第17話 来訪者
蓮司の商品は発売してからも店頭で好調な動きを見せていた。
バイヤーの
「ハンドクリームとリップ買っちゃった。」
アトリエで、菫は買ったものを蓮司に自慢気に見せた。
「え、サンプル貰ってるからあげるのに。俺は使わないし。」
菫は首をぶんぶん振って拒否した。
「かわいいものにはお金出したいの。ハンカチもかわいかったから、次にお店に行ったら買うんだ〜。」
菫は満足気だ。
「でもすごいね。お店に行ったらいろんな商品が並んでるからびっくりしちゃった。しかもオシャレなブランドばっかり。」
「暇人だと思ってた?」
「そんな風に思ってたわけじゃないけど…」
バツが悪そうな菫の表情に、蓮司は笑った。
「スミレちゃん以外とはだいたいメールでやりとりしてるから、これでも家で仕事してるんだよ。スマイリーも養わなきゃいけないしね。」
(…すごいなぁ…。)
蓮司の活躍ぶりを見て、菫の中で個展をひらいて欲しいという気持ちが益々高まっていた。
土曜日
「明日の夕方には戻るから。申し訳ないけどスマイリーのこと、よろしくね。あと、もしかしたら荷物が届くかもしれないから受け取ってくれると助かる。」
この日、蓮司は新しく発売する
「職人さんのところに行くなんてすごいね。」
「メーカーの人に任せても良かったんだけど、値段の高い商品だから自分で見たいんだよね。」
「いいなぁ、京都。」
スマイリーを抱き抱えた菫が言った。
「多分ほとんど染色工房にいるよ。今度一緒に旅行で行こうよ。」
「うん!」
嬉しそうな菫に蓮司は軽いキスをした。
「京都、いい鰹節売ってるかなぁ…」
「もー!」
ここのところ、蓮司は仕事の案件数が増えているらしく、毎日忙しそうにしている。
商品のデザインをすることもあれば、書籍の挿絵や装丁を手がけたり、雑誌のインタビューに答えたりもしている。どの仕事も顔出しはしないのが条件のようだ。
(どんどんすごい人になっていくなぁ…)
「嬉しいけど、ちょっと寂しいねぇ。」
菫は蓮司のいないアトリエでスマイリーに話しかけた。
翌 日曜日午後
———ピンポーンッ
玄関のチャイムが鳴る。
(あ、言ってた荷物かな)
「はーい」
———ガチャ…
(え…)
菫がドアを開けると、そこには30代半ばくらいと思われる女性が立っていた。服装は白いシャツにパンツとシンプルだが、髪は派手な雰囲気のロングのパーマヘアで、濃い色の口紅を塗っていて菫と比べると幾分ケバいとも思える見た目をしている。そしてカメラケースのようなものを肩からかけている。
「え?ここって一澤 蓮司のアトリエじゃなかった?」
「………そう…ですけど…」
(……誰?)
「蓮司は?」
そう言いながら、女性は菫の頭から爪先までを
(…“蓮司”…)
「昨日から仕事で留守にしてます。夕方には戻るって言ってましたけど…」
「あらそう。なら、中で待たせてもらえる?」
「…えっと…どちら様ですか?一澤さんの留守中に勝手に家に上げるのはちょっと…」
———ハァッ
女性は大袈裟な溜息を
「
そう言って名刺を差し出した。
【
(…サクラ…)
出版社の名刺を差し出され、仕事の関係者と言われてしまうと、菫の判断で追い返すわけにもいかないので中に上げることになった。
「変わらないわね〜、ここ。」
アトリエに入った海老原が言った。
「………」
鈍い菫でも、女の勘が働く。
———ニャァッ
スマイリーが菫の足にまとわりついた。
「へぇ、猫は変わったんだ。」
海老原は笑いの混じった口調で言った。
(“変わった”って…この人さっきから、すっっっごく嫌な感じじゃない?)
「お茶…淹れるので、どうぞ座ってお待ちください。」
「ふぅん、お茶なんてあるんだ。あの子、炭酸水くらいしか飲んでなかったのに。」
ここに菫がよく訪れるようになって、お茶や菫の好む食べ物を置くようになっていた。
(“あの子”とか、昔を知ってるアピールとか…いちいちマウントとってきてるなぁ…)
スミレは若干の
そんな菫を尻目に、海老原は蓮司の絵が置かれているスペースに向かった。
菫がお茶を持って長机に向かうと、海老原は席に戻っていた。
「あなたも座ったら?お話ししましょうよ。」
「いえ、私は…」
(この人とはあんまり話したくない…)
「蓮司の新しい彼女なんでしょ?」
(新しい…)
菫は思わずムッとした。
「顔はとってもかわいいけど、なんていうか普通の人って感じね。」
「あの…」
———ガチャッ
「ただいま。」
玄関から、蓮司が帰ってきた声が聞こえた。
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