第5話 ある日のグレイ

 冒険者ギルドの受付カウンターは平時は24時間開いていない。朝の6時から夜の12時までが開業時間だ。併設している酒場は夜1時まで開いている。緊急時の対応で24時間常に誰か職員がギルド内に詰めているが受付業務は6時から24時までと決められている。ちなみに受付は6時間ずつの3交代制だ。


 グレイは毎朝5時前に起きると庭で鍛錬をしてからリズが作ってくれた朝食を食べ、それからギルドに向かう。


 ギルドには6時前に着きそれからその日に張り出されるクエスト用紙に目を通す。問題のないクエストにはサインをして最終的にギルドのスタンプを職員が押してから掲示板に張り出されることになっていた。


 6時になるとギルドがオープンする。朝一番でやってくるのは大抵低ランクの冒険者達だ。市内のクエストや市外での薬草取りなどの依頼用紙を掴んでは次々とカウンターに持ち込み受付を済ませるとギルドを出ていく。


 7時を過ぎるとランクが入れかわって魔獣討伐が出来るランクの冒険者達が来始める。彼らはクエスト用紙を取って受付をすませると酒場でメンバーと事前に打ち合わせをしてから8時前後にギルドを出ていく。


 最後にやってくるのはランクB以上の冒険者達だ。護衛クエストやフィールドでの乱獲クエストなどの用紙を取って受付に出すパーティもいればダンジョン攻略中のパーティはエイラートを出る前にギルドに集合して最終の打ち合わせをする。


 そうして9時を過ぎた頃には朝の混雑が一段落する。かと言って全く人がいなくなることはない。打ち合わせにギルドの酒場を使う冒険者は多く、彼らは休養日に明日以降の打ち合わせをギルドで行ったりギルドが保有している鍛錬場に身体を動かしに来たりする。



 グレイは朝のクエスト用紙の確認を終えるとステファニーが持ってきた書類に目を通す。書類には職員が作成したエイラートの日報の他に各ギルドが作成したレポートやブラックリストに載った冒険者の名前とランク、ジョブなどギルドマスター以外の閲覧が禁止されているレポートもある。


 そしてダンジョンや外で魔獣にやられて死亡した冒険者のリストと行方不明者のリストも不定期だが回ってきていた。このレポートを見るとグレイはやるせない気持ちになる。冒険者は死と隣り合わせの職業だとわかっていても10代、20代の若者が死んでいくというのは辛いものだ。


「死亡するリスクを減らすために行動に制限を加えたいんだけど無理だろうな」


 ちょうどステファニーが温かいお茶を持ってきて机に置いてくれた時にグレイが言った。


「前のギルマスもそれはよく仰ってました。でも全てが自己責任なのが冒険者だ。そこまで縛れないだろうとも仰ってましたよ」


「そうなんだよな。かく言う俺だって低ランクの時は思い切り無茶をして来てるからな。俺はやってきた、でもお前達はダメだってのは通用しない理屈だ」


 グレイは独り言を呟き、


「考えてもすぐに良い方策は出ないか」


 そう言うと死亡者行方不明者リストを閉じる。そのタイミングでステファニーがグレイに言った。


「木工ギルドから今朝連絡がありました。春になったので木材の出荷を再開したいので近々護衛クエストの依頼をするとのことです」


 そう言って木工ギルドが持ってきた書類と冒険者ギルドが作成したクエスト依頼票をグレイの机の上に置いた。


 木工ギルドは冬の間伐採した木材や加工した板を出荷することができなかった。それが春になってエイラートから出荷できる様になると冬の間に貯めておいた大量の木材を馬車に積んでここから近いネタニアの街まで運ぶのだ。そしてネタニアの街から再び王国内の各地に出荷されていく。


 冬を終えて春になった最初の出荷はいつも馬車が5台以上になる大商隊だ。護衛する冒険者も最低5パーティ、つまり25名程必要となる。これだけの人数を1つのクエストに当てるのに当日の告示では冒険者が揃わないことがあるので木工ギルドはこの1番出荷は事前に冒険者ギルドに通知をしてくるのが通例になっていた。


「なるほど。5日後か。わかった。すぐにクエスト掲示板に張り出してくれ」


 木工ギルドからの手紙を読み、クエスト依頼票にサインをするグレイ。ステファニーはそれを受け取るとギルマスの執務室を出ていった。おそらくすぐにスタンプを押して掲示板に貼り出すだろう。


 ランクBの連中にとっては木工ギルドの護衛クエストは”美味しい”クエストになっている。おそらく取り合いになるだろうなとグレイは予想する。


 しばらくしてグレイがロビーに出てクエスト掲示板を見ると5枚出していた木工ギルドの護衛クエスト用紙が短い時間に全てなくなっていた。酒場に顔を向けるとランクBのパーティがテーブルに座って打ち合わせをしているがグレイを見つけると声をかけて来た。


「そろそろこのクエストが出るだろうってここ数日毎日待ってたのよ」


 手に持っているのは正に木工ギルドの護衛クエスト用紙だ。


「シンディのパーティが1枚取ったのか。よかったじゃないか」


「ここからネタニアまで護衛して一人金貨3枚。道中はまず安心だし野営も5パーティ入れば負担は軽い。このクエストはいつも取り合いになるのよね」


 シンディのパーティメンバーであるリンが言う。シンディは狩人、リンは僧侶だ。他にナイト、戦士、精霊士と全員が女性のパーティだ。もちろんエイラート所属でグレイも彼女らのことはよく知っている。女性だけのパーティで無理はせずに確実にこなせるクエストを選んでいる慎重派のパーティだ。


「でもギルマスも人が悪いよ。朝一番に張り出さないなんてさ。朝から待ってて今日もなしかって帰ろうとしてたところだったのよ」


 ナイトのシルビアがイタズラっぽく言う。


「おいおい、それは違うぞ。今朝ギルドが開いてから木工ギルドが持ち込んできた。俺はそれの内容を確認してから貼り出しを依頼しただけだ。本来なら今日持ち込まれた依頼は明日の朝一番で貼り出すのが普通だがこれだけは別だ。一度に25名ほどの冒険者が必要だからな。だから用紙ができたらすぐに貼り出したんだよ」


 必死で弁解するグレイ。それを聞いているシンディらは途中から笑い出していた。


「シルビア、グレイを虐めると後が怖いわよ」


 そう言ってからグレイを見て


「シルビアはギルマスを揶揄ってるだけよ」


「そうなのか。いやシルビアの顔が真剣だったからさ。こっちも焦ったぜ」


 まるで普通の冒険者同士の会話だ。もちろん彼女ら全員グレイが元勇者パーティでランクSだってことは知っている。ただグレイが普段からランクに関係なく全ての冒険者に対して冒険者目線で話かけてくれるのを知っているのでそう言う口調になっていた。グレイも全く気にしていない。


 このシンディらのパーティ以外の他のパーティメンバーも皆グレイとはこんな感じで話をする。グレイがバリバリの冒険者だった時の話は今の上位クラスの冒険者達から何度も聞いている彼女達。普段のグレイは裏表がなくて本当に気さくで良い人物だ。


 ただし彼が本気モードになっているときは気をつけろ。まるで別人になるぞという話も同時に聞いている。


「他にどんなパーティが護衛をするのかは分からないがちゃんと打ち合わせをして木工ギルドには迷惑をかけない様にしろよ」

 

 グレイはそう言ってカウンターの奥に戻っていった。

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