辺境領エイラート =Sランクの両親と双子の子供達=

花屋敷

【第1章】辺境領のギルドマスター

第1話 ある日のギルド


「この書類にサインをお願いします」


 そう言って受付嬢兼秘書がカウンターから持ってきた大量の書類の束を机の上に置いた。


「ちょっと待ってくれよ、これ全部?」


 書類の山を見て、そして顔を上げて机の前に立っている秘書を見るギルドマスター。


「もちろんです。前任のリチャードさんも同じ様にブツブツ言いながらもその日のうちに全ての書類を読んでサインされてましたよ」


 ギルマスの言葉にも涼しい顔をして答える秘書のステファニー。


「はぁ、聞いていた話と全然違うぜ。何がギルドマスターなんてやることは殆どない。机にデンと座ってりゃいいんだ。なんだよ。騙されたぜ」


 大きなため息をつくギルマスをステファニーは笑いを堪えた顔で見ていた。


 文句を言っても書類が減る訳ではない。よろしくお願いしますと言って部屋を出ていった秘書の背中を見ていたギルマスはため息を一つついてから書類の山に手を伸ばした。



 ここはアル・アイン王国内にある辺境領の中心都市エイラート。腕に覚えのある冒険者達が辺境領で街の郊外やダンジョンに繰り出しては魔獣を討伐し生計を立てている。


 王都の北にあるこの辺境領は元々魔獣のレベルが高い地域だ。その辺境領の中心都市であるエイラートにある冒険者ギルドには多くの冒険者が所属している。と同時に王国内の各都市から腕を磨くためにこの街にやってくる冒険者も大勢いる。


 エイラートは冒険者達が落とすお金や夏の間に避暑でやってくる旅行客が落とすお金やらもあり裕福な都市だ。


 そして多くの冒険者が毎日の様に顔を出すのが冒険者ギルド。ここでクエストを受け、ダンジョンやフィールドで魔獣を倒して得た魔石やアイテムを買い取ってもらう。時にはダンジョンの場所や情報を聞き、そして自分達がランクアップする為の昇格試験を受ける。冒険者はギルドがないと生活ができない。


 エイラートのギルドは王都についでこのアル・アイン王国では2番目に大きな規模のギルドだ。所属している冒険者の実力と冒険者のランクの高さでは王国NO.1だとも言われている。


 当然いろんな冒険者がいる。聖人君子ばかりじゃない。そんな冒険者達に睨みをきかせ、場合によっては制裁を加える判断をするのがギルドマスター。


 特にここエイラートのギルドマスターは荒くれどもの冒険者になめられない様に以前よりそれなりの技量のある者が勤めてきた。


 レベルが高く実力もそれなりにある冒険者達に睨みを効かせられる人物ということで代々冒険者上がりの者がギルドマスターになっている。



「ふぅ〜、やっと終わった」


 最後の書類にサインを終えると椅子に座ったまま大きく伸びをする。そして時計を見るともう夕刻の6時を廻っていた。


 ギルドマスターの執務室の扉を開けると受付に向かって


「ステファニー、終わったぞ」


 その声で先ほど大量の書類の束を持ってきた女性が部屋に入ってきた。


「やれば出来るじゃないですか」


「くたくただぜ」

 

 そう言って机の上に置かれている書類の束を押し出すとそれを両手で抱える様に持ったステファニー。


「今日は特に多かったですね。普段はもっと少ないのに」


「それだけ冒険者が頑張ってるってことだろ?中身を見たらあいつらの努力を無駄にしちゃあいけないと思って必死で読んで、サインしたよ」


 ギルマスの言葉を聞きながらステファニーは目の前に座っているギルマスを見直していた。言葉は雑と言うか乱暴だがやることはきちんとやる。書類も全て目を通している。


 最初はこの人で勤まるのかしらと思っていたがいざ仕事を始めると気配りもできるし事務処理能力も高い。何より全てに対して公平だ。冒険者に対しても、そして職員全員に対しても公平に接してくる。


 顔と名前は以前から売れていてエイラートのみならずアル・アイン王国でその名を知らない者はいないほど有名な冒険者だったこの男が1ヶ月前にギルドマスターとして就任して以来エイラートのギルドには王国内の各地からここにやってくる冒険者の数が増えていた。そして中には所属をエイラートに変更する冒険者達も少なくない。


「今日はまだ他に何かあるかい?」


 その言葉に首を振るステファニー。


「今日はこれで終わりですね」


 その言葉によっしゃと声を出すと椅子の背にかけてきたローブを羽織る。冒険者時代から愛用している濃い茶色に金の縁取りをしているローブだ。エルフの職人が作ってくれたこのローブをギルマスは今でも愛用している。


 そのローブを着ると、


「ギルドの酒場にいる奴らと少し話をしてから帰るわ」


「お疲れ様でした」


 男はカウンターからロビーに出ると併設している酒場に足を向けた。そこにはその日の活動を終えた多くの冒険者達が固まって酒やジュースを飲みながら談笑している。


 彼らはギルマスを見つけると軽く頭を下げて挨拶してくる。睨みは効いている様だ。


「よぅ、トーマス。最近はどうしてるんだよ?」


 この街所属のランクAの冒険者のパーティを酒場に見つけると近づいていく。


「ダンジョンに潜ってますよ。15層でランクSの単体相手に苦戦中です」


「どこのダンジョンだ?」


 彼らと同じテーブルに座ったギルマスが聞くとトーマスのパーティメンバーがダンジョンの場所や魔獣について次々と話をはじめた。黙って聞いていたギルマスは彼らの話が終わると自分の記憶や経験からアドバイスを与える。なるほどと聞いているメンバー。他の冒険者も周囲に集まってきてはギルマスの話を聞いていた。


「トーマスが盾で受け止める前にリリィが遠くから弓矢で武器を持っている敵の腕に攻撃するんだ。それで相手の戦闘力が落ちる。リリィならできるだろう?」


 そう言って狩人のリリィに顔を向ける。


「2本を腕にかぁ。でも出来ないことは無さそう。今までは胸を狙ってたけど利き腕を狙う方が良いのね?」


「そうだ。胸に飛んでくる矢は弾きやすい。だから比較的弱い腕や肩を狙うんだ。ランクAのお前達なら出来るさ」


 その後も他の冒険者達の相談に乗って小一時間ほど酒場で時間を過ごすと、


「じゃあ俺は帰るぞ。休む時はしっかりと休むんだぞ。無理はするなよ」


 そう言ってギルドを出ると大通りを歩いて顔馴染みの露店の人たちと言葉を交わしてから自分の家に戻っていった。


「おとうさん」


「おとうさんだ、おかえり」


 玄関の扉を開けると男女の子供がパタパタと足音を立てて玄関に走ってきた。その場でしゃがみ込んで両手で2人の頭を撫でな回し、子供の顔を交互に見て、


「レインにミスティ、いい子にしてたか?お母さんを困らせてなかったか?」


「いい子にしてたよ」


「ミスティもいい子にしてた」


「そうか」


 しゃがんだその背中に飛び乗ってきたレインをおんぶし、ミスティを抱っこして立ち上がってリビングに入るとキッチンから女性が出て来た。


「ただいま、リズ」


「おかえり、グレイ」

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