第19話 銀色の猫

(本当は個展をひらいて欲しいけど、あんなこと知ったら簡単には言えない…)

アトリエで蓮司の作品を見ながら、菫は悲しさや怒りなどが入り混じった複雑な気持ちになっていた。

———ミャア…

「スマイリーにもわかったんだね、あの人がどんな人か…」

菫はスマイリーを撫でて抱き上げてキスをした。

(蓮司がもう傷つかないといいな…)


「染色職人さん、どうだった?」

夕飯どきになり、二人で食事をしながら菫が聞いた。普段通りに過ごそうと努めている空気を蓮司は感じとった。

「なんか…ザ・職人みたいな、頑固一徹がんこいってつって感じだったけど、こっちがめちゃくちゃこだわりたいって伝えたら協力してくれて、職人魂ですげー頑張ってくれたよ。俺もちょっと触らせてもらった。筋がいいって褒められた。」

「器用そうだもんね。出張に行った甲斐があったね。」

「うん。良い商品になると思うよ。」

「でもそんな銀色の髪で背が高い人が来たら職人さんもびっくりしちゃうね。」

たわいない会話が続いた。

「そういえば、お土産買ってきたんだった。はい。」

菫の手のひらに白い巾着型の袋が置かれた。

「なぁに?これ。」

金平糖コンペイトウ。職人の手作りのやつ、京都でしか買えないんだって。」

「へえ〜」

菫の目がキラキラ輝いた。

「あ、これ…」

「うん、きれいでしょ?スミレ色だなって思って。ぶどう味だからぶどう色だけどね。」

菫は「ふふっ」と嬉しそうに笑った。

「ありがとう。」


「スミレちゃん、今日も泊まって。」

帰り支度をする菫に蓮司が言った。

「え」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど…」

(日曜にこんなこと言うの、珍しい…)


菫はベッドで横向きになって蓮司を抱きしめていた。蓮司は菫の胸元に顔をうずめるように抱きついている。鼻に触れる蓮司の髪が少しくすぐったい。シャツ越しにお互いの穏やかな心音が聞こえて、なんとなくホッとする。

(気持ちが不安定になってるのかな…泣いてた時くらい小さく感じる…)

「蓮司…大丈夫?」

蓮司はうなずいた。

「スミレちゃん…」

「ん?」

「嫌いにならないでくれてありがとう」

「嫌いになんてならないよ。でも…」

「…でも?」

「普通に嫉妬はしてるよ。」

菫は蓮司の髪に顔を埋めて言った。

「だってあの人、サクラに会ったことあるんでしょ?羨ましいよ。」

「………全然懐いてなかったけどね」

「4年前、たくさん傷ついても絵を辞めなかったのはサクラのおかげ?」

「…うん。わかってるみたいにずっとくっついてくれてたから…」

「…わかってたよ、きっと。蓮司が悲しい気持ちだって。優しいコだね。」

菫の目が潤んだ。

「うん…」

蓮司の声も潤んだような声だった。

「会ってみたかったな。」

「…スミレちゃんならサクラも好きだったと思う」

(会ってみたかったな…その頃の蓮司にも…)

その日、菫は銀色の長毛の猫が出てくる夢を見た。


翌朝

蓮司はまた朝から絵を描いていた。菫は出勤前の時間、ガラスのコップに入れた炭酸水を飲みながら蓮司の筆の動きを目で追っていた。

「なんかスミレちゃん、猫みたい。」

「筆の動きを見るのは猫じゃなくてもおもしろいよ。蓮司の手がスーッて動くのがきれい。」

菫は無邪気に笑った。

「今朝ね、蓮司の髪と同じ色した長毛の猫が夢に出てきたの。サクラかな。」

「サクラだね。」

蓮司は微笑んだ。

「猫だけど、蓮司に似てた。夢の内容はよく覚えてないけど、“蓮司に似てるな〜”って思ったのだけ覚えてる。」

「なにそれ。」

「わかんない。」

二人一緒に笑った。


「今夜も来ていい?一回帰るから遅くなっちゃうけど。」

出勤間際、菫が言った。

「…ダメ。」

「忙しい?」

「そうじゃなくて、俺のために来ようとしてるでしょ?もう大丈夫だから、今日は自分ちに帰って休んで。」

「自分の家じゃ眠れない気がするの。蓮司のことが気になって。」

「………」

「スマイリーにも会いたいし。」

「………」

「あ!金平糖…一緒に食べたい。」

———はぁ…

「しょうがないなぁ…」

「ふふ いってきます。」


その夜は二人で金平糖を食べて、蓮司が菫を抱き枕のように抱きしめて眠った。朝、菫が蓮司より早く目を覚ますとスマイリーも蓮司にくっついて眠っていた。

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