第25話 スミレ
蓮司の個展が初日を迎えようとしていた。
今回の個展には“It’s been ages.”(久しぶり)というタイトルがつけられている。
「すごいお花の数…」
初日・開場前の朝、菫は個展会場のギャラリーにいた。
「これでも控室に置いたりもしてるんだけどね。仕事関係のが多いけど…全然知らない個人からも来てる。あの雑誌のせいかなぁ…」
「それだけみんな蓮司の個展を待ってたんだよ。」
菫が笑って言った。
「ところで、私こんなに早く来ちゃって良かったのかな…」
菫は誰もいないギャラリー内を見回して言った。
「何言ってんの、俺が招待したんだから良いに決まってるでしょ。ちゃんとギャラリーの許可もとってるよ。」
「見てもいい?」
蓮司は笑顔で
「やっぱりいいね、蓮司の絵が並んでる空間。」
「ありがとう。」
「あ、この絵、この前描いてたやつ…」
「うん。」
「この絵は色合いがいつもと少し違うね。」
「意識して変えてみた。」
「この絵好きだな。アネモネ。」
「本当?自分でも気に入ってる。」
蓮司は順番に説明していく。
「自画像ってこれ…週刊誌のスマイリーの写真じゃない?」
週刊誌に載ったスマイリーの写真を絵にしたものが飾られている。
「今後の公式プロフィールに使う。個展も猫の被り物で立とうかな。」
「もー、そういうことばっかりするんだから…」
菫は苦笑いした。
「あれ、これ…」
最後の一枚の前で菫が足を止めた。
「わかる?」
「スミレ…」
紫色のスミレのブーケを描いた絵だった。
「前にも描いたけど、今回はスミレちゃんのこと考えながら描いた。」
「私のこと?」
「うん。前は知らなかったいろんな表情とかね。スミレちゃんの好きなところをいっぱい思い浮かべた。」
「……なんか…恥ずかしい…」
菫は嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった
「前に描いた絵を見せたときと全然反応が違うね。」
蓮司は笑った。
「だって…」
「そうやってスミレちゃんが変わっていくところ、これからもずっと見てたい。」
そう言って、蓮司は壁からスミレの絵を外すと、絵の裏から小さな箱を取り出した。
「え…」
「今回の個展は、絶対に一番最初にスミレちゃんに見てほしかった。スミレちゃんがいなかったら、個展もひらいてないどころか…絵も描いてなかったかもしれないから。」
「そんな…大袈裟だよ…」
蓮司は首を横に振ると、箱を開けて菫に差し出した。
「え、これ…」
箱の中には指輪が輝いていた。
「スミレちゃん、これからもずっと一緒にいてほしい。俺と結婚してくれない?」
「……え…え………私…でいいの?」
「スミレちゃんがいい。スミレちゃんがいて、スマイリーがいるのがいい。」
菫は涙で潤んだ瞳で笑って
「私も。蓮司がいて、スマイリーがいるのがいい。」
数日後
今日は
「こんにちは。」
ベビーカーを押した女性がギャラリーの扉を開けた。
「香魚さん!
ギャラリーにいた菫のテンションがあがる。
「あれ?社長は?」
「車置いてくるって。すぐ来るよ。」
「はじめまして。一澤 蓮司です。」
蓮司が香魚子に挨拶した。
「はじめまして。明石 香魚子です。いつもいろいろ見てます。」
香魚子がにっこり笑った。
「こんにちは。」
遅れて明石がやってきた。
蓮司は頭を下げて挨拶をした。
「ベビーカーちょっと邪魔じゃないかなぁ。隅の方に置かせてもらってもいい?」
「あ、じゃあ控室に置きますか?渡したいものもあるし。」
蓮司が言った。
「え、いいの!?」
控室で今度は香魚子のテンションが上がっていた。
「遅くなったけど、スミレちゃんと俺からの出産祝いです。スミレちゃんからミモザが好きって聞いたのと、お子さんの名前が
ミモザの絵と、小さな
「額縁は私が選びました。」
菫が得意げに言った。
「ふふ 絵も額縁も素敵。ありがとう。家の一番良いところに飾るね。よかったね〜三つ葉〜。」
香魚子は嬉しそうに絵を眺めている。
「絵の具ってデコボコしてる感じが素敵ですよね。描いた人の手がそこにあったんだな〜って、デジタルじゃ感じられない空気があって。」
香魚子が言った。
「描きたくなる?」
明石が聞いた。
「うん、今すっごく絵の具に触りたくなっちゃった。」
その後、香魚子と明石はギャラリーで作品を見た。
「うちの商品もすごく売れてて、追加納品した方がいいかもです。」
「じゃあ明日手配しようか。何が人気?」
「えっと…」
菫と明石は仕事の話をしている。個展の物販では、ミモザカンパニーの商品も販売している。
「あの…」
香魚子が蓮司に話しかけた。
「菫ちゃんと結婚するんですか?左手の指輪…」
香魚子がこそっと聞いた。菫は照れ臭くてまだ誰にも言っていないと蓮司に言っていた。
「さすが、よく見てる…。」
蓮司は
「菫ちゃん、とっても良い子ですよね。」
「はい。」
「菫ちゃんの言葉には裏がなくて真っ直ぐだから、褒めてくれたらそのまま全部、力になるっていうか…」
「はい。」
蓮司は優しく笑った。
「私、あの二人…
「俺も。俺もスミレちゃんがいなかったら、もう描いてなかったかも。」
そう言って菫をみつめる蓮司に香魚子は微笑んだ。
「お互い
香魚子と明石はギャラリーを後にした。
「香魚さんと何話してたの?」
菫が聞いた。
「ナイショ。」
蓮司が言った。
「俺もアユさん好き。」
「え!」
「スミレちゃんとはジャンルが違うけどね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます