第20話 週刊誌

数日後

いつもより早めに家を出た菫は、出勤前に飲み物を買おうとコンビニに立ち寄った。

ふと、雑誌コーナーが目に入る。

その日はいわゆる週刊誌の発売日で、コンビニの雑誌コーナーも週刊誌で埋まっている。


【人気急上昇 イケメンアーティスト 一澤 蓮司・顔出しインタビュー】


小さな見出しが目に飛び込んできた。

(え…?顔出し?蓮司が?)

菫は強い違和感を覚えた。

蓮司は以前に「絵に余計な雑音ノイズはいらないから顔は出したくない」とはっきり言っていた。

“週刊春秋しゅんじゅう”と書かれたその週刊誌はビニールテープでとめられていて中を読むことができない。

菫は飲み物と一緒に週刊春秋をレジに持っていった。


コンビニを出てすぐ、菫は雑誌を開いた。

(……え、これって…)

菫の手が震えて、鼓動も早くなった。

スマイリーを抱いた無防備な表情の蓮司と、アトリエにある最近描かれたばかりの作品の写真が掲載されている。


インタビュー・写真・構成/海老原 桜


———プルル…

『はい』

「蓮司?」

『スミレちゃん?どうした?』

いつも通りの蓮司の声が聞こえる。

「今からそっちに行くから」

「え」

それだけ言って電話を切った。


(…あの人、あの時…)


———バンッ!!!

蓮司は週刊誌を見るなりテーブルに叩きつけた。

蓮司の反応は予想していたが、思わずビクッとしてしまう。

「あいつ…」

蓮司が苦々しい顔で言った。

「これってこの前 あの人がここに来たときの…」

蓮司はうなずいた。

「こんなインタビューも受けてない。他の雑誌のインタビューを切り貼りしてるんだと思う。」

「あの人、なんでこんなことするの…?」

「単純に…今、作品の露出が増えてて顔出ししてない俺の記事で金稼ぐのと、それで俺の顔の露出を増やして、メディアに引きり出して…持ってる作品のネームバリューを上げようとしてるんだと思う。作品の良し悪しなんて関係なく、ね。」

冷淡さも感じるほど冷静な口調の蓮司だが、手には力が入り、怒りに震えているのがわかる。

“つくられた”インタビューの見出しには『イケメンアーティスト』という蓮司の最も嫌がりそうな、作品には何の関係もない言葉が強調されている。

掲載されている作品の色さえ、原画と似ても似つかないような色だ。

(こんな風に人の気持ちを踏みにじる人がいるんだ…)

菫は怒りを通り越してショックを受けていた。

———ガタッ

菫は物音にハッとした。

蓮司が上着を羽織り、出かけようとしている。

「蓮司!?」

「………」

「待って どこいくの!?」

蓮司は無言のまま出て行こうとしている。菫も急いで荷物を持って追いかける。

「蓮司!!」

「…スミレちゃんは仕事行きなよ。」

蓮司が淡々とした熱の無い口調で言った。

「あ…」

出勤の途中だということをすっかり忘れていた。

(どうしよう…今日、午前中にいくつか商談入ってる…)

菫が迷っている間にも、蓮司は止まることなく歩いていく。特段急いでいる風でもないが、歩幅を合わせる気のない蓮司の一歩に追いつくのが難しい。

「待ってよ!ねぇ!」

菫は歩きながらスマホを取り出した。

(えっと、会社に連絡…)

菫がスマホを操作しようとしてもたついている間に蓮司の背中がどんどん遠くなる。

大通りに出たところで蓮司がタクシーを止めるのが見えた。

「ちょっと待ってよ蓮司!」

菫はあきらめてスマホをしまうと、急いで蓮司の止めたタクシーに駆け寄った。

「春秋文化社まで。」

蓮司がタクシーに乗り込みながら行き先を伝えるのが聞こえた。

(やっぱり…!)

「私も乗ります!」


タクシーの後部座席

「蓮司、行ってどうするの!?」

「………」

蓮司は無言のまま菫の方を見ようともしない。

「もう少し気持ちが落ち着いてから、電話とかメールとかで…」

———ハァ…

「…スミレちゃんは仕事行けって言ってんじゃん。」

「そんな怖い表情かおの蓮司を放って行けるわけないじゃない…」

(この前より怖い顔してる…)

「………」

落ち着きをはらったような蓮司とは反対に、菫の胸には不安ばかりが募っていく。鼓動はドキドキと落ち着かない。

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