第17話 噂が出回るきっかけは
「マルツェル様に会わせてください!」
「はあ?」
「私はポズナンの町長の娘、ナタリア・ネグリです。マルツェル様の友人です、マルツェル様に会わせてください!」
「クリスティーナ様、この娘、どうしましょうか?」
「そうね、どうしようかしら」
魔法省に勤めている事務官のアリアと秘書官のクリスティーナは困り果てた様子で顔を見合わせた。
どうやら、王宮の正門を突破した猛者が魔法省までやって来てしまったようなのだが、彼女が面会したい相手がマルツェル・ヴァエンサだというのだ。確認のため、マルツェルの秘書であるクリスティーナが受付まで呼び出されることになったのだが、町長の娘というところからしてよく分からない。
「私はクリスティナ・ピンスケル、マルツェル・ヴァウェンサ様の秘書をしております」
田舎だったら可愛いと持て囃されそうな娘だけれど、ここは王都よ?私、可愛いでしょうみたいな感じの笑顔を向けないで欲しい。
「マルツェル様は今、重要な会議に出ておりますので、お取り継ぎする事が出来ません」
「だったら中で待っているわ!」
「魔法省は重要な機関ですので、部外者を入れる事が出来ないのです」
「私は部外者じゃないわよ!」
「魔法省は例え職員の家族であっても入る事が出来ません。伝言を伝える事が可能なのは、家族が亡くなった場合、または危篤状態となった場合に限られています。あなたは友人であって家族ではないですし、誰かがお亡くなりになったわけでも、危篤となったわけでもないですよね?」
「私の田舎のおばあちゃんが危篤で」
「あなたはマルツェル様の伴侶なのですか?それとも妹?嘘をつけば偽証罪が適用されますよ?」
「・・・・・」
ここでようやっとナタリアは黙り込んだものの、
「それじゃあ、マルツェルの家で待っているから住所を教えてよ」
懲りずに、そんな事を言い出した。
「個人情報の守秘義務に違反します」
「私はアグニエスカ・スコリモフスキの友達なのよ?」
「は?」
「ピンスケルさんでしたっけ?私にそんな態度を取った事をアグニエスカに報告しますよ?」
「なんですって?」
「親友のアグニエスカは大魔法使いのひ孫なのよ!私にこんなことを言ったことを後悔させてやるわ!」
ナタリア・ネグリは捨て台詞を吐くと、くるりと回れ右をして走り出す。そうして、少し離れた所からこちらを振り返ると、
「ばあか!ばあか!お前の対応についてはマルツェルにも言って絶対に問題にしてやるからな!」
と大声をあげて、表門の方へと走って行ってしまったのだった。
隣に立っていたアリアが呆れたような顔で、
「なんなんですかあれ?」
と言って、クリスティーナの方を見る。
「アグニエスカさんのお友達なのでしょう?」
そう答えると、クリスティーナは肩をすくめて見せた。
「隣国との衝突もありますし、今、スコリモフスキ家は飛ぶ鳥を落とす勢いでですしね?」
「それじゃあ私たち、まずい事になったのでしょうか?」
「どうかしら」
「アグニエスカ・スコリモフスキって、治癒魔法師ヤルゼルスキ様を追いやって、自らがイエジー殿下の治療を始めると言い出した人ですよね?」
「スコリモフスキ家の籍には入っていないらしいわよ」
「はあ?」
「元々、彼女はパスカ男爵家の娘だったのだけれど、色々と問題があって男爵家を放逐されたのよ」
「まあ!」
「本来、母方の生家であるスコリモフスキ家の籍に入るべきなんでしょうけど、入っていないって事は、ねえ?」
「それなりの理由があるって事ですか」
「まあ、不倫とかなんとか、色々と噂がある人だったしね」
「あああ、私もちょっと聞いた事があります」
アリアは少し考え込んだ後、表情を曇らせながら、
「という事は、平民の身分の癖に殿下の治療を行っている事になるんじゃないんですか?」
そんな事を言い出した。
「ヤルゼルスキ治癒魔法師様が外されたのはもしかして・・」
「彼女が治癒に入る事に対して問題があると提議されたのが理由かもしれないわね」
よくわからないマルツェルを呼び出す女が、ない事、ない事文句を言い出して、その言葉を鵜呑みにしたアグニエスカがどんな手に出るか想像がつかなくなったアリアは顔を青ざめさせた。
「わ・・私たち・・大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ、私も上司にきちんと報告するし」
近くを通りかかった近衛兵に声をかけて、ナタリア・ネグリという女性が何処に滞在しているのか、表門の受付で確認するように伝えると、
「私たちは真っ当に仕事をしているだけだもの、何も文句を言われる筋合いはないわ」
と、励ますように笑顔を浮かべる。
安心した様子のアリアは小さなため息をつくと、
「でも、やっぱり、そのアグニエスカさんという人については気をつけなくちゃいけないみたいですね」
と、言い出した。
「みんながわかってくれると良いのだけど・・・」
物言いたげな様子でクリスティーナが呟くと、アリアは決意したような様子で自分の手を握りしめた。
「きっと大丈夫、大丈夫ですよ」
そうね、あなたがそう言うのなら大丈夫でしょう。
アリア、あなた、友達がとても多いもの。
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