第46話  ガゼタ新聞

 ガゼタ新聞は翌日にもスクープ記事を一面に載せた。


 第一面に記されたのはアグニエスカ嬢についての取材記事であり、婚約者を奪って家から追い出した異母妹とその友人Aについての記事が載せられた。その衝撃的な内容に、ほとんどの国民がガゼタ新聞を手に取ったのだ。


 実母が亡くなった後、喪中が明けるのも待たずに妊娠した愛人を家に招き入れたパスカ氏は、実の娘であるアグニエスカ嬢には見向きもしなくなった事。


 虐待を受けたアグニエスカ嬢を救い出すためにスコリモフスキ家が動いた事、そこでマルツェル・ヴァウェンサに出会った事。


 成人したアグニエスカ嬢はパスカ氏が決めた婚約者と結婚をするために王都へと戻って来る事になるが、その婚約者は異母妹に奪われ、貴族籍を剥奪、平民となって家を追い出される事となったこと。


 以降については前日の新聞記事で述べた内容となるが、その後、王家に召喚されて王都へと向かう事となったアグニエスカ嬢が大きな悪意に晒される事となったきっかけ。


 マルツェル・ヴァウェンサに恋慕する異母妹の友人Aが登場する事になる。


 友人Aは王立学園在学時から横恋慕する事に生きがいを感じるような人物であり、彼女の所為で婚約を破棄される事になった令嬢たちへの取材内容が詳細に述べられる事となったのだ。


 彼女の常套手段は噂、攻撃対象となった令嬢に対して、実際にあった事と嘘を混ぜ合わせながら流布するため、周りは真実だと思い込んでしまう。更に性質が悪い事に、噂される本人までもが自分に非があるのではないかと思い込むように仕向けるのだ。


 学園で行われた常套手段が王宮に勤めてからも使われる事となり、その被害者となったのがアグニエスカ嬢なのは言うまでもない。


 大魔法使いの最後の弟子と熱愛関係にあったアグニエスカ嬢は、秘書として配属されたAこそ、自分の恋人の結婚相手なのだと信じ込んだ。


 大魔法使いの最後の弟子は、愛するアグニエスカは未だに元上司であるモーガン氏を愛しており、彼を愛するからこそ会社に告発するような事をしたのだと信じ込む。


 二人の思いを交差させた上で、周囲には、アグニエスカ嬢は多くの男を惑わす悪女であり、妻子ある上司に対して未だに強い執着を見せているのだと流布する。この噂の拡散にはポズナンの町長の娘も大きく寄与する事となった。


 幼馴染である町長の娘は昔からアグニエスカ嬢に対して大きなコンプレックスを抱いていた。彼女は親族を頼って王都へとやって来たのではあるが、招かれる茶会などでは、アグニエスカ嬢を貶めるような話を方々でして回っていたという証言が取れている。


 その手法は異母妹の友人Aに類似しているのだが、その町長の娘が何故、モーガン氏と結託してスコリモフスキ家を陥れる事にしたのか。


 これには国家転覆を図る大きな陰謀が絡んでくると記事は結ばれていた為、翌日の新聞を心待ちにする国民と、王家と貴族院に対する不信感を露わにする国民が山のように発生した。


 驚くべき事には、裁判の判決が出たその日のうちに、友人Aことクリスティナ・ピンスケルの生家であるピンスケル子爵家は爵位を王家へ返上。ツィブルスキ侯爵家は領地の半分を返上し、伯爵位へ降爵処分、現侯爵は爵位を嫡男へ移譲した。


 次男フリッツ・ツィンブルスキが消えた為、次男が何かやらかしたのだろうと王宮内では噂となっている。


 アグニエスカの生家であるパスカ男爵家も爵位を返上、平民身分となり、パスカ男爵は離婚をして以降、行方がわからなくなっている。


 アグニエスカを迫害した義理母ダグマーラと異母妹エヴァは、パスカ男爵と離婚後、ダグマーラの生家を頼ろうとしたようだが、すでにガゼタ新聞社によるスクープ記事が出た後だった為、門前払いを食う事になった。


 以降、ダグマーラとエヴァは行方不明。エヴァの友人であるクリティーナも行方不明。判決後、家が燃えて消失する事となったマレック・モーガン氏も判決後、行方不明。


 アグニエスカ嬢と婚約を破棄したサイモン・パデレフスキは伯爵家を出て平民となり、継ぐべき爵位は放棄する手続きを取った。

 サイモンを廃嫡したパデレフスキ伯爵は後に領地を王家へ返上、子爵位に降爵し、爵位を実弟へ譲った。


 マレック・モーガンが務める事になった商会を所有するフェルドマン伯爵は身分を更迭、フェルドマン伯爵の護衛の者たちは揃って行方不明。


 イエジー第一王子の迅速な動きによって、問題となる人物が全て行方不明となったのだと王宮では噂され、バルトシュ第三王子の祖父となるヴァルチェフスキ公爵家は現在、静観の構えを貫き通している。


 ガゼタ新聞社のスクープによって、悪役は異母妹であり、異母妹の友人Aであり、アグニエスカの元上司であり、幼馴染の町長の娘だったのだと告発され、次の新聞記事によって、王家や貴族院が槍玉に上がることは間違いないだろう。


 国境には隣国の兵士が集結し、古竜は山を降りようとしている中、王家の最大の守りである結界は、大魔法使いが王国から消えるのと同時に消失した。



               ◇◇◇



「イエジー殿下は本当にあの国王の息子なのですか?本当にやり手ですね!即座に新聞社を利用するなんて、これ程、大胆な手に出るとは思いませんでしたよ」


 自室に置かれたベッドに腰かけていた第二王子であるユレックは、部屋の隅に塊となって現れた闇に向かって声をかける、すると、その闇が徐々に人の姿となっていく様をユレックはただ見つめ続けていた。


 髪の毛の先から爪先までもが全て真っ黒に染まり上がり、白目と金褐色の瞳だけがギョロリとこちらを見つめたように見える。


 漆黒のズボンに漆黒のシャツを着ただけの簡素な姿をした殿下は、灯りもつけない部屋の中では闇の塊そのものにしか見えない。


「ガゼタ新聞社に記事を載せるように仕向けたのは殿下でしょう?」


「兄とは呼んでくれないのかい?」


 漆黒の手で漆黒の髪をかきあげると、殿下は大きなため息を吐き出しながら言い出した。


「僕は君や下の弟は、とにかく権力を求めているのだろうと思っていたわけだ。君の母君の生家であるストラフスキ子爵家は隣国ルテニアとの貿易で巨万の富を築いているし、バルトシュの祖父であるヴァルチェフスキ公爵家は、王家に次ぐ権力を持っている。呪われた僕を排除して自らが権力を握ろうと、ただそれだけを考えているのかと思っていた僕は、到底、やり手だとは言えないだろう」 


「そうでしょうかねえ、十分に優秀だと思いますが」


「いやいや、君が国を滅ぼそうなどと考えているとは思いもしなかったんだから、愚鈍な部類と言っても過言ではなかろう」


 殿下はそういうと、漆黒の唇を歪めるような笑みを浮かべる。

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