第41話【幕間】グローム王国の転機

 グローム王国から予言者エルカが立ち去った後、国家の運営に教会が強く関与するようになった。

 その頃から、王国の内情はガラッと変化していく。

 パジル枢機卿は聖女カタリナをエルカの代役として表舞台に立たせ、教会としての力を誇示しようとしていた――が、その目論見は大きく外れてしまった。


 原因は、聖女カタリナが予言者エルカの代役を務めきれなかったという根本的な理由――だが、当のカタリナは周りからの声に気を取られることなく、今日も信者たちへ神託の結果を教え続けている。



 この日も、聖女カタリナは神託を告げた。

 だが、その信憑性は大きく下落している。


 というのも、カタリナの語る神託というのは非常に曖昧な表現が多く、国にとって大きなマイナスを引き起こす事態が予測されていたとしても、それを神託から正確に読み解くことは難しく、結果として災いを事前に防ぐことはできなかったのだ。


 エルカの予言が、場所や日時まで事細かに指示しているのに対し、聖女カタリナの神託はそれに及ばない。

 そうした事実から、世間の評価は去っていったエルカを高める方向へと突き進んでいた。


「今日は随分と静かですな」


 教会を訪れた商会代表のオーガンは、閑散としている様子を見て呟く。


「いえ、『今日も』ですね」


 それに対し、教会関係者であるノイアー神父は落ち着き払った口調で返した。

 ほんの数日前まで、神託を聞くための人で溢れかえっていたが、今では数える程度の人数しか集まらない。王都に暮らすほとんどの人が、すでに新天地を求めて去っているということもあったが、単純に当たらない神託への信頼度が低くなっているために、人が集まらなくなっているという事情もあった。


 オーガン代表とノイアー神父は、そうした現状を的確に把握している。

 しかし、教会関係者の中でも枢機卿などの幹部クラスにはそのような危機感がないようで、特に対策を練るようなこともせず放置している。


「このままでいいのですかな?」


 オーガンはノイアーへと尋ねるが、彼はあきらめているかのように苦笑いを浮かべ、心境を語った。


「正直に言いますと……よろしくないですね」

「では、何か解決策でも?」

「残念ながら、私たちのような末端の者に詳細な情報は降りてこないのです。そうした上の態度に不信感を募らせて辞めていく者が後を絶たない状況でして……」

「それは……」


 教会の現状は、オーガンが想像していたよりもずっと深刻なようだ。

 中にはノイアーのように、愛国心からこの教会に残ってなんとか立て直そうと試みている者もいるようだが、肝心の上にはそうした頑張りは伝わらず、具体的な今後の方針についても行き渡っていなかった。


 職場環境としては最悪と言っていい現在の教会。

 そこで働くノイアーに、オーガンは、


「ノイアー神父……再就職先をお探しでしたら、力になりますよ」

「お心遣い、感謝いたします。――ですが、私はもう少し、この教会で頑張ってみようと思います」


 そう語ったノイアー神父の視線の先には、神託を終えた聖女カタリナの姿があった。


 ノイアー神父にとって、教会の重要人物である聖女カタリナは雲の上の存在と言っていい。普段は気軽に話しかけられるような間柄ではないのだが、実はカタリナが幼い頃に教育係をしていた過去があり、それ以降、どこか親のような目線で彼女を見ることがあった。


 両者の関係については、オーガンも昔からよく知っている。

 なので、ノイアーが教会を離れない理由として、カタリナの存在が大きいと見ていた。

 だが、彼は非常に優秀な人材であるため、仮に他国へ移住してもうまくやっていけるだろうともオーガンは考えていたのだ。

 ――しかし、少なくとも今の段階では他国へ移住する気もないようなので、無理にこの話は進めまいと心に決める。


 そんな時、ふとオーガンは今日の神託がなんなのか気になり、ノイアーとともに教会の入口へと向かう。

 カタリナが神から授かった言葉は、儀式を終えた後で張りだされ、訪れたすべての人の目に触れられるようになっていたからだ。


「さて、今日は何を――うん?」

「なんでしょうか、あれは」


 ふたりの目に留まったのは、神託の内容が書かれた紙を張りだしてある教会入口付近に集まった大勢の人だった。

 こんなにもたくさんの人が集まることなど、最近はほとんどなかったというのに。それほどまでに、今日の言葉は強烈なものなのか――気になったふたりは足早に群衆のもとへと急ぐ。


 そこで目にした神託の内容を目の当たりにし、オーガンもノイアーも茫然と立ち尽くす。


「こ、これは……」

「どういうことなんだ……」


 口が半開き状態となっているふたりが目にしたのは――ただ【聖戦】とだけ書かれた紙であった。その紙は入り口付近の壁に張りつけられており、周囲の者たちの話を聞くと、これを見て驚いた人が町で別の人に話をし、確認するために集まってきたため、このような人だかりができたらしい。


「神は戦いを望まれているというのか?」

「そ、そんなバカな……」

「あり得ない!」

「し、しかし、こうもハッキリ書かれたとあっては……」


 神託の結果に関しては人によって感想が分かれた。

 だが、いずれにせよ「戦い」というワードが含まれている以上、それに関する「何か」を神が伝えようとしたと捉える者が多い。


「神が戦いを煽るようなマネをするはずがない……これは何かの間違いではないのか……」


 ノイアーは震えていた。

 同時に、周りの人々が彼の存在に気づく。


「神父様!」

「これは一体どういうことなのですか!?」

「神は我々に戦争をしろとおっしゃっているのですか!?」

「お、落ち着いてください」


 詰め寄る人々を必死になだめるノイアーとオーガン。

 ――と、ちょうどその時、パジル枢機卿が教会の奥から姿を見せた。


「枢機卿!?」

「話を聞かせてください!」

「聖戦とは一体なんなのですか!?」


 それまでノイアーに詰め寄っていた人々は、次の標的をさらに位が上に当たるパジル枢機卿へと変えた――が、当の枢機卿は穏やかな笑みを浮かべながら、


「ご安心を。この戦いは神が望まれているのです。我々が負けるはずがない。なぜなら、神の加護を得て戦うのですから」


 平然と言い切るパジル枢機卿。

 人々の反応はさまざまであったが、遠くから見ているノイアーとオーガンの意見は一致していた。


「……少々、キナ臭いですな」

「……えぇ、もっとよく調べてみます」

「こちらも可能な限り手を尽くしましょう」

「ありがとうございます」


 いよいよ本格的に怪しい動きを見せ始めた教会に対し、真の意味でグロームの未来を憂うふたりが密かに動き始めた。

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