第四章:文化祭編
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第69話 食欲の秋
秋空が広がるこのオウカの国で、今空へ立ち上がる灰の煙がある。どこまでも高く登るそれは広大な空へ消えてゆき、その根元では4人の生徒が焚き木を囲っていた。
王立桜花大学院に通うその四名は、裏庭に集められた枯れ葉を燃やす現場を見つけ、たまたま手に持っていたそれを焼くために集う。
「ヴァル、まだ? まだ?」
「あせんなって、もう五分ぐらいだから」
ヴァルと呼ばれた黒髪の生徒は、ヴァルサス・アゼリア。この学院に通う2回生だ。そして隣の彼は白いクロークを羽織るキリヤナギ・オウカ。オウカの国の将来を担う王族だった。
そんな2人の向かいで微笑ましく見守る作業服の男性は、感心しながら笑う。
「懐かしいねぇ……」
「良いのか……?」
「さぁ……」
脇のベンチに座るもう2人の生徒は、暇そうに雑誌を見たり、呆れてため息をついている。
金髪のアレックス・マグノリアは、朗らかな表情をみせる清掃業者の男に不安そうな表情をみせているが、もう1人の黒髪の彼女は、雑誌を開いてまるで感心が無いようなそっけない返事を返した。
「燃やすのは同じだから、気にしないでいいよ」
「サンキューおっさん、やっぱ秋って言ったらこれだろ」
「良い匂いするー!」
「だろぉー? もうちょいまってろよ」
「野蛮な事をされるのね、アゼリアさんは」
「私達も初めてといえばそうだが、王子ほどはしゃげないな」
誰よりも楽しそうに膝を抱えるキリヤナギは、焚き火を眺めつつ大人しく待っている。するとヴァルサスは枝を奥まで突っ込み、火の中から銀色のホイルに包まれたそれを取り出した。
煤に塗れたそれを、ヴァルサスは清掃員から借りた軍手で持ち、床へと並べてゆく、触れるまで冷めたのを確認してから包み紙を開くと、そこにはこんがりと焼けたさつまいもが現れ、ヴァルサスは皮を剥いてキリヤナギへ分けてくれた。
「食ってみろよ」
「焼き芋! こうやって作るんだ!」
「焚き火じゃなくて良いんだけどな。こっちのが火力あって美味いんだよ」
焼き芋は初めてではないが、焚き火で焼いたものは初めてだった。鮮やかな黄色のそれを、冷たい空気でしばらく冷やし口へ含む。
「美味しい……!」
「だろ? 母ちゃんの実家から送られてきたんだ。ちょうどよかったぜ。おっさんも食う?」
「いいのかい?」
「いっぱいあるし、姫もアレックスも来いよ」
「そんな野蛮な食べ物いりません!」
「食べて大丈夫なのか?」
「平気平気」
黙々と食べている王子に、アレックスは半信半疑だが想像以上に甘さがあり驚いた。
「美味いだろ」
「芋とは思えないな」
「これ王宮でもできるかな?」
「別にオーブンで焼けばいいぜ? 姫も食えよ」
「いりません!」
「つれねぇなぁ」
食欲の秋を4人はベンチに座りながら堪能する。
体育大会がおわり学院へ束の間の静けさが訪れる中で、キリヤナギの所属する生徒会も秋の文化祭に向けての準備に入っている。
体育大会にて殆どの業務を引き受けたキリヤナギは、3回生から今回は自分達が主導でやる言われ、業務はありながらもそれなりに余裕のある学院生活を送っていた。
「そういえばグループ通信みたか?」
「うん、サークルだっけ? 楽しそうだけど」
体育大会で集まった「タチバナ軍」の彼らが、これをきっかけにもっと詳しく「タチバナ」を学びたいと言ってくれたのだ。
キリヤナギは嬉しくて是非続けてほしいと思ったか、これを大学のサークルとして立ち上げ、活動をしてみないかと提案されている。
「私はいいと思う。反逆とは言われるが、ただの武道だからな。誰でもできるのは大きい」
「でも僕、管理できる自信なくて、公務あるし、生徒会もあるし」
