり変わらん気はする。この国でも機甲頼りで体術は全然重視されてなさそうやけどやっぱ体術優秀よな。VIVA柔道!
けれども首を曲げてこちらをみたイレヌルタの表情が、一瞬にやっと笑ったように見えた。
[解除:全]
一安心や思てたけど、イレヌルタの声で状況は一変した。声が響いた瞬間コレドとの接続が切れた。
それまで俺が動かしよったから急に力を失った反動でコレドはバランスを崩して倒れかけ、そのすきにボニたんに突進したイレヌルタの懐から刃物と思しき煌めきが見えた。ボニたんとイレヌルタの間は3メートル。コレドは動けんし俺は首だけでもっと動けん。ボニたんはよろけたんか床に手をついとるし武器もっとらんしまじヤバい。遮るもんがない。
絶体絶命!。
[行使:拘束]
「ぎぃやぁ⁉」
その声を聞いた瞬間、折角スピリッツ・アイの痛みが薄らいできてたのに突然頭がひしゃげるような激痛に勝手に喉から悲鳴が絞り出される。それから少し遠くで崩れ落ちながらうめき声を上げるボニたんをスピリッツ・アイで認識できた。イレヌルタはナイフを構えた不自然な格好でボニたんの1メートル前で固まっている。
けど俺の頭も瞼も唇も動かない。コレドも微動だにしない、多分出来ない。
[行使:拘束:除:コレド=シュニッツ]
「コレドさん、早くその人を拘束して! デュラはんが魔石になっちゃう!」
コレドは弾けるように階段を三段飛ばしで駆け上がってボニたんの前でナイフを構えたまま固まるイレヌルタを引き倒し、懐から取り出したロープで手早く後ろ手で拘束した。
[解除]
その言葉とともにボニたんは完全に床に倒れ込んで上を向いて荒い息を吐いている。コレドの足元のイレヌルタは
「ボニたん大丈夫なん⁉ 今の何なん⁉」
「おのれアブシウムの走狗め! 今度こそこの領域の魔力を根こそぎ奪いにでもきたか!」
「ちが、ちがい、ます。僕は魔力をここの魔女様にお戻ししようと」
「ふざけるな! 今回の騒動もお前のせいなのだろう⁉ どの口が言う!」
「僕はそんな」
「本当です! 僕らはここに帝都に移動した魔力を戻そうとしにきただけだ!」
息も絶え絶えなボニたんの代わりにコレドが叫ぶ。
「その、証拠に、帝都に移動した魔力は今、ここに戻しました。だから帝都が竜に襲われる可能性は、もうない。それから……できれば魔女様にかけられた封印を少しでも軽減できればと……」
「封印……?」
イレヌルタはゆっくり目を閉じて何かを探るように跪き額の角を地面につけた。しばらくそうしてひとつ頷き、怪訝そうにボニたんを眺めた。
「確かに魔力はここに戻っている」
「よかった。信用して、いただけますか」
「信用はしない。アブソルトの術式を知る者はこの領域の敵だ」
「けれども今の私はあなたに敵対しません。もし敵対するならコレドにあなたを殺させました。アブソルトの術式を知るあなたなら、可能なことはご存知でしょう?」
イレヌルタはものすごく嫌そうな顔をして頷いた。
コレドはギョッとしている。あいかわらず偉い人と話してるときのボニたんは言ってることがなんか怖い。
「……本当に魔力を返しに来ただけなのか?」
「魔力の移動は、座標がわからなければ、行使者の現在位置にしか移動できません。私はこの国に来るのは初めてです。それはコレドが証明できます」
「それは証明できますけど、アブソルトの術式? 今のは機甲の起動式ではないのですか? 初めて聞く式でしたが」
「僕はこの術式と行使方法を、他の人に知らせるつもりはありません。この国の人にも。それから魔力を正しい場所に戻したら、もう使うつもりはありません」
「あの、ボニさんどういうことなんです?」
「すいません。これはコレドさんにもお話できない内容なのです」
「話せないと言うなら私が話す。その前に拘束を解け」
イレヌルタはそう言って、コレドを見つめた。
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