僕の冬休み

霞(@tera1012)

第1話

 僕はビクッと目を開ける。まだ、部屋の中はまっくらだ。

 すうすうすう、となりの美穂の寝息が聞こえる。

 今年こそはぜったいに寝ないぞと思ったのに、やっぱりいつの間にか、眠っちゃったみたいだ。

 

 そうっと布団から手を出すと、とたんに肩からぞわっと寒くなる。ぶるっと体を震わせて、ゆっくりゆっくり、頭の上に手を伸ばす。

 どきどきどき、むねの音がうるさい。

 そうっとそうっと、右に左に手を動かす。何も触らない。うそだろ。もうめちゃくちゃに手を振り回すけど、やっぱり何にもぶつからない。

 泣きそうになりながらガバリと起き上がり、枕元を見る。そこには、ただ真っ暗で、冷たい空気以外何もなかった。


「うそだ……」

「お兄ちゃん、どうしたの」


 眠たげな美穂の声。僕はそれに返事をする余裕もない。


「あ! プレゼント!」


 美穂が起き上がり、自分の枕元を探って歓声を上げる。


「わーい! お兄ちゃん、みてみて!」

「うるさい!」


 思わず僕はどなってしまった。

 なんで、どうして、サンタさんは僕にプレゼントをくれなかったんだ。日曜日、ピアノの練習をサボったから?おととい、美穂にプラレールを貸してやらなかったから?

 

「お兄ちゃん……」


 僕の枕元を見て、美穂が小さくつぶやいた。


「ね、お兄ちゃん、美穂の、半分こしようよ、ね?」

「……」

 

 僕はもう、何も言えなくなって、布団をはねのけて立ち上がる。カーテンを開けると、窓の外は、ほんのりと明るくなっていた。そして、その明かりで、枕元に何か四角い平らなものが白く浮き出したのが見えた。

 僕はその紙切れをひっつかみ、ひとつひとつ、書かれた文字を読む。それからあわてて、部屋から飛び出した。


 玄関で、そいつは僕を待っていた。

 自転車だ。ぴかぴかの、青い自転車。

 

「こら、優斗ゆうと、お父さんまだ寝てるんだから、飛び跳ねないの」


 ガチャリとドアが開く音がして、お母さんが、台所から顔を出す。


「お母さん、見てみて、僕の、僕の自転車……!!」

「あらすごい、良かったねえ。サンタさん、今年も来てくれて」


 お母さんはふふ、とわらうと、台所に引っ込んだ。

 朝ごはんのお味噌汁の、いいにおいがする。





優斗ゆうと、危ないから、今日は庭で自転車を乗り回しちゃダメよ」

「うん、分かってるよ!」


 縁側えんがわの先、中庭いっぱいに、木の燃える焦げくさいにおいがただよっている。もくもくと上がる煙の出どころ、鉄のかまどの上には、大きな鉄のなべみたいなものが乗っている。それは土星みたいに、周りにぐるっと羽根がついていて、頭には立派な分厚い木のふたが乗っている。羽釜はがまというのよ、と、お母さんが教えてくれた。


 縁側から見ていると、羽釜からは、だんだんともくもくと湯気が上がってきて、中庭には、なんともいえない、甘くていいにおいが漂い出す。

 僕は、美穂がかまどに近づかないように見張りながら、その焦げくささと甘さの混じったにおいを胸いっぱいに吸い込む。一年で一度、もちつきの日だけの匂いだ。


「さあ、やるわよ」


 お母さんが、気合を入れた声を出す。

 羽釜はかまどから降ろされ、ふたが開く。ぶわっと、甘いにおいがあふれて一気に僕たちを包む。お母さんは、ぱっぱっと羽釜の中の布巾を開くと、「よいしょ!」と言いながら、それをもちつき機の上へと持ち上げる。

 どど、と音がしそうな勢いで、白いかたまりが餅つき機の中になだれ込む。僕は、その瞬間が大好きだ。何回見ても、ちょっと緊張して、ドキドキする。


 ごうんごうん、洗濯機みたいな音を立てて、もちつき機が回り出す。僕は、こっそり布巾に残ったもち米の粒をつまんで口に入れて、お母さんに怒られた。



「さあ、お二人さん、お手伝いの時間よ」


 お母さんが、ボールの水に手をひたしながら言う。ほい、と手のひらくらいのつきたてのおもちが、白い粉が広がる板の上に置かれると、僕と美穂は、それをのぞき込む。


「まだ、熱すぎるからダメだよ」


 そうっと手を伸ばそうとする美穂を、僕は牽制けんせいする。少しして、白いかたまりからの湯気がおさまって来たのを見きわめて、僕は許可きょかを出す。


「よし、丸めるぞ!」


 美穂は飛びつくように、自分の前のもちに手を伸ばす。そしてムニムニと、ねんどの団子のように丸め始める。

 まだまだ、しょしん者だな。僕はにやりとする。おもちを上手に丸めるのには、コツがいるのだ。おもちは板の上に乗せたまま、てのひらのふちをおもちと板の間に差し込むようにして、くるりくるりと回していく。そうすると、ほら、きれいな丸もちのできあがり。


「お兄ちゃん、すごい」


 美穂の尊敬のまなざし。僕は、団子になった美穂の手からもちをはがしながら、へへん、と言ってみる。時々は、兄のいげんをしめさなくちゃならない。


「さあ、からみもち、作るよー」

「鬼おろし!!」


 お母さんの手元には、サメの歯みたいなギザギザがたくさんついた、木でできた板がある。これが、鬼おろし。名前もかっこいい。これはあぶないから、僕は、まだ手伝わせてもらえない、

 お母さんの手元で、大根が、鬼おろしでザキザキに削られて、雪のようにつもる。

 そこに、つきたてのおもちがちぎられては放り込まれる。そして、お醤油をからませて、出来上がり。

 お母さんいわく、宇宙一おいしいおもちの食べかた。一年で、もちつきのこの日しか食べられない。

 美穂も僕も、夢中でかぶりつく。


「急に静かになった」

 お母さんが笑っている。

 中庭には、まだ、かまどの煙の臭いがかすかに漂っている。





「今年もお世話になりました。……さあ、もう寝なさい」


 僕と美穂の前で、お父さんは少し顔を赤くして、上機嫌で笑っている。お酒を飲んだ時のお父さんの息のにおいはあまり好きではないけれど、酔っ払ったお父さんがすこしふにゃりと笑っている顔は、僕は大好きだ。


「大人はいいなあ」


 僕のとなりで、美穂は少しふくれている。どうせすぐに眠くなるくせに、大人が楽しそうにしていると、美穂はいつも寝たくないと駄々をこねるのだ。


「いいじゃんか。早く寝ると、明日が、早く来るぞ」

 僕は、頭から布団にもぐり込む。


 明日になれば、台所には、お雑煮のいいにおいが漂っている。僕の家では、お正月のお雑煮は男の人が作るのが決まりだから、明日のお父さんは早起きだ。

 昼には、東京からユリおねえちゃんがやって来る。おねえちゃんはいつも、花のようないいにおいがする。そして、「おおきくなったね、はい、お年玉」って、優しい笑顔で言ってくれる。

 それから、みんなで初もうでに行く。いつもはしんとして、少し怖い近所の神社も、その日は人でいっぱいで、どこもかしこもお線香くさい煙の臭いがする。

 それから、僕たちはスキーに行く。お泊りするところの温泉は、変なくさいにおいがして、美穂はまたきっと、泣くだろう。



 僕の冬休みは、これからも大忙しなのだ。

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