「副部長ぐらいならやってもいいぜ?」
「ヴァルも参加してくれるの?」
「おう! 俺、結局大会だと上手く扱えなかったしな……やるならきっちりやりたい」
「嬉しい……!」
「私も賛成だ。最悪王子が辞めても運営はできるように努力はしよう」
2人の言葉に思わず感動するが、キリヤナギはふと隣に座るククリールを見る。彼女はヴァルサスに渡された焼き芋を訝しげに眺めながら、スプーンで上品に食べていた。
「何?」
「ククは参加してくれる?」
「あら、王子は私に剣を振れと仰るのかしら?」
「そう言う意味じゃないんだけど……」
「マネージャーでいいんじゃないか?」
「嫌なんだけど……」
「別にいいじゃねぇか。どうせ姫、見学だけで十分だろ? 見てくれるならいいんじゃね」
「そうね。気が向いたら見に行きます」
「そっか、わかった」
「ならまずは立ち上げの手続きからだな」
まもなくして次の授業が始まる。焚き火の処理は男性に任せ、学内の本館へ戻ろうとした時、キリヤナギは黒髪の男性とすれ違った。
彼はキリヤナギに気づきながらも、何ごともなかったかのように立ち去ってゆく。
「どうかした?」
「アステガ……だっけ、さっきの人」
「そうだな、何かあったか?」
「不思議な人だなって」
「不思議?」
「それは人の感想としてどうなんだ?」
振り返ればもうアステガは視界から消えていた。初夏に初めてカフェテラスへ訪れた時、満席だったそこで席を譲ってくれたのが彼だった。
自身も座っていた筈なのにあえて立ち去った彼は、親切にも見え不自然にもみえた。
「お礼出来てないなぁ……」
「気にしすぎじゃね?」
「あら、アゼリアさんは礼儀をご存知ないのね」
「は?」
「私にはあまりいい印象は無さそうだがな」
アレックスは言葉に迷っているようだった。
そしてその日の放課後に事務所へ向かった四人は、サークル活動の書類をもらって立ち上げのための手順の確認を始める。よく読んでいるとサークル名だけではなく、三人以上生徒がいることと顧問教授が必要で、生徒が打診に行かなければならないようだった。
「顧問?」
「学内での活動において、責任者となる教員が必要だ。事故などが起こった際に対応をしてくれる」
「へぇー」
「別に詳しくなくていいんだろ? 前期の護身術の教授にでも頼めばいいんじゃね?」
「その教授はもうスポーツサークルの顧問を数件もっていてこれ以上は無理だそうだ」
アレックスの持っていた書類には、学院教授の一覧で担当しているサークルも記載されていた。どの教授もほぼ一件以上サークルを持っており、人気であれば三件以上持っている者もいる。
「こんなにサークルあるのか、この学校」
「『打倒、王子軍』……」
ルーカス・ダリアの派閥もサークルの一つだった。人数はそれなりにいて複雑な感情を抑えていると、ククリールも横から割り込んでくる。
「貴方の派閥も一応はサークルだったのでしょう? アレックス」
「そうだ。解体はしたが、当選していたらそのまま運用していくつもりでもあったな」
「うーん、よくわかんない」
「深く考えんなよ、暇そうな教授捕まえりゃいいんだって、この元宮廷騎士の教授が良さそうじゃね?」
ヴァルサスに見せられたその教授は、主に騎士団の運用について研究する教員で、元ミレット隊の中隊長アカギ・トウガンと書かれていた。顔を顰め、見なかった事にするキリヤナギにヴァルサスは困惑する。
「やっぱ騎士ダメなんだな王子」
「ミレット嫌い……」
「ミレットがダメなのか? 公爵の間でも有名な忠臣とされているが……」
何も言い返せない。思わず周りに騎士が居ないか確認していて、3人には言葉を失っていた。
「この教授がだめなら、この人しかいないな……」
「……若いな、最近きたのかもしれん」
「あら、シロツキ先生じゃない」
ククリールの言葉にキリヤナギも目をやるとメガネをかけた男性教授だった。彼は主に王室周りの歴史について研究しているとも書かれている。
「ククの知り合い?」
「歴史に興味があるの。よくゼミに参加して教えて頂いています」
「ゼミ?」
「歴史にもジャンルがあるの。例えば『王室』っていっても、貴方の家系の話なのか、『王の力』の話なのかとかね。そう言うマニアックなものを好きに調べて勉強する場所です」
「へぇー、クク、勉強してくれてたんだ?」
「勘違いされないで下さい。王子のことじゃないし、私は服に興味があるだけ」
「服?」
「このオウカ国は、もとはガーデニアと一つだったけど、一つだった頃に一部を東国に占領された時代もあったの。だからガーデニアとは微妙に違うもの沢山あるでしょ」
「確かに……!」
「ヘブンリーガーデンの弟王は、自国の文化より東国の文化を愛していたから、王族の正装も東国寄りのデザインをしてるって感じね。もっとも王子の私服はガーデニアと東国のいいとこ取りみたいだけど」
確かに改めて見ると洋装にも見え東国の和装にも見える。考えても見なかったことだが、一般的に着られている服とは少し違っているのは理解していた。
「服によってどの国からどんな文化が流れたか分かるのです、面白いでしょう?」
「うん! じゃあ、建物の違いも?」
「えぇ。主にオウカの文化家屋になってるのは東国の物だし、人なら髪色とか……」
気がつけば全員が黙っていて、キリヤナギだけが目を輝かせている。ヴァルサスとアレックスが感心していて、ククリールは思わず目を逸らした。
「な、なんですか!?」
「姫、歴史本当好きなんだなぁ」
「クク、よかったら今度、王宮のお洋服みにくる?」
「み、見て良いなら、是非みせてもらいたいですが……」
「きてきて!」
「王子よかったな……」
話が逸れてしまったが、4人は早速サークルの立ち上げるための打診へ向かった。
元々知り合いらしいククリールへついてゆくと、そこは本館とは少し離れた場所にある研究棟で出て来る生徒は皆やつれ、げっそりしている。
一階の資料室らしき場所からは、何かをつぶやく声とか奇声まで響いてきて思わず体を震わせた。
「お化け屋敷かここは?」
「えっ、ぼ、僕、おばけ無理……」
「王子は間に受けんなよ……昼間だろ」
「先輩はみんな研究とレポートでお忙しいので……」
階段へ向かう彼女は、平然と資料室を通り過ぎてゆく。三人も続いて階段を上ると、そこには広く真っ白な廊下が存在した。床は磨かれて反射し、突き当たりはガラス張りになっていて外の景色が見下ろせる。
両側へと並ぶ扉の一つに手をかけたククリールは、ノックから返事を待ち中へ入った。
「ご機嫌よう、シロツキ先生。少しお時間よろしいですか?」
「おや、カレンデュラ嬢じゃないか。ちょっと待ってね」
その優しい声に、扉の影に隠れる三人も安心する。こっそり覗くとまず飛び込んできたのが本の山で、視線を移しても本が積まれている。
両脇にある本棚も資料で埋め尽くされていて、研究室というよりも先程の資料室という表現が正しい。
「キリヤナギ殿下ではないですか、ご機嫌よう、ようこそ我が研究室へ。タカオミ・シロツキです。以後お見知り置きを」
「こんにちは、キリヤナギ・オウカです」
「知ってるって」
「呼ばれただろう?」
思わず焦っていたら、教授にも笑われた。
「2人はご友人ですか?」
「ヴァルサス・アゼリアです」
「アレックス・マグノリア申します。本日はサークルの立ち上げるための顧問をお願いしようとここへ」
「顧問? なるほど……」
シロツキは感心していた。彼は一度ククリールを見てから、もう一度キリヤナギを見る。
「リーダーは、キリヤナギ殿下ですか?」
「は、はい。一応……でも、参加できなかったら、部長はヴァルにお願いしようと思ってて……」
「そうでしたか。どのようなサークルを?」
「体育大会でやった『タチバナ軍』の延長で、サークルとして続けていきたいと思ってます」
「ふむ、体育大会は拝見していました。例年で停滞していた大会が、久しぶりに異例の結果を残し、私も楽しませて頂きましたよ」
「本当ですか、よかった……!」
「しかし、私は王室の研究をする上で『タチバナ』の存在にはどうしても疑問に思ってしまう」
「え……」
思わず言葉に詰まってしまう。これには周りの三人も息を詰めた。
「『タチバナ』が生まれた経緯は、歴史上で最もたることではありますが、それを国家として残すのは違う問題だと思うのです」
「……それは」
「『タチバナ』が、公爵家を含めた言わば『王の力』を持つ者達が暴走しない為の『第三者機関』とするなら、それは別に武力としての『タチバナ』である必要はないのではと」
「……」
「『タチバナ』は『王の力』の抑制とされはしますが、そもそも『王の力』は貴方がた王族が『王』として君臨しなければ貸与もされなくなる。よって貴族達が反逆を起こすことも考えにくい。つまり『タチバナ』とは、あくまで国民の目線からでこそのものであり、騎士貴族として迎えた時点で、それは『王の力』を持たない兵と同じです」
キリヤナギは黙ってそれを聞いていた。考えもしなかった正論に返す言葉もない。
「キリヤナギ殿下は、『タチバナ』のサークルを立ち上げたいとのことですが、王室を研究する私にとっては『タチバナ』が何故、優遇されてきたのか疑問がのこる。また武力であるからこそ、争いの火種になりかねないと思っている。これについてどのような考えをお持ちですか?」
突然の問いに何も言葉が浮かばなかった。
「タチバナ」は、王族の武器であり盾であるとしか言われてこず「そういうもの」であると聞かされそこに何の疑問も持った事はない。
事実、ジンやアカツキを含めた「タチバナ」の名を持つ彼らは、誰よりキリヤナギの味方だったからだ。
否定にも聞こえるその言動に、ヴァルサスは顔を顰めシロツキを睨む。
「シロツキ教授は『タチバナ』が嫌いなんすか?」
「まさか、大好きで興味深くて仕方ないんだよ。だからこそずっと研究していてここに行き着いた」
「大好き?」
「はい。本来なら不要なはずの『タチバナ』が、何故現代まで王家に必要とされたのか興味が尽きないのです。もちろん、それは理論的に説明できない感情論もあるのでしょうが、真っ当な理由があるのなら、是非知りたいのです」
込み上げてくる感情をキリヤナギは必死に整理していた。このシロツキは『タチバナ』に対して、その在り方を肯定するためにそれを学び、研究していると言っている。
存在を否定したいなら裏付けがない時点でそれを結論付ければいいのに「大好き」という個人的な感情から、きっと意味があるものだと信じている。
嬉しくてキリヤナギはすぐに返答ができない自分を悔いた。
「まだ分からないです」
「そうですか……」
「でも、考えたいと思います」
「……!」
「確かに、公爵家のみんなは真面目で、騎士団でも『タチバナ』はもう殆どやっていません。だけどそれでも僕にとってはずっと傍にあったものだから、その意味を考えたい」
「光栄です。キリヤナギ殿下がその意味を見つけられたなら、是非顧問へならせてください」
「はい! がんばります!」
「まじかー……」
「これは立ち上げはしばらく先だな」
シロツキは笑っていた。挨拶をして研究室を出た4人は、半ば呆れた様子でデバイスで調べ物をするキリヤナギを眺める。
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